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そのじゅうよん:またもや夢の住人
また真っ白い空間に飛び込んだリシェは、慣れた様子でもう一人の自分を探していた。不思議な格好をした別の自分は、時間をかけなくてもすぐに見つける事が出来る。
ここは夢の中なのだ。
自分ではない別の自分が居ても、何らおかしい事は無い。
「…またお前か。何の用だ?」
謎の剣士のコスプレをしている自分は、こちらの姿を見ると面倒そうに問う。
「何の用だって言われても。俺だって別に来たくてここに来たつもりはないし…」
リシェは剣士の姿をしている自分を見ながら、彼が鞘だけ腰にかけたままの状態である事に気付く。
ん?と不思議そうに首を傾げ、普通に剣が無いじゃないかと問いかけた。
「前はあったのに。没収でもされたのか?」
相手側のリシェは自分の剣が入っていた空っぽの鞘に目を向けると、顔を曇らせた。
「壊れた」
「壊れた?」
壊れるなんていう事があるのか、とリシェは不思議そうに思った。
「今新しい剣を作って貰っている最中なんだ。次こそは大切に使わないと…」
彼の言う事は、リシェには理解不能だった。そもそも同じ顔の彼は何処から来たのだろうか。何回か顔を合わせていても謎だった。
「そんなに無いと困る物なのか?そんなのぶら下げて良く捕まらないもんだな」
危ない物をチラつかせてしまえば、たちまち捕まってしまう。
それとも、彼の居る世界ではこの奇抜な格好が普通なのだろうか。
「何を言ってるんだお前は」
剣士側のリシェは怪訝そうな様子で言い返す。
「武器が無いとロシュ様をお守り出来ないじゃないか」
ロシュ様。
リシェはきょとんとした顔で相手を見た。そういえば前にもロシュの事でムキになっていたな、と思い出してしまう。彼のどこがいいのかこちらには全く理解出来ないが、このリシェにとっては大切なのだろう。
ううん、と唸る。
「一つ聞いていいか?」
リシェは相手に問う。
「何だ」
剣士姿のリシェは、飄々とした様子でこちら側の言葉に耳を傾けた。
「あんたが知ってるロシュ様っていうのは、どんな感じの人なんだ?」
「お前は俺と同じ顔で知らないのか?」
まるで当然じゃないかと言わんばかりの態度をしないで欲しい。リシェは「イメージが違うじゃないか」と膨れる。
「俺には変なイメージしか無いんだ」
「変って…お前は本気で言ってるのか?あのお方は誰にでも優しくて、分け隔て無く平等に接して下さる心の広い方だ。見かけだけではなくて、その心も美しいというのに」
剣士のリシェがロシュを褒め称える発言をしていく度に、学生服のままのリシェは困惑していく。
何か違うぞと言わんばかりに。
「どうした?」
「それは違う人じゃないのか?本人なのかそれは?」
「失礼な。俺の大切な人を愚弄するのか」
「いや、だって…俺の知ってるロシュ様っていうのはぎりぎり変質者って感じの人で…新学期に捕まってたっていう噂を聞く位だし、少なくともまともなイメージは」
こうもお互いの印象が違うとは。
彼は一体どの世界の住人なのだろう。
「ロシュ様はそんな変なお方じゃないぞ!!」
馬鹿にされたと思い込んだ剣士の彼は怒りに震えながら剣を抜こうと動くが、中身が無いのに気付き舌打ちした。
「…無い!!くそっ」
剣があれば斬られていたのだろうか。
リシェは内心ホッとしつつ、「こっちではそういう人なんだから仕方無いじゃないか!」と喚いた。むしろこちら側の本人の様子を見て欲しい位だ。
物凄くおかしいから。
だが、そんな彼でもこのリシェには重要な人間なのだろう。
「あんたには余程大切なんだろうな」
「当たり前だ。お前は俺と同じ姿のくせにそれも分からないのか」
「分からないよ…」
「何で分からないのだ!!」
どうやら彼は同じ姿をしているのだからロシュを好きになって当然だと思い込んでいるようだ。
だがこちら側にしてみれば、何の興味も湧かない所か単純に頭のおかしい人の位置付けになっている。
決してその考えには至らないのだ。
「知りたくないから言ってるんだ!」
自分の落としたハンカチを真っ先に拾い上げ、ひたすら匂いを嗅いでいたロシュの姿を見れば、彼はどう思うのだろうか。
リシェは過去に自分の目の前で起こった事を思い出しつつ、同じ顔でぷりぷりと怒る少年を冷静な目で見ていた。
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