二、

14/38

374人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
 夜の工場街を連れたって歩く。  断る事もできた。普段なら断っている。なのに断る選択肢は生まれなかった。 「ユキは他の奴と飲んだりしないのか?」 「何で嫌いな奴らと飲まなきゃいけないの」  小さな声で返すと、開堂はまた困ったように呟く。 「何で嫌いなのにここにいるんだ……」 「言ったでしょ。他に行く場所なんてない」  少しの間沈黙が流れた。  街灯の少ない道は、雲が月を覆っている事も相まって薄暗い。既に建ち並ぶ工場のほとんどが閉まっているから人気も少ない。それが心地いい。   「ユキ」 「え?」  ぼんやり歩いていると、突然腕を引かれた。よろける程の力強さに顔を上げると、途端に車がすぐ横を走り過ぎる。 「ぼーっとしてると危ないだろ」 「……ありがとう」 「内側歩け」  開堂はそう言って、更にユキの腕を引いた。その手は先程よりも優しくて、でも有無は言わせない。心臓の鼓動が速くなる。 「どうした?」  ユキが何も言わずにいると、真正面に開堂の顔が現れた。 「……何でもない」  中肉中背。髪も染めていなければ、ピアスもない。運動をしているのか体つきはガッチリしているけれど、顔も体も秀でているわけではない。普通の人だ。  そんな人が優しくしてくれる。心配してくれる。組織の中で向けられてきた蔑むような表情はどこにもない。  ーー幸せになりたい……。  心がカチリと音を立てた気がした。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

374人が本棚に入れています
本棚に追加