グローバル・ポジショニング・システム

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グローバル・ポジショニング・システム

「ハナちゃん! ねえ、みてみて!」  檜山(ひやま)(あい)がハナの目の前に何やら突き出してきた。  近すぎたので、ハナは一歩引いて、愛の手に握られたものを確認しなおした。 「あっ! ケータイ! アイちゃんの!?」 「うんそー! お正月に買ってもらったんだー! GPSでねー、おかあさんがアイのとこ、いつでもわかるんだって」 「いいなあー! 電話できるの? メールは!」 「できるできる!」  ――あれ? これなんだっけ。たしか、小学生の時の――。 「ねえ、お母さん! 私もケータイほしい! 防犯にもなるって言ってたよ!」 「えぇ? まだ小学生でしょ、早いわよ。それに防犯ブザーがあるでしょ」  帰宅してから早速おねだりをした。母親は困った顔でハナにどうやって諦めてもらおうか考えているようだ。 「あんなのじゃなくて! おかあさんのケータイで、私の居るところ、わかるんだって! すごくない? DPSっていうんだって」  ハナが母親のスマホを手にとってぶんぶん振り回す。GPSの意味も理解していないのに、欲しいばかりで必死にアピールした。 「GPSでしょ。……うーん、じゃあお父さんと相談しようかー」 「だめだよ、お父さん絶対ダメっていうから、考えが古臭いんだもん。ねえ、お母さんお願い!」  ――そうだ。友達が持ってた子供ケータイに憧れて、自分も欲しくなったんだ――。 「ねえお父さん。ケータイ、ほしい!」 「はぁ? ケータイ~? まだ早いだろ。要らん要らん」 「今はほら、色々物騒な世の中だから……女の子なんだし、あってもいいんじゃないかしら」  やはり父親は否定的だったが、母親が口ぞえをしてくれた。二人がかりで説得すれば、頭の固い父親もなんだかんだで折れてくれることもあった。 「物騒だから、ハナには道場に行かせているだろ。最終的には自分の肉体が最大の防犯対策になるんだ」 「ほんと、ハナの言う通り、古臭いというか……脳ミソ筋肉なんだから。どんなに道場で強くなっても、ハナは女の子なのよ。それに私に似て可愛いし」 「お前なぁ……」  ――ああ、懐かしいな。この頃はまだ家族三人、ケンカもしながら仲良く暮らしてたんだ――。  結局父親からの承認を得られずに、ハナはそれから機嫌を悪くして、通っていた道場にも行く気になれずグズついていた。  そんなある日、道場に行かないとごねるハナに母親が言ってくれたのだ。 「ハナ、お父さんにナイショで買っちゃおうか? ケータイ」 「えっ、いいのっ!」  クスクス笑って、口もとで人差し指を立てる母親に、ハナは食いついて喜んだ。 「その代わり、道場もしっかりいくのよ。お父さんをやっつけられるくらい強くなってね」 「うん! 私、強くなる! お父さん、キック一発で倒せるようになるね!」 「じゃあ、今からケータイショップに下見に行って来るから、ハナは道場をがんばること! 道場終わる頃に迎えに行くから、いいわね?」 「うん!」  ――駄目だ……。ケータイなんか要らない――。  迎えに来るはずの母親がさっぱり来ない。雪も降り積もる中、ハナは母親の迎えを待っていた。  しばらく道場で待っていて、血相を変えた父親が迎えに来てから、車で病院に向かった。  その時、ハナは何が何やらさっぱり分からなかった。楽しみにしていたケータイはどうなったのだろう。そんな事が頭に浮かんでいた。  何か物々しい扉から医者が出てきて、何やら告げると父親が崩れ落ちるみたいに床にへたり込んだ。 「ねえ、お母さんは?」  ハナがぽつりと小さく聞いても、その場の誰もが応えてくれなかった。幼いハナはなんだか自分が無視されたみたいで腹を立ててしまう。  ――本当は、気がついていたんだ。でも、信じられるものじゃなかったから、分からないフリをしたんだ――。  葬式は忙しかった。  誰もがバタバタとせわしなくて、ハナはほとんどほったらかしにされていた。  