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「ボーダーコリーですよね。うちも実家で黒いのを飼ってるんです。もう九歳の老犬なんですけど」
「ああ、そうでしたか。やっぱり人懐っこいですか?」
「はい、とても。犬種の特徴なのかもしれませんね」
かなめはあまり人当たりが良い方ではないが、そんな彼女にとっても、植山は話しやすい相手だった。
溌溂とした、それでいて落ち着いた喋り方や、こちらの話を聴く時のまっすぐで誠実そうな眼差しから、いっそうらやましいほどの人の好さが滲み出ていた。
依頼を受けること自体は何ら問題なさそうだが、と思いながら、かなめは顧客情報シートに目を落とした。
「セプテンバーくんを…お一人で育てていらっしゃるんですよね。お仕事の関係でなかなかお世話に時間を取れない感じでしょうか」
「ええ。仕事が旅行関係なもので、泊りがけになることもざらでして。ペットホテルに預けたりしてるんですがやっぱり高いですし、送り迎えの労力を考えると割に合わないなと」
「どこにでもあるものではないですからね」
植山の住んでいるあたりがどれほど田舎なのかは分からないが、この辺りでもペットホテルなど、主要駅近くの街の中心部でしか見たことがない。
「なので、そういう出張中の世話をお願いしたいと思ってます。お伝えしているとおり不便な所なんですが、車があれば何とかなると思います。朝早く来ていただく必要はないですし」
「そうですか…」
かなめは車の運転ができない。一応免許は持っているがそもそも得意ではなかったし、最後になんとか運転してからもう五年近く経っている。
「電車やバスで通うには、やはり厳しい場所なんですよね?」
その事情を知っている社長が尋ねると、植山は少し難しい顔をして答えた。
「出来ないわけではないでしょうけど…。電車の本数がかなり限られているので、毎日行き来するのは結構大変だと思いますよ。駅から家までも、歩けば一時間近くかかりますし。バスはあるのかなあ…そこは詳しくないんですが」
「そうですよねえ。私も出身は田舎なので、よく分かります」
朗らかに同調する社長が、一瞬まじめな目でちらりとこちらを見た。
かなめはその視線の意味を察し、躊躇いを振り切って植山の目を見つめた。
植山は出されたお茶の湯飲みを片手に、不思議そうな面持ちでかなめの顔を見返していた。
「お問い合わせの際に、住み込みでも良いというご提案をいただいたようなのですが…その、植山様のお宅にお部屋をお借りして、という形でしょうか…?」
「あ、ええ、まあそういうことです。と言っても、こちらでそういう対応が可能なのかは知らずに言ったことなんですけどね。通勤は手間だろうし、どうせ僕もほとんど家にはいないし、それならいっそのことと思って」
かなめの歯切れの悪い質問に、植山は穏やかに笑って答えた。
彼が湯飲みを置いた時のかすかな音に反応して、セプテンバーがむくりと体を起こし、飼い主の膝に顎を乗せて甘え始めた。
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