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その日の夜。ユキは再びバーに呼び出された。
「何?」
既に日付も変わり、カウンター以外の明かりも消えている。ほとんどの面々が既に家や部屋に帰っていて、いるのはスキンヘッドの男だけだ。
「あの新入りはどうだ」
その言葉に体が小さく跳ねた。
「……何が」
「わかってるだろうが。使えるか、そして怪しい動きをしてないかだ」
吐き捨てるような言い方に、寒気がする。
ーー本当はわかってた。
幹部にならまだしも、私に優しくするメリットなんてない。睡眠薬すら入ってない食事に、遠回りしてまで行った夜景の見える公園。それが示す事実は一つだ。
報告しないといけない。そう指示されてる。でも。
「……怪しくはないよ。使えるんじゃない?」
「そうか」
正反対の言葉が口から勝手に飛び出した。自分の口から出た嘘に、思わず手を握りしめる。
有難い事にスキンヘッドは気付いてない。満足げに笑うと、手に持つ煙草を灰皿に押しつけた。
「ならいい。明後日あいつに単独任務をさせる。殺しだ」
「……そう」
「それを成功させたら正式にメンバーだ。そしたらユキ、お前が組め」
「……何で?」
動揺で声が上擦った。
「ボスの命令だ。お前も開堂も裏の人間には見えないからな、今まで以上にできる仕事が広がるだろうってよ」
「……そう」
「それにペアで仕事をさせた方が裏切る馬鹿が少なくて済むからな」
消す手間が省ける。男は静かに言い切った。
「……私が裏切るとでも?」
「てめえじゃねえよ。とにかく、新入りの任務が成功したら追って伝える。それ以降も怪しい事があればすぐに連絡しろ。いいな」
「……ん」
ユキが答えたのはそれだけだ。にも関わらず、男は用無しとばかりに早々にバーを出て行く。
灰皿の煙草は細い煙を出し続け、暗い室内で存在感を示す。
ユキはただただその煙を眺め続けた。
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