時折親戚のおばさんが、ハナの相手をしてくれるのだが、ハナの顔を見ると瞳に涙をためて嗚咽を零すのだ。 「ほら、お母さんにお花をあげなさい」  父親がハナを白い棺桶の前に連れてきて、手に小さな白い花を持たせてくれた。  周りはみんなシクシクと泣いていた。  ハナが棺桶を覗くと、母親が真っ白な服に包まれ、横たわっていた。  まったく動かない白い顔の母親は、ハナにはなんだか人形みたいに見えて不思議だった。  周りが泣いている中、なぜだかハナはまったく涙が出なかった。  今思うと、父親も泣いていなかったように記憶している。  黒い参列の中、ぽつんとしていたハナは、思考することもやめていた。左手をつなぐ父親の手が強く、自分を放そうとしていない。  ――今なら分かる。親父はあの時、一人じゃ立っていられなかったんだな――。  葬式が終わってやっと自宅に帰った時、ハナと父親は疲れきっていて、泥のように眠った。  翌日、ハナが目を覚ますと父親が朝食を作ってくれた。 「トーストと目玉焼きくらいだけどな、レパートリーはおいおい増やしていくとするか!」  笑顔でカッカと笑って、二人の朝食がはじまった。 「ハナ。お母さんはな、天国に行ったんだ。分かるな?」 「……うん。分かる」 「これからは俺がメシを作るけど、正直料理は自信がないんだ。お前も手伝ってくれねーか」 「分かった」 「マジで分かってんのか、おまえ?」 「うん、分かってる。お母さん、死んじゃったんだよね」 「…………ああ、そうだ…………」  ――何も分かっていなかったくせに――。  ハナは母親が死んだと言うのに、まったく泣かなかった。  親戚の人々は、ショックが大きすぎるせいだとか、まだ分かっていないんじゃないかとか言っていた。  実際のところは答えはない。ハナ自身、自分の事が理解できなかった。  みんなが悲しそうにしているから、自分も悲しげにしないといけないのかな、とおかしな気まで回してしまう。  自分の事ではないようで何かリアリティが欠けていたように思う。  それから数日して、母の遺留品を見ていた時だ。  遺留品の中にあったビニール袋に、ケータイのパンフレットが入っていた。  開くと子供ケータイの所にチェックがあって、ハナは目を見開いた。  家から飛び出し、ケータイショップへ駆け出す。  その途中で見つけてしまった。交差点に添えられた花束を。  その瞬間、ハナは欠けたリアリティが心を埋め尽くした。  ――私が欲しがらなければ、ケータイショップには行かなかった――。  ――ケータイショップに行かなければ、事故には遭わなかった――。  ――私のせいで、お母さんは死んだんだ――。 「ケータイが欲しかったんじゃない! いつでも見ていてほしかった! 死んじゃったらGPSも意味無いじゃん!!」  母親が亡くなってから、ハナは初めて泣いた。これまで流さなかった涙が決壊したダムのようにあふれ、気持ちが膨れ上がり、小さな心は己自身を追い詰める。  自分のせいで母親を殺したのだというリアリティが、小さな心をズタズタにする。八つ裂きにされた少女の精神は荒んで、人知れず血を流し続けた。  それからハナは、まともに学校にも通わず、中学に上がる頃には暴力に明け暮れた。誰かに自分を殺して欲しくて、次々とケンカを吹っかけた。相手に殴りつけられると、痛みの分だけ許された気がした。だけども消えない罪悪感が次々と膨れ上がる。  ――この頃は全てが嫌だった。自分の全てが――。  そんなある日、高校生の男子に絡まれたときが最もダメージを受けた時だったろうか。  中三になって、辺りではすっかり不良のレッテルを貼られたハナにちょっかいを出そうとするチンピラは多かった。 「へえ、女番長っていうから、どんなゴリラが出てくるかと思えば、なかなか可愛いじゃねえか」 「ちょっとチョウシ乗ってるみてえだから、キツイお灸をすえてやるぜ、フヘヘ」  女一人に対して年上の高校生男子は四人いた。  にやけ面の男が一歩踏み込んできた時に、ハナが高速で肘鉄をその好色そうな顔にめり込ませた。  それだけで一人はダウンしたのだが、ハナの一撃が戦いの幕開けになった。 「てめえッ!」  