三、

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 水の勢いは止まる事を知らず、コンクリート造りの床に降り注いだ。自然と体が浮き、手錠の鎖はもうこれでもかというくらいに張っている。これ以上は伸びない。終わりが近い。  水は既に口のすぐ下まで来ていた。声を出せるのは最後かもしれない。 「……おっさん……」  呟いた、その時だった。 「ユキーっ!」 「……え……?」  腹の底から発せられたような絶叫は、今まで騒がしかった外野の声じゃない。 「ユキっ! ユキーっ!」  聞き間違えるわけがない。ずっと思い浮かべていた人の声だ。あと数時間は来ない筈なのに。 「ちょっと! 何で入ってきてるのっ! あんたわかってんの⁉」  叫び続ける開堂を、聞き覚えのない女性の声が窘める。 「でもユキが中にいるんだ! ユキっ!」 「おい下がれ!」 「うるさいっ! ユキ! 無事か⁉ ユキッ!」  つんざくような叫びに、また熱いものがこみ上げてきた。  何で。来ないで。お願い、終わりにさせて。夢のような時間をありがとう。どうか幸せに。  返したいのに、もう上を向いても口が水面から出ない。 「ユキっ、生きるんだ! ユキっ!」  鼻からも水が入って苦しい。すぐに涙すら流せなくなった。 「準備できたぞ」 「どけっ! 俺が行くっ!」  薄れゆく意識の中で最期に感じたのは。  ――おっさん……。  確かな幸せだった。
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