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少女は静かに立ち上がると、レジへと向かった。男の席はその導線上。店員も他の客も、一向にこちらを見ない。
何の苦労もなく、グラスに白い錠剤を一つ落とした。白い錠剤は細かな泡を立て、あっという間にアイスコーヒーの中へと消えていく。
「すみません」
「はーい!」
「フレッシュミルク一ついただいてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
少女が小さなプラスチックケースを手に席に戻ると、男もちょうどトイレから出てきた。男は一直線に自分の席に戻って来ると、何の躊躇いもなくアイスコーヒーを口に含む。
警戒心がなさすぎる。よく他人が作ったものを食べたり飲んだりできるものだ。よく鞄や飲み物から目を離せるものだ。だから男は死ぬ。
何の薬かは聞いていないけど、男は大きな会社の有名な研究者らしい。男の実験が成功して世に出れば、注文は一気に男の会社に移る。そんな人間をあいつが許しておく筈がない。
きっと男はもうすぐ死ぬ。
男が錠剤が溶けた飲み物を飲んだのを見届けたら、任務は終了だ。
「ありがとうございましたー!」
学生のバイトであろう店員に見送られながら、外に出た。少女が返したトレイには、この店で一番安いアイスティーが全く減る事なく置かれている。
今日の任務は殺人。明日は密輸で、明後日は何だろう。いけない事なのは確か。
私は今日も罪を犯した。
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