格闘術ではハナの方が上であっただろう。だが二人目をのした時に「パン!」という乾いた音と共にハナの右足に鋭い痛みが走った。 「ぐっ!?」  少年の一人がエアーガンを持っていた。威力からして改造したものだろう。体勢を崩したハナに一気に飛びついた一人がマウントを取って、一方的に殴りつけてきた。 「あんまやりすぎんなよ。楽しめなくなるからな」  鈍い痛みが右から左から降り注いで、ハナの顔面は腫れ、口の中は切れてしまう。鼻血も出てしまうほどに容赦なくボコられてから、一通り満足いったか、男がハナを押さえ込んで服を脱がそうとしてきた。  その段階で、通報でもされていたのか、やってきた警官に全員取り押さえられる事になった。  ――あんときゃ痛かったな。でも……この後の一発のほうがもっと痛かった――。  警察に保護されていたハナを父親が迎えに来た。  ハナの治療はされていたが、目に見える暴行の後をみた父、海彦は「ばかたれが!」と怒鳴りつけた。ハナはそんな父とのやり取りもうんざりと言った様子でほとんど耳を貸さなかった。  反省の色が見えないまま、ハナを連れ帰った海彦は、「ひとつだけ聞いていいか」とハナと向き合った。 「おまえ、防犯ブザーもってたろ。全然使わないのは何でだ」 「……不良同士のケンカで防犯ブザー鳴らすヤツがいるかよ。つか、もう捨てた」 「……捨てたのか」  ――そうだ、防犯ブザーなんてとっくに捨ててた。防犯ブザーを鳴らしても、見つけて欲しい人には伝わらないから――。 「お前、ケータイいらないか」 「あ? いらね。別につかわねーだろうし」 「そんなわけねぇだろ、年頃の女がケータイつかわねーわけはねえだろ」 「うるせえな! 質問は一つだっただろうが!」  ハナは怒鳴り散らして自室に入った。  あとに残された海彦は、途方に暮れるしかなかった。どうにかして娘をこのどん底から救ってやりたいのに、どうしていいのか分からないからだ。  母親が死んでからは一人、娘を育ててきた。  ハナの前では普通でいようと、普段のままをみせていようと誓った。それが娘のためになると信じての事だった。  だが、結果はむごたらしいものだった。  あと一歩警察が遅ければ、取り返しのつかない事になった場面はいくつもある。  ハナはどう考えても、死に急いでいる。自分が生きている事に嫌悪感すら持っているようだった。  母が死んだのは自分のせいだと自分を追い詰めて責め続けている。そんなことはないと言っても、彼女の心は納得していなかった。 「なぁ、めぐる……。俺はどうしたらいいんだよ……俺だけじゃハナを救えねーよ……めぐる……お前がいなきゃ、俺たちはダメなんだ……」  仏壇の前で泣き崩れる父親をハナは目撃していた。  ハナの前では一度も泣いた事がない父親の涙を見たとき、これまで何度も殴りつけられた痛みより、とてつもなく重い痛みが心臓をつぶすように感じた。  ――苦しいのは、私だけじゃないんだって当たり前のコトに、今更気がつけた――。    **********  朝の日差しを瞼に感じて、ハナは目を開いた。 「……夢か……」  ベッドから起きて周囲を確認する。ここはドナテリ家の一室で間違いない。 (たしかあの親父の涙を見た翌日、このスマホを買ってもらったんだよな)  制服のポケットにしまっているスマホを取り出し、確認した。  相変わらず、充電のマークが出っ放しで、まったく電池切れにならない。不思議なものだが、通話もメールもネットもできないので、活用できるものは限られている。ライト機能や、時計くらいしかないが。 「親父、どうしてんのかな……。あっちだと行方不明扱いなのかなあ」  どうしようもない状況だが、せめて異世界で元気にやっていると伝えられたらと考えてしまう。きっと海彦は、ハナが欠ければ、終わってしまう。そんなふうに思うのだ。  ――トントン――。  小気味良いノックがした。 「はーい」  ハナが部屋のドアを開くとポニーテールのヨナタンがニコリと笑った。 「おはようございます、ファナさん」 「おはよ、ヨナタン。すっかりお世話になっちゃったな」 「いえ、気にしないでください。