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かなめがその求人に行き当たったのは、前職を辞めてからゆうに三ケ月は経った頃のことだった。 自分でも自分に腹が立つほど鬱屈し、固く縮こまった心を慰めようと手に取ったペット雑誌の巻末広告に、地崎ハウスシットサービスの名前を見付けた。 社名から咄嗟に仕事内容を想像しづらかったが、どうやら飼い主の不在時にペットの世話をする人員派遣のサービスを行っているようだった。ベビーシッターのペット版ということだ。 会社の所在地は自宅からは少し遠かったが、市内の中心地にありアクセスは良さそうだった。 『ペットを愛する気持ちを重視します。動物たちと触れ合いたい!がきっかけで構いません。私たちと一緒に働きませんか?』 概要欄の末尾に書かれたその文句にささくれた心を感化され、よく考えもしないまま、載っていた番号に電話をかけていた。 応対した女性に求人広告を見た旨を伝えると、早速面接に来て欲しいという話になった。 あまりにトントン拍子な展開に、自分から望んだことにもかかわらず、かなめは内心動揺してしまった。 二日後、かなめは慌てて書き上げた履歴書を持って、地崎ハウスシットサービスの事務所を訪ねた。 最寄り駅から徒歩十分ほどの、大通りに面した複合ビルの一室にテナントを構えているらしい。 正面入り口は音楽教室の利用者専用となっているため、電話で教えられたとおり裏口から中に入り、薄暗い階段を三階まで上って行く。 履き慣れないヒール靴が歩く毎に踵から浮き、カランカランと間抜けな音が響いた。 ――もっとヒールの低いのを買っておくべきだった。 靴擦れの痛みにそんな後悔を抱いている内に、事務所の入り口の前に着いていた。 擦りガラスのドアに印字された社名を今一度確認し、生唾を一つ呑み下して、傍らのテーブルに置かれた呼び出し用電話の受話器をそっと持ち上げた。 *** ホームセンターを出た時には、もうだいぶ陽が傾いていた。 無遠慮に照り付ける西日から顔を庇いながら歩くかなめを他所に、彼女の依頼者である男は車のキーを探りながら遅くなっちまったなあ、と独り言にしては大きな声でつぶやいた。 ようやくポケットから引っ張り出したキーでロックを解除すると、彼はまず抱えていたドッグフードの袋をトランクに積み込もうと車の後部に回った。 「あ、開けますよ」 「ありがとう」 遠慮がちな申し出を快活に受け入れられ、かなめは安堵しつつトランクリッドを開いた。 勢いよく開かないよう気を付けていると、察した男も片手でトランクリッドの縁を支えた。 「ワンちゃん、大事にされてるんですね」 かなめが言うと、男は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた後で、 「まあね」 と小さく笑った。 ――いま私、馬鹿なことを言った。 荷物を積み終え運転席へ向かう男の横顔が呆れているようにも見え、かなめは恥ずかしさに目を伏せた。
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