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1.
「ただいま」
下宿の玄関戸を開けると、炊きたてご飯の甘い香りがふわりと漂った。厳しい野球部の練習終わりの腹が、早く食わせろと言わんばかりにぐぅと鳴る。俺は土まみれの革靴を脱ぐと、匂いに誘われ食堂に直行した。
「央くん、おかえりなさい」
大家で世話人の美智子さんが、台所からにっこりと微笑んでくれた。
「遅くまでお疲れさま。ご飯出すから、手を洗っておいで」
「はい、ありがとうございま――」
つい、目を見開いて硬直した。美智子さんの横にいたのは、幼馴染みで同級生の明希だった。
「何でここに!?」
「おー、ようこそ明希チャン」
「飯」
部活の同期で、生活を共にしている佐野悠人、志築翔平も来て、俺の後ろから声を掛けた。
「え、何で知ってんの? お前は夫か、志築!」
震え声でツッコミを入れた俺に、明希はいたずらっぽく笑った。
「実は美智子さんは私の叔母さんなの。びっくりしたでしょ?」
ええ、と叫ぶと、今度は佐野が「サプライズ成功☆」と喜んだ。
「今日から数か月、ここで美智子さんのお手伝いをさせてもらうことになりました。野球部の皆さん、改めてよろしくね」
髪を後ろに結い上げた明希は、エプロン姿でぴょこんと礼をした。俺はひたすら呆然として、突然現れた天使に見入っていた。
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