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そのろく:髪
ある日の昼休みの職員室。
突然国語教師のカティルが思い出したかのようにオーギュスティンに言い出してきた。
「そういえばね」
熱めのコーヒーを少しずつ飲んでいたオーギュスティンは、不意に手を止めてカティルを見上げた。彼は隣の空いている椅子に腰を落とすといつものマイペースな様子で話を続ける。
「君からお勧めされたアロエは順調に育っているよ」
「………」
別に勧めたつもりはない。
オーギュスティンはそうですか、とだけ返すと再びカップに唇を付けた。
「まだアロエが生えてくる夢を見るのですか?」
元はカティルが手からアロエが出てくる夢をよく見てしまうという悩みから始まったのだ。そんな話を自分に聞かせてどうする気なのかと思いながら、育ててみてはどうかという適当な返しをしただけに過ぎない。
口から出まかせに言ったつもりだったがカティルは真に受けて鉢植えを買い、育てている。
「最近は頭からサボテンが生えてくる夢を見るねぇ」
「………」
何かしら生えてくる夢を見る傾向にあるらしい。
「これは何かの暗示かな?どう考えるかな、オーギュスティン先生」
知らんがな、と内心突っ込んだ。
自分は病院の先生や心理カウンセラーでも無いのだ。
「知りませんよ」
「うーん…体から何かが生えるという夢って総合的に何なのだろうね。サボテンを買えという事かなあ」
「さあ…頭から生えるって事はハゲる予兆とかじゃないんですか?知らないけど」
「ハゲる!!?」
カティルは反射的に自分の頭を押さえる。
やけに敏感だな、とオーギュスティンは思った。
「やけに気にしますね」
「するさ、するともさ!年を重ねるごとにね、髪の毛との争いも必要不可欠になってくるんだよ。君も気にならないのかい?」
「私は…そんなに気にした事はありませんけど…親も現役で髪がありますから」
おああお!!とカティルは悲しげに顔を両手で覆い嘆く。
「どうしました?」
さめざめと泣く相手に、オーギュスティンはドン引きしながら問う。
「うちはね、どちらも薄い家系なのだよ!何て残酷!!きっと自分も髪々との別れをするに違いない!!今からカウンセリングに行こうかどうか悩んでいる最中なのに君ときたら!」
神々ではなく髪々…と言いたいのだろう。
「行けばいいじゃないですか」
別に自慢するつもりで言った訳ではないのだが、カティルの中で何かが引っかかってしまったようだ。
会話をするのも面倒になってきたらしく、オーギュスティンはもういいですかと一方的に会話を切ろうとした。
「抜け始めたら君の髪を貰っても構わないかな」
「は?」
見た感じではまだ大丈夫ではないだろうかと思う。
その先までは分からないが、何故自分のを分けなければいけないのかと疑問だ。
「君のは丈夫そうだから、植え込むにはもってこいかもしれない」
「…むしろ今から対策した方が手っ取り早いですよ。海藻を食べなさい、海藻を。食生活で良いものを摂取するんです。遺伝なら何やらを恨むよりは防止策を練っておいた方が良い」
オーギュスティンは段々何の話をしているのか分からなくなってきた。
最初はアロエの話では無かったか。それが何故抜け毛の話になっていくのだろう。
「海藻を育てれば良いのかな!?」
がばりと顔を上げるカティル。
「育てるんじゃなくて食べなさい」
効き目があるかどうかは断言出来ないが、やればどうにかなるだろう。むしろ何故自分がこんなアドバイスを与えなければならないのだろうか。
悩み相談室を設けている訳ではないのに。
「そうか」
カティルははっと我に帰り、何かを悟ったように呟いた。
「じゃあ髪に優しいものを摂取する事にしよう!ありがとう、オーギュスティン先生!じゃあ行ってくるよ!」
え?
オーギュスティンはカティルの言葉を聞き、一瞬耳を疑った。彼はそのまま席を立ち職員室から出て行く所だった。
「え!?ちょ…まっ」
静止の声も聞かず、彼は颯爽と行ってしまった。
まだ一日の業務は終わっていないのに。
「あの人、まだ授業残ってるはずなんだけどな…」
とにかく彼が物凄く髪を気にしているのは分かった。
だが仕事を放り出してはいけないと思う。
その日の割り当て時間が書かれたホワイトボードに目を向け、オーギュスティンは困惑していた。
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