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怒ってるわけじゃない。悲しんでるわけでもない。これが当たり前なだけだ。静かに尋ねると、開堂は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……辛いとは思わなかったのか?」
「……別に」
「ユキ、もし辛いなら俺が」
「おっさん」
言えるのは一つだけ。
「何ふざけた事言ってるの? それも組織の車、組織の敷地で言うなんて……私じゃなければ殺されてるよ?」
開堂は再び押し黙った。
車内に静寂が訪れる。このまま溶けてしまいたくなるような静寂だ。
ユキは窓の外に視線を向けて、その静寂を破った。
「ねえ」
「何だ?」
「車出して。ホテル行こ」
報告がまだだとか、朝帰りしたらどうなるとか、そんな事はもうどうでも良く思えた。
「ああ」
開堂は頷くと、いつも通りゆっくり車を発進させる。
この身体つき、銃器の扱い、そして高官殺し。まず一般人じゃない。
でも、きっと悪い人でもない。本当に悪い人なら売春宿や死体に表情を歪めたりしない。こんなに悲しそうな顔をして運転しない。
「……ねえ、おっさん……」
「何だ?」
「……やっぱり何でもない……」
言いかけてやっぱりやめた。もう少しだけ時間が欲しい。
それから近くのホテルに着くまで、口を開く事はなかった。
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