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偽りなのはわかってる。
でも。生まれて初めて人に優しくしてもらった。一生分大切にしてもらった。
こんな感情、知らなかった。
心臓ごと暖かくなるなんて初めて知った。
あのまま殺してほしかった。
眠っているうちに終わらせてほしかった。水槽を眺めているうちに終わりたかった。
でも、おっさんに手を汚させなくて済んで良かった。
――なんて……。
――なんて幸せなんだろう。
幸せな思い出ができた。
私が体験する筈がなかった『あちら側』を、少しだけ体験させてもらった。
――ユキ、うまいだろ⁉︎
――ユキ、こっちだ。
――ユキっ
――っユキッ……!
水はもう首まできているのに、思い出すのはおっさんの顔ばかり。
――ああ、幸せだ……。
こんなに、こんなにも幸せだ。幸せな思い出に包まれて、おっさんの姿を思い浮かべながら逝く。こんな幸せな終わりを迎えられるなんて、思ってもみなかった。私なんかが迎えていい終わり方じゃない。
そんなの、よくわかってる。
――なのに……なのに、何で涙が出るんだろう……。
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