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そのなな:リシェ、再会する
仕切り直しに再びリシェは例のパン屋へと足を伸ばしていた。
今度はラスも一緒だ。本当は単独で行きたかったがラスは自分も絶対行くのだと意気込み、授業が終わった瞬間即こちらの教室へと走ってきた。必然的にスティレンも同行してくるのかと身構えていたが、幸い彼は個人的に用事があるらしくそれはパス出来た。
ただでさえうるさいラスも一緒で憂鬱だったのに、更にうるさいのが同行したら余計ストレスが溜まってしまう。
「んふふ、先輩とデート…制服デート…」
「言い方気色悪いからやめろ」
ラスにしてはこれ以上ない位の幸福だった。大好きな相手と年相応のデートが出来るのだ。ただパンを買いに行くだけだったが、それでも彼にとっては特別。
向こうの世界では堅物で剣やロシュの事ばかり考えていたリシェと、まさか高校生として平和に生活してデートまで出来るのだ。
これ以上素敵な事があるだろうか。
「嬉しくてつい…今日はちゃんとパンを買えたらいいですね、先輩」
「前回よりは早い時間に来たからな。あの女より出し抜いてやる」
早く来れたのはいいが、例の女がパン屋にやって来るかどうかは分からない。昨日の出来事だったので、もしかしたらリベンジ的な感じで来るのではないだろうか、と推測しただけの事だ。
今回は夕方の部の最前列近い場所に着く事が出来た。
「ほおおお、こうして待ってる間にも少しずつ並び初めてるんですね。美味しかったからなあ、あのパン」
流石に今日は余裕で買えるな、とリシェは浮かれる気分を押し隠しつつ意気込む。待つ事十五分位経過した頃だろうか。
夕方の部開店しまーす、という店員の声に、リシェは顔を上げて「始まったぞ!」と叫ぶ。
ラスと一緒に買いに来たので二袋購入する事が出来た。しかもまだ焼きたての名残で温かさを感じる。
今度は気分良く帰る事が出来るなと満足した様子のリシェが店から出ようとすると、ちょうど入口近辺で購入側に回っていた例の少女の姿が目につく。
リシェはパンを手にしたまま、少女に向けて「んあっ!?」と声を張り上げる。相手もその声に反応し、「あ!」と叫んでいた。
「あんた、あの時の!」
彼女もリシェの顔を忘れてはいなかったようだ。
「やっぱり来たのか!」
この盗っ人女!!と言いかけたが、流石に店の中に入る寸前でその言葉を言い放つのは宜しくない。ラスにとりあえず出ましょうと促されて店外に出た。
思い出し怒りをするリシェにまぁまぁとラスが落ち着かせていると、今回は無事に購入出来たのか彼女もパン屋の袋を片手に店から出てくる。
そしてリシェの姿を見つけると、そそそと近付いて来た。
「何だお前!今回は買えたんだろう!」
前回の恨みがまだ残っているのか、やたらと食ってかかってしまうリシェ。少女は嬉しそうに「うん!」と持っていたパンを見せつけるように腕を振った。
「ならもう俺にたからなくてもいいだろう、金も払わずに逃げやがって!」
ラスは落ち着いて、とリシェを押さえる。
少女はきょとんとした顔でリシェを見た後、「そうだったわ」とケロっとして言いのけた。
「嬉しくてさぁ…お金払うの忘れてたのよ。ごめんねぇ?んっと、これ位でいいかしら?」
ぎりぎりとしていたリシェに、素直に謝りながら三分の一の金額を提示する。
「あれ…良かったじゃないですか先輩。お金が返ってきましたよ」
お金を返してくれるとは思ってもいなかったリシェは、意外な反応に感情を停止させる。
「これで手打ちにしましょ。冷静になってお金払ってなかった事に気付いたのよね。んで今日また来てくれるんじゃないかなって思って。でも良かったぁ、あんたが来なかったらあたし盗っ人のまんまだったわ」
はい、とお金をリシェに握らせた。
「………」
出してしまった怒りの感情はどこへ持っていけばいいのだろうか。リシェは停止したままで相手を見た。
彼女はにっこりと可愛らしく笑うと、じゃあまたねと告げる。
またね、と言われるがまた再会するつもりなのだろうか。
「そうだ。あんた、名前は?」
「は?」
小銭を握り締めたままのリシェは、少女の質問に眉を顰めた。
何故名乗らなければならないのかと。
「ほら、折角お近づきになれたし?パン三分の一でここまで怒り狂う人も珍しくてさぁ」
自分の不手際なのに何気に無礼な事を言うもんだなとラスは思う。だが、これだけは確認しておきたい。
「それ、新手のナンパか何か?」
言っておくけど先輩は俺のものだから!とリシェの細身の体を引き寄せながら牽制した。その瞬間、ラスの腕の中のリシェは思いっきりジャンプし彼の顎に頭突きする。
ゴズッ、と砕けるような音がした。
「痛ぁあああああ!!」
痛みにへなへなと崩れ落ちるラス。
「鬱陶しい!!」
酷い、と涙目になってしまう。予想以上に強いジャンプだったようだ。
「へ…あんた、こっちよりも年上なんだ?見えないね」
「違う。こいつが年上なんだ、勝手に呼んでるだけだ」
「…何だか良く分からない関係ね。まぁいいわ、あたしはリゼラっていうの。また会ったら声かけてよね、先輩」
だから先輩じゃない、と言いかけたが、リゼラはまたね!とさっさと立ち去っていった。
顎を押さえうずくまっているラスを無視し、リシェは彼女から受け取った小銭を静かに財布にしまい込む。
「痛いぃい、先輩ぃ」
「お前のせいでまた変な誤解されたじゃないか。どうしてくれるんだ」
先輩でも何でも無いのに。
リシェは自分の激しい感情の浮き沈みに疲れ果て、はぁと溜息を漏らしていた。
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