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古河秀明の恋 ②
三十日の夜、スポーツセンターオアシスの前で待ち合わせをしていた。近くに、鶏料理専門店で美味しいところがあると言う。酒を飲むだろうから、愛車には乗らずバスに乗った。
「お疲れ様です」
同僚に挨拶をして、バスに乗りこんだ。彼は、明日が休み。大晦日は、彼女とデートだそうだ。オレは、美人と酒。今年最後の一大イベントだ。
スポーツセンター前でバスを降りると、里実ちゃんが待っていた。
「こんばんは。お待たせしました」
「ううん。お店はこっちやから」
里実ちゃんは、オレにピッタリとくっつくようにして歩き始めた。ブーツのヒールもあるせいか、オレと身長があまり変わらない。
「身長、何センチ?」
「百六十五センチ」
「オレ、百六十八しかないから、チビっこくて恥ずかしいわ」
「そう? 私、小柄な人が好きやから、ぜんぜん気にせーへんけど?」
里実ちゃんは、そう言って笑った。彼女なりに気を遣ってくれてるんやと思った。
歩いて十分もしないうちに、店に到着した。カウンター席しか空いていなかったけれど、顔を合わせて座ると緊張するから、ちょうどいいと思った。とりあえず、ビールで乾杯。
「秀明くん、お酒強いの?」
「強い、と言えば強い」
お通しを口にしながら、答えた。
「へぇー。もしかして、ザルやったりして」
「ザル……というより枠」
「枠?」
「ザルの網目もなくて、酒が水のようにどんどん入っていく」
「えーっ? それって、相当強いんちゃう?」
そう。オレは、酒にめちゃくちゃ強い。だから、体に悪いし、いつも飲み過ぎんようにしていた。
「いくら飲んでも酔えないのも哀しいもんやで」
「秀明くんらしいわ」
里実ちゃんがつぶやいた。
「そう? オレ、見た目はそんな感じせーへんって言われるけれど?」
特に返事はなく、そのうちに注文していた料理が運ばれた。
「お酒強いし、いつでも飲みに行けるね」
里実ちゃんは、嬉しそうに笑った。初めて会った時は、あんなに緊張したのに。今日は、食事も酒も会話も、ええ感じに盛り上がった。
「そろそろ甘いもんでも食べる?」
「食べる! 秀明くんは甘い物、好き?」
里実ちゃんが、メニュー表を広げて聞いてきた。
「うん。あっ、オレ、フォンダンショコラがいい」
「もしかして、チョコ好き?」
「好き。マスターの店のホットケーキにはシロップのかわりにチョコソースかけてもらうくらい!」
「そう……」
あれ? ヘンやったかな、オレ。里実ちゃんの真顔を見てそう思った。
「やっぱヘンかな? 男がチョコ……」
「ううん! そんなことないよ。私は、クリームブリュレにしようかな」
オレが言いかけたところに被せるようにして、里実ちゃんが言った。少し気になったけれど、いつもの笑顔が戻ってきてほっとした。
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