三、

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 一歩ボスの方に近づくと、面白いくらいに怯えた。コレが長い年月、恐ろしくて仕方がなかった。 「誰も傷つけたくない、誰にも酷い事をしたくない」  機嫌を損なえば何ももらえなかった。水も食べ物も光ももらえなくて、あの牢獄のような部屋で次に扉が開く時を待ち続けた。 「もう終わりにしたい」  コレに支配された年月が『私』を作った。 「私を作ったあなたごと、全部終わりにしたいんです」  もう一度ボスに向かって口角を上げた。そして頭上に張り巡らされたパイプを銃で打ち抜く。すると。 「ばっ……」  パイプからは水がすごい勢いで降り注いだ。  昔ボスが言っていた通りだ。建設会社に怪しまれないようにそうしたらしいけれど、ここは外観だけでなく構造も研究施設そのもの。研究で使う大量の水が張り巡らされ、建物はその重さに耐えられる特別なコンクリートで作られている。そして、万一に備えて、部屋ごとの密閉性は折り紙つき。 「ずっと思ってたんです。たくさんの人を傷つけてきたんだから、一瞬で楽になったらいけないって。苦しんで死なないとダメだって」  水はあっという間に部屋の床全面を覆い、ボスの足からでた赤い血が辺りに広がっていく。 「頼む……やめてくれっ……ドアを開けてくれえっ……」  余程痛いのだろう、怖いのだろう。命令でなく懇願されるなんて初めてだ。その滑稽なまでの姿に、ユキの手から銃が落ちた。  ――こんなものが恐ろしくて仕方なかったんだ。 「……あなたが失血死するのが早いか、私が水死するのが早いか……」  楽しみですね。そう呟いて、武器が並ぶ壁に近づいた。そして拷問に使ってきた手錠を手に取る。 「やめろっ!」 「さようなら」  狙いに気づいたらしいボスに笑いかけ、手錠の片側を自分に、もう片側を床に固定された金属製の机の脚にかけた。これでもう水から逃げられない。どれだけ苦しくても扉にも銃にも手が届かない。 「やめろぉおおおおおっ」  断末魔のようなボスの叫び声に外が騒がしくなったけれど、もう助からない。ユキはゆっくり目を閉じた。
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