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地崎ハウスシットサービスに採用されてから、かなめはまず研修として先輩に着いて三件ほどの依頼に当たった。 最初はあくまで主担当者の補佐という形で、仕事のやり方や雰囲気を学んでいった。 この会社には女性しかおらず、社長のほか社員は二名のみ、そこにシッターとして実務を行うパート・アルバイトを六名抱える構成だ。 無論、かなめもアルバイトとして採用されたのだった。 「以前は正社員で働いてらしたんですね。うちは給与は下がりますし、不安定になってしまいますけど、そこは大丈夫ですか」 面接の際、その質問をする時だけ、社長は疑わしげな顔をした。 とはいえそれは、かなめも想定していたことではあった。 「生活はできると見込んでいます。貯蓄は難しいかもしれませんが、これまでの分もありますから」 「なるほど」 納得させられたとは思えなかったが、社長はそう相槌を打ち、外したばかりの老眼鏡をまた掛けてかなめの履歴書を見直した。 「今はアパートにお住まいなんですね。お一人で?」 「はい」 「動物はお好きなのよね。ご実家では何かペットを飼われてますか?」 「はい、犬を一匹。今年で九歳になります」 社長の質問の核心を見誤るまいと身構えながらも、かなめは素直に答えた。 「昔は別の犬を飼っていました。私が幼稚園児の頃から、高校生の頃まで」 「それじゃあ小さい頃から、特に犬がお好きなんですね。うちのお客様でもやっぱり犬を飼われてる方が一番多いですから、そういう意味ではあなたにとって働きやすいかもしれませんね」 とは言っても、と社長は履歴書から目を上げ、再びかなめの顔をまっすぐ見据えた。 これまでより強く鋭くなったその眼差しに、かなめは思わず動揺して瞬きしてしまった。 「お客様の大切な家族の命を、それもお金をいただいて預かる以上は責任感も欠かせません。正直なところ人手は必要なので、あなたのように動物が好きと言う方には、ひとまず研修は受けていただくことにしているんです。その結果を見て、こちらが村井さんを適任と判断するか、そして村井さんご自身がこの仕事を続けようと思えるか試していただきたいと思います」 つまりそれが、ひとまず仮の内定通知なのだと数秒遅れて気付いたかなめは、慌ててよろしくお願いします、と頭を下げたのだった。 かなめにとっては研修も特に苦になるものではなく、指導してくれる先輩も皆良い人だった。 ただ、やはり飼い主との関係構築については一抹の不安を感じた。 ハウスシットの名のとおり、シッターは依頼者の自宅を訪問し、留守中の餌やりやケージの掃除、遊びの相手や犬の散歩などといった一通りの世話をすることになる。 そのため、新規の依頼の際には最初にペット同伴で依頼者と面談し、諸々の規約や注意事項を説明したうえで、シッターと依頼者・ペットの間に信頼関係を築けるかを確認するのだ。 その時の依頼者の目が苦手だった。 物腰がどんなに穏やかでも、その目だけは猜疑心をたたえシッターを値踏みしているように思えて仕方がなかった。 もっとも依頼者の立場で考えれば、赤の他人に愛するペットと、さらに言えば家という財産をも預けることになるのだから、依頼相手の見極めに神経質になる気持ちは理解できる。 つまるところ、実際に他の人たちがどうかはさておき、自分ならそんな風に疑ってしまうのだろう、と思う。
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