プロローグ

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プロローグ

 広々としたチェーン展開の喫茶店。午後二時という時間は、昼のピークも過ぎ、かといって主婦や学生のおやつタイムには早く、閑散としている。  つまり、長居をしても嫌な顔をされる事はない。  女子大生風の少女はまた一枚教科書のページをめくり、難しい単語に蛍光ペンを引いた。  一度も染めた事がなさそうな、傷みのない長い黒髪はこのご時世では珍しい。メイクをしているのかもわからない白い肌は透きとおり、アイラインだけを引いた目は伏し目がちに文字を追う。色付きのリップグロスで輝く唇が印象的で、薄いニットにスキニーパンツ、ノーブランドのバッグという今時の大学生には珍しい服装も、少女の魅力を引き立てる。  十人が見たら十人が「いい子そう」なんて印象を抱くだろう。だから、怪しまれない。  視界の端でターゲットが席を立った。この時期ではまだ早いアイスコーヒーは、グラスの中にまだ半分以上残ってる。案の定男はグラスをテーブルに置いたまま、身一つで店の奥のトイレへと向かった。  店員は三人ともお喋りと洗い物に夢中で、客の事なんて見ていない。他の客は二組。一組はスーツ姿の女性と初老の男性で、パソコンを見ながら熱心に話しているし、もう一組は男子高校生三人組。皆携帯をいじる事に夢中で、他の客どころか目の前の友人すら気にしてない。  今がチャンスだ。
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