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喫煙所から見える、本校舎の壁にかかる時計に目を向けると、お昼休みの時間が終わろうとしていた。
「そろそろ行きますか」
そうみおりに声をかけると、頷いて手に持っていたショルダーバッグを肩に掛けて持ち直す。
「え、俺置いてくの?」
やーだーと駄々をこね始めるあきひろさんに、「子どもか!」と突っ込んだ。
現部長のはじめ先輩と、ライブについて話し合いをする約束をしていたらしく、念の為1日オフにしていたが、午前中に終わってしまったと言う。
「みさき、遅刻するよ? 」
みおりが喫煙所の扉を開け、手で押えながら待ってくれていた。
「ごめん、先行っていーよ! みおり、次必修でしょ」
「じゃあまた後で! あきひろさん、ライブよろしくお願いします」
あきひろさんにペコっと頭を下げて、私に手を振り講義に向かって行った。
短くなったタバコを最後に一吸いし、消そうと灰皿に目を向けると、机の上にみおりのタバコがある。
思ったより焦っていたんだなと、上着のポケットにしまい込んだ。
「さ、なにする?」
そう聞かれながら、向かい合わせで手を繋ぐあきひろさん。
何これときめきメモリアル。
「私も講義あるんですけど」
「敬語やめない?」
「別にいいですけど、いいんですか?」
「みさきだけね」
コロコロ変わる話題に呆れながらも、特別扱いが嬉しくなり顔が綻ぶ。
なんだかんだ、私は特別が好きなのだ。
「かーわーいーいー!」
ぎゅっと抱きしめてくるあきひろさん。
寒くなり始めた季節の、人の体温は心地いい。
おとなしく抱きしめられていると、喫煙所のドアが開いた音がし、聞き覚えのある声がした。
「あ、あきひろさん、まだいたんすね。って、喫煙所で何やってんすか」
「おお、はじめ、コイツすっげえかわいい」
「え? あ、みさきじゃん」
「お邪魔でした?」と言うはじめ先輩に、見せつけたいからという理由で許すあきひろさん。
「はじめ先輩、こんにちは」
あきひろさんの腕の中から挨拶すると、こんにちはと返してくれた。
「捕まってんね」
「捕まった上に、この人体温高くてめちゃくちゃ眠いです」
「じゃあもう、一緒に寝るしかないな」
「みさきはこの後、講義ないのか?」
あるんだけど、眠いし、集中できる気がしない。
はじめ先輩の問いに、あきひろさんが「終わり終わり!」と答えたが、気持ちはもう帰りたかったため勝手に言わせておいた。
私に、家はどこか、実家か一人暮らしかと質問してくるあきひろさん。
高校を卒業してすぐに家を出た私は、一人暮らしで徒歩10分圏内にあると淡々と答える。
「一緒に帰ろっか」
「んー……はじめ先輩、私帰りますね。あ、みおりに会ったら、これ渡してあげてください」
みおりのタバコをポケットから取り出し、はじめ先輩に渡す。
隠してるつもりだろうけど、はじめ先輩はみおりのことが好きなのだ。
「みおりちゃん、今講義?」
「はい。5限まであるって言ってましたよ。帰る前には絶対吸いに来るので」
「俺も5限あるし、ちょうど渡せるな」
お願いしますと頭を下げ、「頑張ってください!」と、ガッツポーズを見せると、少し顔を赤らめ、余計なお世話だと返ってきた。
「それより、襲っちゃだめっすよ。合意でお願いしますね。後々面倒なことになるんで」
「俺、襲わないよ!?」
先に喫煙所から出ていたが、そんな声が中から聞こえてくる。
そんな女だと思われていることに、腹が立ったが、それもすぐに鎮火されるほど、眠気が勝った。
ってか、家近いと、すぐ帰りたくなるからダメだな。
布団が私を呼んでるぅ。
季節はもうすぐ冬になる。
吹き抜ける冷たい風が、「さむっ」と思わず声を上げさせ、私の体を身震いさせた。
「危ないって」
そう声が聞こえたのと同時に、ぐいっと腕を引かれ、一歩後ろに下がる。
瞬間、車がスピードを落とさず、前を横切って行った。
「あは、私今死んでた」
なんて、笑いながら言う私に、呆れた顔を見せながらも、手を繋がれる。
あきひろさんの暖かい手を握り返し、温もりを求めた。
「手があったかい人って……」
「心が熱すぎて、手まで暖かくなんの」
「ふふ、嘘つき」
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