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北側から母屋、ガレージ、そして平屋建ての離れが順番に並んでおり、その東側に広がる庭は、一戸建てをもう一軒建てられそうなくらいのスペースがある。 離れ側の一角は木製の柵で囲われており、水道の傍に犬用の食器やリードなどが置かれているのが見えた。だが、そこにセプテンバーの姿はなかった。 「外で飼われているんですか」 「いえ、普段は母屋の中です。僕が家にいる時は、あそこに出して遊ばせたりもしてます」 かなめの視線の先を見遣り、植山が苦笑した。 「村井さんも自由に使ってください。ただし、ドアはそっと動かしてくださいね。僕が見様見真似で作ったもので、強度に不安があって」 「ワンちゃんが脱走しないようにそっと、じゃないんですね」 かなめが小さく笑うと、植山はまさか、と首を横に振った。 「あいつは開けっ放しにしたって逃げませんよ。人が好きだし、それに臆病だから」 彼が母屋の鍵を開け引き戸を開くと、すぐさま家の中から軽やかな足音が聞こえてきた。 やたらと広い玄関と居間を隔てる硝子戸越しに、白い影が見えている。 「ただいま、セプテンバー」 植山が戸を開けると、セプテンバーが待ちかねた様子で飛び出してきた。 いるはずのない人物の来訪に余計に興奮している様子の彼は、警戒させないようしゃがみ込んだかなめに覆い被さるような勢いでじゃれついた。 その様子を見て、今回は相手にされなかった植山が少し寂しそうな顔をした。 「普段よりはしゃいでるなあ」 「本当ですか?私のこと、覚えてくれてたら嬉しいんだけど…」 「犬は覚えてるって言いませんか?まあ、こいつの場合初対面でも構わず甘えようとするんで分かりにくいかな」 「そうですね。あの、夕方の散歩は…」 「ああ、今日は先に済ませたので大丈夫です」 仰向けに寝転がるセプテンバーのお腹を撫でながら尋ねたかなめにあっけらかんと答えてから、植山はバツが悪そうに声を小さくした。 「それで今気付いたんですが、夕飯のことを考えてなくて。出張前なもんで食材すら無いので、外食でもいいですか」 「はい。あの、お気遣いなく」 言われてみれば、かなめもそんなことは気にしていなかった。道中の不安と緊張で、そこまで頭が回らなかったのだ。 もしかすると、植山も同じだったのかもしれない。 「歩いて行ける距離に一軒あるんで、六時頃出ましょうか。ついでに散歩のコースも説明しますよ」 トイレは廊下の奥です、と言い置いて、植山は用事があるのか二階へ続く階段の方へと歩いて行った。 残されたかなめは、とりあえず荷物を置こうと立ち上がり、靴を脱いで居間へと上がった。 「いい子だね、セプテンバー。これからよろしくね」 すかさず後を追って来たセプテンバーの頭を撫でながら、小さくため息をつき、薄暗い室内を見回してみる。 南北に長い畳敷きの居間は、見たところ二十畳ほどだろうか。 ちょうど真ん中の位置でふすまで仕切れる造りになっており、玄関と台所につながる手前側のスペースは、大きめの和テーブルとテレビ台、そして場違いなステンレス製のラックが大半を占めている。 ふすまより向こう側には家具の類は置かれていないようで、少し寒々しい感じがした。一番奥の壁にはきちんと床の間も設えられているが、今は掛け軸も花瓶の花も飾られていない。 外観どおりの、まさしく日本の古い民家といった趣だ。
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