そのご:リシェ、また強奪される

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そのご:リシェ、また強奪される

 とりあえずパンを切り分けて生地に切り込みを入れバターをうっすらと塗った後、シンプルに焼いて食べる事にした。  苛々した気持ちを延々とキープしていたリシェだったが、焼いていくにつれて香ばしい香りが部屋中に充満してきた段階でその表情も和らいでいく。  ラスも焼けていくパンと、溶けていくバターの香りに嬉しそうに「んんんん」と空気を吸い込んでいく。 「めちゃくちゃいい匂いじゃないですか先輩。流石口コミ評判の高い所なだけありますねえ」 「だろう」  じんわりと濃厚なバターの香りに、パンの甘さが混じった食欲をここぞとばかりに誘う匂い。これは空腹時に嗅ぐものではない。  あとでアイスを買わないと、とリシェはメモをする。 「焼き加減はどの位までが好きなんですか?」 「焼き目が濃い方がいいな」  ラスはオーブントースターを覗き込みながらにこにこと焼かれていく様子を眺める。  もう少しでいい具合になりますね、顔を上げて後ろで待機しているリシェに目を向けたその時だった。  部屋の扉がいきなり開かれる。 「パンを焼いてるんでしょ?」  またこの部屋の物音を盗聴していたのか、スティレンがずかずかと室内に入ってきた。リシェは何だお前は!と怒りを露わにする。  ひたすら怒っていただけあり、怒るのは容易だった。 「勝手に入ってくるな!!」  彼の怒りを完全にスルーし、スティレンはそのままラスが覗き込んでいたトースターの中を確認する。そしてぱあっと顔を明るくした。 「美味しそうじゃない!」 「何だお前!!食うなよ、今焼いてるんだから!!」 「俺、ちょっと焼く位が好きなんだけどまだ焼いてるの?」  何故か自分が食べる事になっている風だ。  おもむろに蓋を開けると、その香ばしい匂いに「わ!」と目を輝かせる。 「スティレン、これは先輩の」  次に焼くから、と言いかけたその時、彼はあっさりとそれを口にしてしまった。それを目の前で見てしまったリシェはショックを受けてしまう。 「お前!!食うな!!」  静止の声も聞かず、スティレンはもっしゃもっしゃとパンを平らげてしまった。それはもう美味しそうに。  あぁああ、と悲しそうな声を上げたと同時にスティレンの腕を引っ張り訴える。訴えて聞く相手では無いが、言わずにはいられなかった。 「何で勝手に食うんだ!あんまりじゃないか。だから太りやすいんだお前は!」 「太りやすいは余計でしょ!!んん、美味しいー!」 「美味しいー!じゃない!!勝手に食い尽くしやがって、謝れ!!」 「俺に内緒でパンを焼こうとしたお前にも問題があるよ!独り占めしようったってそうはいかないからね!」  彼の言い分はめちゃくちゃだが、それは今に始まった事ではない。ただ、物凄く理不尽だった。 「先輩、また焼きますから…」  ラスは落ち着いて、と宥めるがリシェの食に対する怒りは尋常では無かった。気持ちは分かるが。 「俺だってまだ食べてないんだぞ!俺が買ってきたものなのに!」  食べてしまったのは仕方無い。ラスはまたパンを焼こうと切り分けると、同じように切り込みを入れてパンを焼き始める。 「またすぐに食べられるんだからいいじゃない!どうせまだあるんだから!!」 「馬鹿言え、買ったらいきなり盗っ人女に三分の一を強奪されたんだぞ!普段より少ないっていうのに!!」 「知らないよそんな事!!」  リシェはいきなり入ってパンを食べるという暴挙に出た従兄弟を相手に、ぽこぽこと争いを始めていた。
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