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そのはち:同居人の評判
授業の合間の休み時間。
ラスは水分補給する為に廊下の自販機から飲み物を買い教室に戻ると、いつもつるんでいる仲間達の側に近付いた。
「最近どうなの、同居人の子は?」
比較的常識人のキリルはにこにこしながらラスに問う。
「んん」
買ってきたペットボトルの栓を開け、ぐいっと冷たい麦茶を飲んだ後にラスは「あまり変化無いなぁ」と苦笑いした。
「俺は凄く構いたいんだけど鬱陶しいって言われちゃう」
「そりゃそうだろ…」
珍しくいつもより気温は暖かく、日差しもぽかぽかしているので生徒達はベランダに出て時間を過ごしている。ラス達も、窓際に座席があるベルンハルドの椅子や机に腰掛けながらひたすら駄弁っていた。
話を聞きながらパンを食べているノーチェは「くっそ生意気じゃん」と若干不快そうに呟く。
「ラスは骨抜きにされ過ぎなんだよ。ちょっと可愛いからって調子乗ってさぁ」
言いながらむしゃむしゃと噛み切らんばかりにパンに食いつく様子の彼を見ながら、ベルンハルドは零すなよと困惑する。
「俺の席だぞ。ちゃんと食えよ」
「後で拭いてやるよ」
余程リシェが気に入らない様子だ。
「だって先輩可愛いんだもん…」
骨抜きにされまくっている本人が幸せそうならいいのだが、元ルームメイトのノーチェは未だに納得出来ない様子だった。リシェの存在を知るまでは平和に一緒に生活していたのだから無理も無い。
いきなりごめん、引っ越す!と宣言されてあれよあれよのうちに荷物もろともリシェの部屋に移動してしまったのだから。
「デレデレしちゃって。俺には何がいいのかさっぱり分からないんだよね、あのガキ」
「まぁまぁ…」
まだ治らない怒りの感情をぶつけるようにパンを喰らうノーチェを、キリルは優しく宥めていた。まさかゲーム内において、忌み嫌っている相手と知らず知らずの内に仲良くしているとは思ってもいないだろう。
相手のリシェですら、未だにノーチェだとは知らず赤フン赤フンと嬉々としてラスに報告している状況だ。
キリルはついラスを窺うように目線を向ける。
ラスもつられて苦笑いしていた。
お互いの正体を知ったら大変な事になってしまうのでひたすら黙っていようと決めているが、現状は平和に過ごせているので敢えて何も言わないようにしている。
「何考えてるのか分かんねーのがいいんじゃねーの?」
「んえぇ…何あんた、あれが好みなの?」
携帯電話の画面をポチポチしていたベルンハルドに、心底嫌そうな様子でノーチェが問う。
女子が皆無の男子校生活で、全員感覚がおかしくなっているのかもしれない。確かに雰囲気が自分達とは違う同性につい惹かれてしまう者も少なくない。ラスもその傾向にあるのだろう。
ぱっと見て異性にモテるであろうベルンハルドですらそうなのかとノーチェは引いた。
「確かに可愛い顔してるからな。ザリガニ飼ってそうだし」
「どこからザリガニが出て来たんだよ」
取って付けたようなザリガニ発言に、思わずラスは飲んでいた麦茶を吹きそうになっていた。
「ザリガニ云々じゃないけど、何か無言でペットとか持って来て無表情で育ててそう。ああ見えて暗い感じがするじゃん。可愛いのに」
「うう…うぅん、先輩、暗い…かなぁ」
スティレンがリシェを馬鹿にする際にしょっちゅう暗いとか口にするが、やはり暗いのだろうか。雰囲気がそうさせてしまうのかもしれない。
決して明るい性格では無いのは確かだ。
「どうしたら明るい雰囲気になるかな」
髪型を変えようとするだけでも心底嫌がるリシェだ。ヘアアイロンを当てようにもまるで処刑されるかのような勢いで焼きゴテだと喚いていたのを思い出す。
「さぁ…こればっかりは本人次第なんじゃないかなぁ。第三者が決める事ではないでしょ」
やはり一番冷静なキリルの意見は説得力がある。
ラスは再び麦茶を口にした後、そうだよなぁ…と考え込んだ。
寮の部屋に戻るのが遅くなってしまったラスは、先に戻っていたリシェにただいまぁと声をかけながら部屋の扉を開けて足を踏み入れた。
「ん。おかえり」
リシェはいつもの無表情のままでラスを迎え入れる。
「先輩…?何してるんですか?」
彼はテーブルいっぱいにビニールを敷き、白い物を長い棒で引き伸ばしていた。目の前に広がる異様な光景に、ラスは怪訝そうにリシェに問う。
彼は真顔のままで「貰った」とだけ返事をすると、ひたすら棒で生地を広げていた。
「うどん生地を捏ねていたんだ」
「え?…う…うどん…?」
「また実家から送られてきたから。あまりばたばたするなよ、粉が飛んでしまう」
「………」
美味しいうどんを食うんだからな、と意気込んで伸ばしている。その顔はどこか楽しそうに見えて、ラスはついふふっと声に出して笑ってしまった。
リシェは顔を上げて不思議そうに首を傾げる。
「何か?」
「ううん。先輩はこのままでいいやって思って」
意味不明な行動をするからこそ逆に魅力的なのかもしれない。
ラスは手洗いとうがいを済ませると、必死に生地を伸ばしていたリシェに今度は俺にもやらせてくださいと頼んでいた。
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