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そのよん:リシェ、パンを持って帰宅
苛々とした様子で帰ってきたリシェに、ラスは驚いて「どうしたんですか?」と問う。気に入ったパンを買いに行ったはずなのに何故分かりやすい位に苛立っているのだろう。
リシェは荒々しい仕草で袋をテーブルに置く。
「せ、先輩?」
お目当てのパンを買ったはずなのに、どうしてそんなに不機嫌なのだろう。ラスは不思議そうにリシェの顔を見た。
「買えなかったんですか?」
「買ったよ」
「買ったんですか。良かったですね」
それなのに何故か浮かない様子だ。
「どうしたんです?」
「パンを買ったら強奪にあった」
「え?」
意味が分からなかった。パンはちゃんと袋に入っているのに、強奪にあうものなのだろうか。首を傾げていると、リシェは溜息を吐きながら中身のパンを出す。
ふわふわした長い食パンが出てきた。見るからに美味しそうな食パンだったが、不思議な事に途中から切れている。
あっれえ?とラスは疑問符を口走る。
「切れてますね」
「ああ」
「どうしてですか?」
こんなに綺麗な切り口で強奪されるものなのだろうか。
「パンは俺の分でちょうど売り切れたんだ。買って帰ろうとしたら女に声をかけられて強奪された」
リシェの話はたまに端折り過ぎていて理解に苦しむ時がある。今回もそのケースだった。怒りのあまりそうなってしまうのかもしれない、とラスは「落ち着いて下さい」と宥める。
そんな通り魔的にさっくり切られるものではないだろう。
しかもちゃんと包装されているのに。
「ええっと、話しかけられたんですか?」
「そうだ。お金を払うから半分分けて欲しいとな」
「なるほど。それで分けたんですね?」
「三分の一でな。俺だって買いたくて並んだんだぞ」
ようやく話が見えてきた。
ラスは柔らかいパンを横目で見ながら美味しそうですからねぇと理解を示す。
その一方で、リシェはパンのように頰を膨らませながら「切って貰って袋を分けたらその女、何を思ったのか金も払わずに強奪して去って行きやがった。これを泥棒と言わず何というんだ?」と怒りを露わにする。
ラスは驚いた様子で「え?」と目を見開いた。
「お金を払っていかなかったんですか?」
「そうだ。あのバカ女、おじいちゃんに分けたいって嘘泣きまでして騙しやがって。分かりやすい嘘泣きだった」
それはいけないなあ、と困惑した。物凄く堂々とした強奪犯だと思う。日中の人目のある場所だろうに、よく出来たものだ。
ラスはうーんと考えると、そうだ!とある事を思いつく。
リシェは涙目で彼を見上げた。
「明日とかもまた来るんじゃないですかね?今度は今日より時間早めてとか。先輩から強奪したパンだけじゃ、きっと物足りなくなるはず。だって買えなかったんだから」
「………」
「先輩。明日も行ってみようじゃないですか。今度は俺も一緒に行きますからね!うまくいけば、二人でパンにありつけるかもしれないじゃないですか」
それまで不機嫌だったリシェは、次第に顔を上げて目を輝かせていく。なるほど、と言いながら。
「そうか。あの女も見つかるかもしれないし、またパンを買えるかもしれない。それも二人で並べばその分沢山食べられるな」
徐々に機嫌が良くなるリシェに、ラスはそうでしょうと嬉しそうに返した。やはり怒りの顔より嬉しそうな顔が何倍も可愛い、と惚れた弱みでラスは思う。
リシェはそうと決まればと意気揚々と拳を鳴らした。
「明日また行ってみようじゃないか。見てろよあの女め」
いかにも決闘を申し込むような仕草をする。
ラスは苦笑いを交え、「いや、相手は女の子でしょうから…」と殴るのはくれぐれもやめた方がいいですよと忠告した。
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