偽物高校生編 2 いや……いえ……

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「今日は新しい案件、でしたよね? あの」 「そ、俺が丸ごと受け持った案件な」  先輩はワイシャツ姿にノータイのまま不敵に笑ってる。 「?」  なんだろう、と首を傾げつつ、その首にネクタイを巻き付けた。  今日は綺麗な青よりの紺スーツだったから、同じ紺のネクタイにした。シンプルで、パリッとしたスーツのシルエットが先輩の高身長を際立たせてくれるから、邪魔にならないものにした。 「……」  やっぱりとても上機嫌。  ここのところ忙しかったはずなのに。  普段なら、秘書である俺が仕事の管理をするのだけれど、今回、この案件は頑なに先輩がひとりでここまで打ち合わせをしてた。仕事のほうはこの小さくて砂粒程の大きさしかない、最小コンサルティング会社としては良い評価を貰えてるようで、暇になることなく、立て続けに仕事の依頼をもらえている。だから、社長である先輩が全て受け持ってくれている間に色々できて、とても助かったのではあるけれど。 「やっぱ、綺麗に結ぶよな」  ニッコリと微笑んで先輩が結んだばかりのタイを長い指で撫でた。  長くて、優しく、けれどすごくやらしく俺を暴いてくれる指先。  でも、それにしてもものすごく上機嫌なのが……。 「ミキ、ネクタイ、サンキューな」  先輩は微笑んだまま、俺の頬に口付けをくれた。  本当にご機嫌だ。 「さ、行くか」 「せんぱ、」  やっぱり、変。 「しゃ、」 「先輩で構わないよ。ほら、行くぞ。ミキ」 「え?」  だって、いつもなら、仕事の時は絶対に社長って言わせたがるのに。そのほうがいやらしいことを妄想できて楽しいって、言うはずなのに。 「?」  なぜか今日は満足そうに笑っていた。  先輩のことならたくさん見てきたから、なんでもわかってしまう。本当に、たくさん見てた。きっと先輩が思ってる以上に俺は先輩のことしか見てきてない。  この想いが叶っても、叶わなくても、そんなの関係なく、先輩だけがずっと好きだった。  片想いのまま。そのまま、ずっと。  片想いであることが大前提で全くかまわなかったほど。  届かないってわかっていてもなお、憧れと恋と欲情混じりの手を伸ばし続けてた。それがどれだけ切ないものでもかまうことなく。  だからもしも、高校生の頃に戻れたなら、高校生の自分に教えてあげたいよ。  君はあの人のものになれるよって。  あの人と両想いになれるんだよって。  言って――。 「いやー、今回はこのような特殊な要望に答えていただけてとてもありがたく思っているんですよ」 「いえ、こちらこそ、ぜひ、お引き受けしたいと思っておりましたので」  言ってあげたいと。 「うちの学校は、自由な発想、を大事にしているんです。これからの世の中、その自由な発想を持った者こそ活躍していけると信じております」 「はい。私も同意見です」  思ったけれど。  確かに、そう思ったけれど。 「つきましては、我が校のより良い発展のため、コンサルティングを御社にお任せしたくお願いした次第ですが。素晴らしい! まずは、学校の内部、内側からの視点でお調べいただけるとのこと」 「えぇ」 「さすがです! まさにそれこそ、自由な発想!」 「ありがとうございます。寛大な対応をしていただけたこと感謝しております」 「いやいや」 「いえいえ」  言って、あげた……。 「いやいや」 「いえいえ」  いや、いえ、あの。 「とりあえず、頼まれていたこちらを一式」 「ありがとうございます」  いや! いえ! あの! 「そちらの方が……」 「えぇ、秘書です」 「いや! 秘書! まさかの! こんなお若い方が! 私はてっきり高校生かと!」 「あははは」  何、言ってるんでしょう。  そして、何笑ってらっしゃるんでしょう。 「では、更衣室はこちらです」  は?  いや! 「サイズは伺っておりますので」 「あ、こちら、我が校の副校長です」 「ご挨拶が遅れました」  いえ! 「それではこちらへ……」  あの! 「ほら、行くぞ」  先輩のことならたくさん見てきたからわかってしまう。  なんでこの案件を俺に一切触れさせなかったのか。頑なに、全て実務に入る前の調査、資料作成、何もかも、自分一人でやったのか。  わかったけれど。  でも、こんなのわからないでしょう?  だって。 「おーい、着替え終わったか?」  だって。 「おーい。ミキ」  だって。 「入……おい、鍵かけるな。っていうか、なんで俺追い出してんだ。社長だぞ」  だって。 「何考えてるんですか! あり得ないでしょう? こんなのっ、俺の歳、わかってるんですか? こんなの浮きまくるに決まってるじゃないですか!」 「……着た?」 「き、着ました、けどっ」 「ふむ」  ふむ、じゃなくて。って、なん! なんで! 鍵。 「そりゃ、鍵、外から開錠できないわけないでしょ。セキュリティの問題上」  む、無理無理無理。むり。 「お」  本当に、一体、何を。 「いいね」  いやいやいや。 「全然、ありだろ」  いえいえいえ。 「高校生じゃん」  そんなわけないでしょう? も、本当に、何を。 「俺はあんまり変わらないからなぁ。スーツはスーツだし。少し野暮ったくないか?」  もう……本当に……。 「どう? 高校教師コス。まぁ、ただスーツを変えただけだけどな」  俺がどれだけ貴方のこと好きで好きで仕方ないのか。 「高校生のミキくん?」  世界で一番、貴方がきっとわかってない。
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