……ところでファナさんはこれからどうされるのですか? 異世界から来て、帰る方法を御探しなのでしょう。当てはあるのですか?」  ヨナタンが神妙に聞いてくる。ハナはともかくセインの元に戻って考えるつもりであった。おつかいの品も持ってかえらなくてはならない。そして、セインの裏取引をやめさせるという目的もある。  しかしながら、その前に最後の買い物をしなくてはならない。即ち、自分の装備だ。いつまでもセインの大きなブーツと外套、それに制服姿でいるわけにもいかない。 「とりあえず、服がほしい!」 「えッ、服ッ?」 「うん! 自分の世界に帰る方法は全然分かってないし、どう探せばいいかもわかんないからさ。まずは私の装備を揃えなくちゃ、ろくにこの世界も歩き回れないからね」  ヨナタンが呆けた顔で見つめる中、ハナはニカっと歯を見せて笑った。 (本当は不安でしょうに……。自分の家に帰りたいでしょうに……どうしてあなたは、そんな笑顔ができるのですか……)  ヨナタンは黒髪の少女の瞳に、在りし日の妹の面影を感じ、体の奥が熱くなるのを感じずにはいられなかった。  その天真爛漫な笑顔は、「にいさま、にいさま!」と元気な声ではしゃぐメリーに重なるのだ。  朝の空気に、光が弾ける。それは陽光よりも輝いて、プリズムが世界を彩るように、異邦の少女を祝福しているように思えた。黒は嫌悪される色であったはずなのに、彼女の艶やかな髪はヨナタンを惹きこんでしまう。 「ファナさん。私もご一緒してよろしいですか」 「えっ?」 「い、いえ! ですから、その……もしよければ、なのですが。御付き合いしたいと……。は! 御付き合いと言うのは、買い物に対してでして、でして」  ヨナタンが舌を空回りさせて汗をかきかき黄金の髪をふりふりする。  ハナはそんなヨナタンの揺れるポニーテールが犬の尻尾のようだな、なんて想像して少し噴き出してしまう。 「ぷ。でしてでして?」 「でして……」 「あんがと! 助かるよ」 「あ……。はい! それでは、準備が出来たらお声がけください」  ハナの笑顔に負けないくらいのぱっと煌めく笑顔のヨナタンが下がって扉が閉まる。  ハナは手早く着替えを済ませてセインの外套をまとう。 「親父、私は絶対戻るからな。お母さん、まだ天国に行くには早いんだ。見守ってくれ」  夢のせいで弱気になりかけていたハナは、外套と共に決意をまとった。  窓から青空へ臨んで、届かないGPSよりも強い想いを送信する。家族の絆という想いを――。    **********  イヒャリテの武具装具店へやってきたハナとヨナタンは、まずブーツを見に行った。  小さな棚に所狭しと並ぶブーツは革製品で、独特のにおいが鼻についた。 「ファナさんのサイズでしたら、やはり一番下の段になりますね」  ヨナタンが示した最下段のブーツはもっともサイズが小さいものが並んでいるようだ。  もともと長身のエルフが多いのだから、ハナのサイズを考えると小さいサイズになるのだろう。 「なるべくフィットして、フットワークが軽いほうがいいから……」  と、ハナが目をつけたのはくるぶしを覆う程度の高さを持ったレザーブーツだった。色はこげ茶色で作りはシッカリしている。底には薄い鉄板が仕込まれているようで多少重みがある。  ヨナタンが軽く調べてハナにブーツの説明をしてくれる。 「うん……素材はいいですね。靴底は青生生魂(アポイタカラ)が仕込まれているし悪くないのですが……」  ヨナタンは少々濁った言い方をする。 「あぽ、……あぽ……何?」 「青生生魂(アポイタカラ)は、硬度が高く、それでいて柔軟性もあるのです。マナ伝道もいいので符呪を行いやすい。その分少々値が張るのですが」 「あー、高いのか……。でも多分足りる。ちょっと良い物くらいのを買えって言われたし、それにするよ」  セインの預けた金貨袋にはかなりの量が入っている。おそらく長く使える一点ものを買うだろうし、多少は値が張ろうと、装備を買うときは思い切り使えとセインからアドバイスをもらっていた。  だが、ヨナタンの顔は渋いままだ。ヨナタン自身はなにやらお勧めをしにくいようなのだ。 「ええと、ファナさん。