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そのきゅう:美少年二人による醜い泥仕合
髪が伸びてきた、とスティレンが自らの前髪を摘んで引っ張りながら言い出した。教科書を机に片付けていたリシェは、彼のぼやきを黙って聞きながら「そうか」と返す。
癖っ毛なので伸びてくると余計気になるのだろう。
「…それだけしか言わない訳?」
リシェの返事に何か不満を感じたのか、スティレンはぷくうっと頰を膨らませながら彼に問う。その一方で、リシェはいつもの無表情のままで「他に何を言えばいいんだ?」と聞いた。
あぁ、とがっかりしたようなスティレン。
「もうちょっと会話のキャッチボールっていうのを学んだ方が良くない?お前、だから暗いって思われるんだよ」
「………」
リシェはふっと天を仰いだ後、しばらく考え込んだ。
「そうか」
「しばらく考えてそれだけなの…」
「何か言おうと思ったけど全然浮かばなかった」
真顔で言い放つ。
髪を弄る手を止め、スティレンはやや失望したかのように一息吐くと、そんなんで良くあのラスと一緒に生活出来るよねと吐き捨てた。
リシェとは違うタイプのラスは、好意を寄せているせいもあってなのか彼に話しかける頻度が高い。それに対してリシェは非常に淡白な反応をする。
盗聴して話を聞いている限りでは、とにかくラスは喋る。物凄くどうでもいい事まで喋り、リシェに構いたがっていた。
これが別の人間が相手ならば、全く会話が無いのかもしれない。
「あいつは勝手に話しかけてくるだけだぞ」
「ああ、だろうね。あまりお前からは話しかけたりはしないでしょうよ。お前は話題のレパートリーをちょっと増やした方がいいんじゃないの?」
「…会話のレパートリーか」
そうは言っても、何をネタにしたらいいのだろうか。
再びリシェはうーんと天井を見上げ考えこむ。そもそも、自分は喋る方では無い。増やせと言われても何も思いつかなかった。
しばらく考え込んだ後、スティレンを真っ直ぐ見ながら結論を吐き出す。
「何も無い」
「つまらない奴だねお前は」
はっきり結論付ける従兄弟に、スティレンもはっきりと面白くないと切り捨てた。
俺はつまらないのか…とリシェは困った顔を向ける。
「ここまで何も無い奴も珍しいよ。顔だけはいいくせに中身がすっかすかじゃない。もうちょっと夢中になれる物でも探したら?どうせなら俺の次にいい顔だちしてるんだから美しさに磨きをかけるとかさぁ」
ふふんと鼻で笑いながら、スティレンは手鏡を出して自分の顔をチェックしだした。
確かに彼は自画自賛したくなる程に美しい顔立ちで、甘ったるい王子様のような容姿をしていた。だがリシェにして見れば、その外見と性格がそれに伴っていない気がしてならない。
「面倒じゃないか?」
「全然。持って生まれた美点を生かす事をしているだけさ」
「いくら綺麗でも中身が最悪だと全く意味が無いと思うぞ」
ぴくりと鏡を見ていたスティレンのこめかみが動いた。
リシェは相変わらず表情を変えないままで話を続ける。
「とりあえずその人を馬鹿にする態度をやめる事から始めればいいと思う」
「…はぁああー!?俺は正直に物を言ってるだけなんだけど!」
「俺も正直に物を言っているだけで…痛ぁああああ!!」
言いかけたリシェの頰をぐにょりと引っ張った。苛々しながらスティレンは「本当にお前は!!」と怒り出した。
「全く可愛げもないね!!」
ぎりぎりと引っ張られ、痛みに顔を歪めて涙目になるリシェ。
「そういう所が性格が悪いって言ってるんだ!痛い!!」
「性格が悪いとか何!?失礼だね、俺に謝りな!!」
「俺は正直に言ってるだけだ!!何が悪い!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる美少年らを遠目で眺める他の同級生達は、その光景にまた始まったぞと声をかけあっている。
可愛らしい顔立ちの二人が見苦しく言い争いをするという醜い現場。相当残念な状況だ。
本人達は必死に不毛な喧嘩をしているにも関わらず、同級生達は今回は誰が勝つかなと賭け事をする始末だった。
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