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そのじゅう:甘い甘いアイスケーキ
寮内の事務所から荷物を受け取ったラスは、ひんやりした真っ白い箱を手に自分の部屋へと戻る。中身は開けなくても分かった。
にこやかに室内で携帯電話を弄っていたリシェに先輩、と声をかける。
「ん?」
「実家からアイスケーキが届いたんですよ。食べましょう」
「アイス?ケーキ??」
頭上にクエスチョンマークを撒き散らしながらリシェは問う。
どうやら彼はアイスで作られたケーキというものがどのような食べ物なのか分からないらしい。ケーキはケーキ、というイメージでしか無い模様。
「そうです、アイスのケーキですよー。冷たくて美味しいですよ」
「ケーキがアイスになる訳ないだろう」
そう言いながら、彼は気になって仕方無い様子だった。
テーブルに置かれた真っ白い箱を見る目がやけに輝いているように見えてくる。
「期間限定で俺の好きなケーキが出るんだけど、寮生活だとなかなか買いにいけないから実家の方で気を使って買ってきてくれたんです。クッキーとかも入っててめちゃくちゃ美味しいんですよぉ」
「そ、そうか」
甘い物が好きなリシェはそわそわする気持ちを少しずつ見せながらラスの話に耳を傾けている。期待に表情を輝かせる彼を見ながら、少し焦らしてあげたいという意地悪な感情が湧いたものの、それは可哀想だと思い箱を開けて見せた。
その華やかにデコレーションされたアイスケーキを目の当たりにするリシェは、うわああああと思わず歓声を上げてしまった。
ひんやりしながらも甘い香りが漂ってくる。
「フルーツもある…普通のケーキみたいだ」
「ほとんどアイスなんですよ。間にクッキーとか挟んでて…チョコも敷かれてるし。美味しいんですよぉ」
「食べたい、ラス。さぞかし美味しいんだろうな?」
想像以上の可愛らしい反応に、ラスは少し優越感に浸った。
「一緒に食べましょう。今取り分けますからね…と、その前に」
ちょっとだけ意地悪しても今なら文句は言わないだろう、と悪戯心を湧かせるラス。
きょとんとしながら向かい合って座っている相手を見るリシェは、何だ?と首を傾げた。ラスはにこにこと笑みを浮かべ、彼の唇に優しく指を当てる。
何だ?と困惑するリシェ。
「口開けて。先輩」
「??」
「大きいイチゴ、食べさせてあげます」
ケーキの中心に陣取っていた大きなイチゴはとても魅力的だ。リシェはそれを聞いた瞬間、素直に口を開けた。同時に冷たく真っ赤なイチゴの先端が口に入ってくる。
ひやりとした果物を軽く噛むと、甘酸っぱい味が口内に広がった。
「つ、つめた」
想像以上の冷たさに体を引かせるリシェに、ラスはそのままイチゴを押し付けると、そのまま身を乗り出し自分もそのイチゴに齧り付いてきた。
リシェは突然目の前で同じイチゴに食いついてきた相手に驚く。
「んん!?」
しゃく、と凍ったデザートを噛み砕く音が聞こえた。少しずつ小さくなっていくイチゴと、それに伴って近付いてくる相手にリシェは混乱してしまう。
「何だお前…っ」
心臓が爆発しそうな位に鼓動が激しくなってくる。
ふああ、と思わず声を漏らすリシェに対し、ラスも若干顔を赤らめ相手の頭を撫でた。
「美味しい?先輩」
味を感じるどころか意味不明過ぎて、リシェはぐぐっと目を閉じた。ここぞとばかりに変な事をしてくるな、と彼の後ろ髪を引っ張る。
残り僅かになり、欠片の状態になるとラスの舌がそれを掬い上げて食べきった。同時にへなへなと全身の力が抜け、リシェの小さな体が萎縮してしまう。
彼は動揺するリシェに大人びた笑みを浮かべ「美味しかったでしょ?」と感想を求めた。
先程の密着を思い出したリシェはたちまち顔を真っ赤にする。
「何のつもりだ!!」
ラスも内心ドキドキする胸を押さえ、はぁっと嬉しそうに溜息を漏らす。
「俺、恋人が出来たらこういう事してみたいって思ってたんで…」
「こ、恋人だと!?」
動揺し過ぎたリシェはつい声が裏返っていた。
「ふざけるな馬鹿!!何なんだお前、通り魔か!?この変態!変質者!!前置きはいらないから早くケーキを食わせろ!!」
あまりの混乱っぷりに、支離滅裂な発言になっていた。
とりあえずケーキは食べたいらしい。
ラスはいいじゃないですかぁとデレデレしつつ、その箱を手にして立ち上がった。
「こうでもしないとなかなか進展しないんだから」
「うるさい!進展もクソもあるか!早く食わせろ!!」
混乱が続いているのか、それとも照れ隠しなのか。リシェは顔を真っ赤にしながらラスに喚き続ける。
「ここぞとばかりにおかしげな事をしてきやがって!今自分が何したか分かっているのか!」
「もう…ちょっと位いいじゃないですかぁ。本当はもっとキツい事をしたいんだけどなぁ」
「何だと!?いいからケーキを食わせろ!いっぱいよこせ!!」
…あまりの動揺っぷりに思わず心配になるが、時間が経てば治まるだろう。完全に口付けはしていないのに、ここまで激しい反応を示すとは思わなかった。
ううん、可愛い。
キーキー怒鳴っているリシェがますます好きになってしまう。
密着出来て上機嫌のラスは、今切ってきますねと宥め、ケーキを切り分ける為に簡易キッチンへ向かっていた。
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