少しその気になってはいたのですが……」  言いにくそうにまごまごとヨナタンが困った顔でハナの足元をチラチラと見ている。 「なんだ? 何かマズイのか、そのクツ……?」 「いえ……クツはおそらく上級品(ハイクオリティ)ですので、まったく問題ないのですが……その……脚が」  ヨナタンは白い頬を朱に染め、目線を横にそらす。 「ああ、脚? 防御面を考えるとやっぱり膝下辺りまでのロングブーツの方がいいかなー?」 「そ、それもそうですけれど、あの……オホン! 露出しすぎではないかと、私は……オホン!」  ヨナタンが背を向けて、上ずった声で不自然な咳払いを交えながら指摘する。後ろから覗く長いエルフ耳の先っぽが紅くなっているのが見えてハナは合点がいった。  慌てて、外套で脚を隠して紅くなってうつむいた。 「あっ、えっ! スカート、短いかなっ」 「わ、私はッ。少々、露出しすぎかとは思いますがッ。その似合っているので、気分を害されたら、スミマセンッ」 「ご、ごめん。でも、その……わざと出してたんだよ……、みんなが怪しむからさ」  ハナはフードを深く落として紅くなった顔をみせないように隠れた。  脚を出していたのは、ダークエルフかと疑われないためにわざと露出していたのだが、ヨナタンが抱くような発想が追いついてこなかった。  考えてみると、エルフの女性は誰もがロングスカートだし、脚をさらしている人は少なかった。こちらの世界の住人には破廉恥な姿にみえていたのかもしれないと考えるとハナは途端に恥ずかしさで死にそうになった。 「そ、そういうことでしたか。で、ではクツはそれにしましょう! 服で調整すればいいのですからね、はは、ははは……」 「だ、だな! お、おっちゃん! これください!」  二人のやりとりをジト目で見ていたおっちゃんエルフが「若さだな……」と渋い声で返事したのだった。  その後、靴から装備からヨナタンとハナであーでもないこーでもないと話し合いながらもハナの服装はまとまっていった。  服装は、やはり肌はある程度露出していた方が誤解は招かないだろうとのハナの意見と、紅くなりながらスカートでは目のやり場に困ると言うヨナタンの言葉からショートパンツスタイルになった。動きやすく、ハナの躍動を阻害もしない。得意の格闘術を活かせるので、軽く厚手の布製の防具で上半身を包む。急所部分をピッタリと覆うように守ってくれるので少し体のラインが出やすいつくりだが、動きやすさは抜群だった。  そして機能性を重視したので、ポケットの数も多く、色々と道具を仕込む事も出来る。それからマントも買った。マントは全身を包むようなものではなく背中を覆う程度のものにした。これは先ほどのある程度肌を見せておくため、という考えの下、下半身までかからない短めのものにしたのだ。もちろん、フード付きで髪を隠せるものを選んだ。色合いは全体的に濃いめの青で統一した。マントに関してはブーツに合わせたこげ茶色の暗めのものを選択したが、これも髪の色を隠しやすくする目的のためだった。 「うーん、どうかな? 変じゃない?」  くるりと回ってハナはヨナタンに意見を求めた。 「ええ、似合っています。軽装の旅人という感じですね。違和感はありませんよ」  ヨナタンが小さくぱちぱちと手を叩く。 「では、最後は私からプレゼントを一つ差し上げたいのですが」  と、にこり笑ってウィンクをハナに投げた。 「え、ヨナタンにはもうめちゃくちゃお世話になったからさ、これ以上……」 「せっかく青生生魂(アポイタカラ)の装備品を手に入れたのですから、符呪をしないともったいないでしょう」  マナの伝導率が最上級である青生生魂(アポイタカラ)は高レベルのマジックアイテムとして機能する素材ひとつだ。  ハナの購入したブーツに仕込まれた青生生魂(アポイタカラ)はまだなんの符呪もされていない。それをそのままにしておくのは宝の持ち腐れだとヨナタンは言った。 「私以上の符呪師はイヒャリテにはいませんよ、お嬢さん」  ――ヨナタンはドヤ顔で言った。
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