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君が良い
「おい!冬馬っ!」
「ったー」
道場の雑巾がけを終えた僕の、脱ぎかけてる紺袴の紐を思い切り引っ張った副将は、笑っていて。
「なんですか?」
「これ、見てみ」
言葉の先には見慣れた雑誌。練習後男だらけの部室は、久々に指さし大会が始まっていた。
グラビアの中では、世間で流行り出したグループの女子達が群れをなしていて。
「貴央、誰が良い?趣味相変わらずか?フリフリのかわいこぶった……」
耳打ちされた言葉が、僕の脳にゆっくり伝達された。
「あ~~~?」
”どれが良い?”
そーいや、こーいうの、良く言い合った。
(なんだか懐かしい響きって感じするなぁ。今の僕には)
もうフリフリもブッた子も興味ない。
「オレ、迷うな~ボクはこの娘か,この娘」
「えーーそれは無いわ!ずるい!決めんの一人だけやで!」
「俺、即決。この子」
「うわーそこ選ぶ?俺は無理!」
皆好きずきに言いたい放題言い合ってる姿を背にして、僕は他人事のようにぼんやり見てた。
「ほら、貴央はよ言えや~次のページ行くで!」
「ん~~僕は……それでえぇですわ」
明後日の方を向いて適当に指さした。
「何~~?!”それ で ”って何様やーっこらぁ!」
「貴央何スカしてんねん!」
正直、どうでもいい。
グラビアは新たなページに変わってたけど、僕は振り向く事も無かった。
* * *
「はい冬馬君、これ」
「おっ!ありがとぉ!」
キャッキャいうて、子供みたいに喜んではる。
こんなに喜んでくれるのか。持ってて良かった。趣味は身を助ける!
「これ、いつまで借りてて良い?」
「え、別にいつまででも良いですよ。同じ寮の中やのに。 無期限で」
「ほんまか?!悪いなぁ」
なんていうか、惚れた弱み?
ただ貸したの抱えてるだけなのに、ひしっと抱きしめてる姿が良いなとか。
「まだまだあるんで、また貸しますわ」
もちろん、小出しで引っ張るよ。
「マジで~~?!ヤッタ!貴央だいすっきゃで!」
社交辞令も甚だしい、感情のないペランペランの言葉。
だけど ”大好き” て言葉を聞いた瞬間、僕の息は止まる。
「お礼に奢るわ。一緒に飯食いに出よ」
「え?ほんまですか?」
「なんやねん、その驚きよう。オレやって礼はちゃんとするよ。行くんか?行かへんのか?」
すこしへそを曲げ、いきなり部屋のドアを閉め歩き出した冬馬君の足取りを、僕は振り向き夢中で追いかけた。
「ここ美味いんやで」
煤けた小さな中華料理店。慣れた様子で、冬馬君は暖簾をくぐる。
「先輩達と……良くここ来るんですか?」
「そやな~オレ一人で食えんし。中堅,大将とはあんまり来んけど、副将とはよお来るわ。副将と食べるんは一番気遣わんから」
「ふ~ん。そうですか」
にこりと笑った顔に嫉妬した。僕も一応スタメンやけど、他は全員先輩やし……冬馬君も含め。
どーにか埋らんかな。年っていう溝。
「結構メニュー多いし、好きなん選べよ。ラーメンでも何でも。何にする?」
黄ばんだメニューを見せてくれる。
顔、近っ。
さんざん慣れてる筈やのに、外ではまるで違う感覚が僕を襲う。
「冬馬君は、何がおすすめですか?」
「うーん、どれも美味いよ。外れ無し。だから貴央が好きな物言えや。ていうかオレは自分で決められへんから、決めて。どれが良い?」
”どれが良い?”
黄ばんだメニューと、皆で覗き込んでたグラビア雑誌がダブった。
『その中じゃそれが良い』んじゃなくて
『どれでも良い』んじゃなくて
『それで良い』んじゃなくて
(僕は……)
「冬馬が、良い」
気が付いたら口に出していて、メニューを持つ冬馬君の手を握りしめてしまってた。
「は、はぁ!?」
途端、冬馬君の素っ頓狂な叫び声が小さな店に響いて、人の良さそうなおばあさんがびっくりして凝視してる。
僕は冬馬君に気持ち悪がられて、どつかれるであろう予感にぎゅっと目を瞑った。
「お、お前、何言ってるねん?!オレに向かって また呼び捨てか?!
お前ホンマは良い奴やのに、時々そういう口のきき方するから誤解されて、アホや言われんねん…ったく…」
「!?」
一気に拍子抜け。
(怒ってつっこむ所、そこ?)
論点ずれてて、僕のこと『良い奴』って、真面目に怒ってくれて
怒った顔もまた可愛くて、面白過ぎる。最高やわ。
「アハハハハハ!」
「貴央、何笑てんねん!もう早く決めろ!奢りなしにするからな!」
僕が握った手を振り払うことなく、怒鳴る君。
やっぱり、僕……
冬馬 だけ がええわ。
-おしまい-
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