あの娘にこんがらがって ……2

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あの娘にこんがらがって ……2

「先輩、これカッケー、なんか腰揺らしたくなるゥ」 「案外、センス良いね、アンタさ」 JKは目張りの決まった瞳でもってウィンクすると、腰を揺すり始めた。アタシは、そんなJKを眺めながら、‛こいつ、結構な値段取ってんだろうな‚って思っていた。 「先輩さー」 アタシは、その声にフッと我に返って、こうレスった。 「気安いんだよ、後輩」 JKは、腰を揺らしながら話を続けた。 「先輩、ここさ、時給幾ら?」 「バイトは、要らない」 「えッ……ここ、先輩の店?」 「まー、チーママみたいなもんよォ」 「給料、いい?」 「……なんで?」 「一緒にしない、ウリ? 経験者優遇するよ」 「あのさ、帰りなよ、そろそろ」 「ねぇ、トイレの隅のワインボトルって、オナニー用でしょう?」 「ふーん、トイレ使うことは使ったんだ」 アタシは、開き直りつつも、一矢を報いた。 「使ったよ……って言うか、なんだ図星! なら、気持ちいいことやって、また、稼ごうよ?」 「悪いけどさ、金でSEX曖昧にするのは卒業したんだ」 「ふーん。好きなことは仕事にするな、ってあれ?」 「好きなこと仕事にしてるし、今も」 「じゃーさ、もう一つの好きなことはバイトにしない?」 「だからさ、間に合ってるんだ、後輩」 曲が‛ディア・ワン‚へと進み、JKは腰を揺するのを止めた。その額や首筋にうっすらと汗を浮かべた彼女は、アタシをじっと見据えて、尚もこう食い下がった。 「じゃーさ、パンティ売らない? 巨乳だからブラも――」 「しつけーな、なんか訳ありなんじゃねーの?」 「……なに、それ?」 「相棒が必要な厄介ごとなんじゃないのかってこと!」 「……ちょっと、心細く成っちゃっただけよ、先輩だって覚えあんじゃない?」 アタシは、敢えて返事を返さなかった。 向こうの思うツボに成りかねないと思ったからだ。 「……またね」 そう、言い残してJKは去っていった。と、そよ風が滞留している彼女の残り香を撹拌させた。その香りには、彼女が現れた時のそれとは異なり、男受けする牝どもに特有な妙に生々しい汗の臭いが混じっていたが、アタシはそこに孕まざるを得ないヤバい何かを嗅ぎとってしまう……。川崎さんの尾行を振り切って、この店へ駆け込んで来た訳だし……。 アタシは、JKが去った店の出入口を、しばらくの間、眺めていた……。 数日後、渋谷方面での買い取りを終えたアタシは、店のトラックで明治通りを一路店へと向かっていた。蒸し暑い初夏の夕方だったが、クーラーは使わず少し下げたウインドウから吹き込む風でやり過ごしていたからか、Tシャツの腋は汗ばんでいた。 それもあってか、カーステではベタにビーチ・ボーイズのベストなんぞを流していた。通りは適度に流れていたし、まー、それなりに快適ではあった。帰宅したら、早目にシャッターを下ろして、買い取り品のクリーニングやら値札付けやら……、と、ホルダーでスマホが震え始めた。川崎らしい。 丁度、差し掛かった信号が赤に変わったのを見たアタシは、ブレーキを踏み込むと、ホルダーからスマホを取り上げた。 「もしもし、サキ?」 「そう、なに?」 って訊きながらも、察しはついていた。 「今、どこ?」 「出張買い取りの帰路。明治通りの大久保辺り」 「あのさ、例のJKの件なんだけど、1時間ぐらいかな、そしたら店へ行くからッ」 「いいけどさ、なにィ?」 「どーしてもアレに確かめなきゃならないことがあってさ。で、とにかく捕まえたいのよ。サキ、昔取った杵柄で、なんとかなんじゃない? なんなら、吉川経由で正式に、ま、個人的にってことだけどさ、バイトとして発注するからさ。じゃ、後でッ――」 「……」 プップー! クラクションを食らってハッと我に返ると、青信号になっていた。アタシは、切れたスマホを急いでホルダーへ戻すと、トラックを発進させた。 どーやら、ケツに火が着いているみたいだ、あのJK……。川崎さんが、火消しをするってことなのだろうか? でも、なんでそこまでこの件に入れ込むのだろう……。確かに、ウリをしまくってた野良猫時分、アタシが世話になる度に、彼女は熱心に足を洗うよう勧めてくれたものだったが、それにしてもここまで必死そうだったことはなかったと思う。それに、そもそも吉川のことを一切認めていないあの川崎が、JK確保のためとはいえ、かの男を巻き込んでまでアタシに協力させようっていうのも解せなかった。 なんだか、嫌な臭いがプンプンしてきた……。 そんな思いに捕らわれながら、次の早稲田通りとの交差点での右折に備えた。車内では‛神のみぞ知る‚が流れ、アタシを別世界へと誘っていた。もっとも、実際にはブルーにこんがらがった世界が待っているのだけれど……。 店に隣接した駐車スペースへトラックを停めたアタシは、イグニッションを切って車外へ降りた。車両後部へ回り、ドアを開くと、降ろした台車へ買い取ったLPの入った段ボールを載せた。で、店の正面へガタガタ音を鳴らして台車を転がして行くと、店内から電話のベルがシャッター越しに漏れ響いていた。なんとなく予感がしたアタシは、シャッターを中途半端な高さで放置すると、台車はそのままにカウンターへと急ぎ、受話器を取り上げた―― 静かながらも荒い息遣いが伝わってきた。変態かと思ったが、荒い女のそれらしかった。多分、そう、アイツだ! 「どうしたのよ、後輩?」 「先輩、来てェー。無理ィ、アタシ……」 「あのさ、アンタみたいな生き方してちゃ、そういう事は付き物――」 「うるさいッ! いいから、来てよッ……」 「アンタさ、今、どこ?」 言ってしまった。飛び込んでしまった……、吉と出るか凶と出るか? JKは高田馬場駅から程近いとあるホテルの名を告げた。寄っておきたかったトイレへも行かず、慌てて店を飛び出たアタシは、LPを積んだ台車を店先からすぐの所へ突っ込むと、シャッターを乱暴に下ろして、トラックへと向かった。が、乱暴過ぎた気がして立ち止まったアタシは、振り返ってシャッターを確かめた。キチンと閉まっていた。アタシは、改めてトラックへ急ぎ、乗り込んだ。 時刻は、午後4時を過ぎた辺りだった。 続く
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