三、

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 そして、当たり前になった事がもう一つ。実家に遊びに行っても余程の事が無い限り、夕食までご馳走になってから二人の家に帰る。そうしたら幸広は必ず言ってくれるのだ。 「ただいま」 「お帰り、あかり」  その言葉が、帰る場所はもうこの家なんだと教えてくれる。 「ただいま、ユキ君」  もう一度告げると幸広は嬉しそうに破顔した。  家に帰ってくると、あかりが導かれるのはソファーだ。警察時代に鍛えられたという幸広は、家事も全て一人でこなしてしまう。手伝いくらいしたいと思うけど、何も知らないあかりが手を出すより幸広一人でやった方が早いらしい。それとなく言われて以来、あかりは素直に待つようになった。  ふかふかのソファーに身を預けていると、風呂の用意を済ませた幸広が温かい飲み物を手に戻ってくる。 「熱いぞ?」 「うん、ありがと」  幸広はそうして隣に腰を下ろすと、あかりが息を吹いて冷ましながら飲むのをいつまででも待ってくれる。隙間なく寄り添って、時折背や腰を撫でてくれる。それがたまらなく安心する。 「飲み終わったら風呂に入ろう」 「うん」 「プラネタリウムつけるか?」 「うん」 「温泉の素入れるか?」 「うん」 「夏休みの前に温泉でも行かないか? 初めての旅行は二人で行こう」 「うん!」  そして一緒にお風呂に入ったら、ダブルベッドで抱かれながら眠るのだ。こうして一日を終える。  もう任務の恐怖で眠れない事も、朝が来る度に絶望する事もない。  ――どうしてこんなに優しくしてくれるの?  疑問は消えない。でも、もう手放せない。 「ケーキは美味しかったか?」 「うん。でもお母さんのから揚げの方が美味しかった」 「そうか。次は肉じゃがだって言ってたぞ? 今度は和菓子屋で手土産を買って行こう」  常に未来を語ってくれる幸広に驚くので精一杯で、不安を抱く余裕もない。 「おやすみ、あかり」 「おやすみ、ユキ君」  ――ああ、幸せだ。  ぬくもりの中で目を閉じながら、心からそう思った。
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