三、

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「刷り込みでもいいです。……私、悪い事をしてるって気づいてからも終わる勇気もなくて……でも、おっさんのおかげで生まれて初めて嬉しいって、幸せだって思えて、それで終わる勇気が出たんです。もう死ぬかもって時にも、おっさんの顔ばかり思い浮かんで……」  だから一緒にいさせてください。そう続く筈だった言葉は、幸広によって奪われた。 「ユキっ……絶対幸せにするからな」  感極まったような言葉と共に、再びきつく抱きしめられる。 「あーはいはい。もういいわ。全力でどうにかしてあげる。……今までの分まで幸せになるのよ?」  歩佳は優しく微笑むと、ヒールの音を立てながら病室を出て行った。部屋には二人だけだ。 「ユキ」  幸広は耳元で囁くと、ユキのこめかみに唇を落とした。 「退院したら何をしたい? どこに行きたい? 何を食べたい? 何でもしてやるからな」 「……おっさんは……本当にいいの? 私もう何もできないよ?」 「何もって?」 「私が知ってる事は渡したUSBに全部入れたから……もう役に立てないし、犯罪者なんだよ?」  妹は警察官で、おっさん自身もよくわからないけれど元は警察官。そんな人が本当にいいのだろうか。 「ユキ」  幸広はユキの不安を拭い去るように、今度は黒々としたしとやかな髪に口づけを落とした。 「ただ傍にいてくれるだけでいいんだ」  まだ実感はわかない。だけど少なくとも今この瞬間はおっさんが優しい言葉を囁いて、一緒にいてくれる。終わりがいつ来てしまうかはわからないけれど、今この瞬間は幸せだ。それだけでいい。 「うん……」  体から力が抜ける。瞳を閉じてゆっくりと身を預けた。
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