空色のボイス

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高層ビルの屋上に俺は一人で腰を掛けている。 空に向かって一本に伸びているビル。 空へスッと手を伸ばすと…天まで届きそうだ。 胸を抉るような風が吹き抜けるが、俺は何も怖くない。 そうだ、お前たちの所へようやく行けるのだから。 もうすぐ半年が経とうとしていた。 ケータイが鳴り、病院に向かった時には妻と娘の顔には白い布が掛かっていた。顔は見ていられない程、痣や傷が酷かった。 二人は横断歩道を歩いていた時に跳ねられた。突然だ。 飲酒運転の暴走した車に殺されたのだ。 あれから車に乗れない。 ポケットからイヤホンを出し、ケータイに挿す。 二人の動画を耳で聞くと、まだ近くに居るのではないかと錯覚してしまう。二人の愛しい声。 「パパ〜花火キレイだね!」 「あなたもこっち来れば?」 パチパチパチ… 「わぁ〜キレイ!!」 庭で花火をした時の動画だ。俺は縁側から二人の楽しそうな姿を撮っていた。あの時はまさか、二人が居なくなるなんて思いもしなかった。 何度聞いただろうか? 何度涙を流しただろうか? イヤホンを耳に付けたまま立ち上がり、 ビルの端に向かって一歩一歩踏み出していく。 「あなたもこっちに来れば?」 「あぁ…もうすぐ行くよ。」 初めからこうしていれば良かったんだ。 この悲しみ、苦しみ、憎しみから逃れるには… きっとこれしかない。 また一歩踏み出した時、今まで聞こえなかった妻の声が頭に響く。 「あなた、こっちに来ないで。私たちは大丈夫だから。愛してくれてありがとう。私たちもずっと愛してる。あなたは生きて生き続けて幸せになってね。今までありがとう。」 このイヤホンは夢のイヤホンだった。 最後に妻の声を聞く事が出来たのだ。 遠い空から、遠い天からのメッセージ。 溢れ出した涙がポタポタと灰色のセメントに模様をつける。震えた足を一歩下げて、空を見上げた。 吹き抜ける風が優しく暖かく心を包み込む。 スッと遠い空に手を伸ばす。 「俺もずっと愛してる。お前たちの分も頑張って生きるよ。ありがとう。」 end
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