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『当たり前宣言』
夜空に浮かぶ三つの月を見上げるたびに、幻想世界に居る事を実感する。
別に、少女趣味には興味がなかったハナでも、この世界の夜には感嘆の吐息を漏らさずにはいられないほどだ。
「お前、月が好きなのか」
教会のテラスで夜空を見上げていたハナの背後から、セインが声をかけて来た。
右手にカップを持っていて、暖かな湯気があがっている。
そのままハナの傍までやってくると、カップの湯気から何やらいい香りが漂ってきた。紅茶なのだろうか。
「やー、月が好きってわけじゃないんだけど、私の世界じゃ夜空はこんなに明るくないんで、圧巻なんだよな」
この世界の夜は月明かりが強い。
そのため深夜であったとしても、ある程度の光源があり真っ暗闇というよりはブルーライトで照らされているような感じなのだ。
「あまり外に居ると身体を冷やすぞ。明日からは旅が続くんだから、大事にしろ」
「ところでそれ何? お茶?」
「……薬膳茶だ。体温を上げる作用と安眠効果がある」
ハナがくんくんと鼻を動かし、お茶の匂いを吸い込むと、ほんのり蜂蜜のような甘い香りがする。
「ちょっとくれ」
「あー? まだ俺が口もつけてないんだぞ。あとだ、あと」
そういって、セインは薬膳茶を一口啜った。
思わず、まじまじと見つめてしまったハナは、セインの唇に少しの間、瞳を奪われていた。セインの唇は黒い肌とはまた色合いが違って仄かに明るく艶だっている。薄い唇だが、すっと整った形状は彼の高い鼻と、逞しくも流れるような顎のラインによく似合っていて、暫し少女を見惚れさせていた。
(う。また思い出してしまった――)
ハナは、ファーストキスの瞬間を想起してしまって、振り払うようにセインの横顔から目を背け、再度月に向き直った。
(あーもー。意識しすぎだろ、私! そりゃ、セインは見た目は結構カッコイイとは思うけど……、男に耐性ないのか、私は!!)
三つの月に叫びだしたいほど、恥ずかしくなってきて、ハナは耳たぶを赤く染めてしまっていた。
たった一度、冗談っぽくキスされただけなのに、あの件はハナにとって、想像以上にショッキングだったようだ。
(不良女子だろ、私は! なんだこの乙女チックなナヨナヨしさは! 思春期かよ、このやろー!)
――思春期なのだが。と筆者が突っ込みいれたいほどに、見ていてムズムズするハナの照れっぷりは、ちょっとないくらい滑稽だった。
月を見上げては赤くなって、うーうー悶えているのだ。
そういうわけで隣に居たセインが、『コイツ月見て変身でもするのか?』といぶかしんだのは当然なのかもしれない。
「おい、ほれ」
面妖な少女に憐れみの表情でカップを差し出すセインに、ハナはまたもハッとした。
(あんまり考えてなかったけど――。これって間接キスになる!?)
ほんの数分前まで何にも思い至ることなどなかったのに、キスを意識し始めると、一気にセインが『男』に見えてきた。
(うぐぐぐっ。なんだ、なんだ、東雲ハナ! お前、イケメンだからってコロっと落ちるようなチョロアマ女だったか!? ちげーだろ!! おちつけ、おちつけー!)
「おい、冷めるだろ。いらんのか?」
差し出されたカップを前に目玉をぐるぐる回して赤くなる少女に、セインはますます首をかしげてしまう。
「お前は、別にイケメンじゃねえ!」
「いきなり何ケンカ売ってんだ?」
ビキンと血管マークが浮き出るセインから、ハナはカップをひったくって一気にお茶をガブ飲みした。
「あ゛ーっ!? おま……! 全部飲みやがったッ!?」
「ぷぁ。うまいなー!?」
お茶はほんのりとした生姜風味に蜂蜜のあまみが混ざり合って、とても飲みやすい。そして、本当に一気に体があったかくなっていくのを感じたし、気持ちも落ち着き始めた。
「ファナ……ちょっとだけっつったよなぁぁぁぁ」
「私は、不良だからな! ははは!」
「どーゆー理屈だァ!?」
セインがつかみ掛かってきて、ヘッドロックを喰らうハナは、その時になって、――あぁそうだった、と思い出した。
初めてあったときから、セインのどこか気を緩める『隙』に、自分は心を落ち着けていたのだと。
洞くつで黒髪を撫でて来たセインに注意したら、「ごめん」と拍子抜けに謝ってきたし、山道で躓いた時に、抱きとめられて、セインは真っ赤になって照れていた。
ダークエルフも人なのだ。セインも男の子なのだ。そういう当たり前に気がついて、ハナは心を素直に動かしただけなのだ、と。
セインを男として見る事に、何もおかしなことはないじゃないか。
だって、東雲ハナは、普通の女の子として再デビューしたかったのだから。
「セイン、改めて、よろしくね」
赤く染まった頬は、お茶のせいだと思っておこう。
セインの腕に絡まれながら、ハナは笑って言った。
そんな少女のくったくない表情に、セインは、腕を緩めて「ぉぅ」と低く小さな声で返事したのだった。
「ヨナタンは、今頃家族とどうしてるかなあ」
「さあな。俺には分からん」
普段のぶっきらぼうなセインの言葉に、ハナは少しだけ気にかかっていたことを訊ねてみようか、悩んだ。
それは、セインの家族のことだ。
セインはあの小屋で一人暮らしをしていたし、家族の写真のようなものは何も持っていないらしい。
「ねえ、セインの家族は、どうしてんだ?」
家の名前は好きじゃない――。そう言ったセインにとって、もしかするとこの質問は触れて欲しくないものかもしれない。それはハナにもなんとなく想像できた。だけど、それでも知りたい、と思ったのだ。セインの事を少しだけでも。セインに一歩でも近づいてみたいと、少女は想っていた。
「……あまり好きな話題じゃない」
「……知ってる」
「そうか」
分かった上で聞いているのだ、とハナはセインに歩み寄ろうと彼の顔を覗き込む。その少女の想いをセインも受け止めていた。
「俺はダークエルフだ」
今更とも思える言葉から、セインは切り出した。
「親はダークエルフの医者をしていた。錬金術にはかなり精通した凄腕の呪術医で、父の名をパイカ・オー・ガイデンと云う。母は、エーダ・ニーセジャン・ガイデン」
セインとは姓が違っていることにハナは、気がついた。
「察しの通り、俺とは血が繋がってない。俺は捨て子で、本当の両親が俺に与えた名前がセインダール・ウィドリャンタス・ラーメンだという話だった」
「名前を残して、捨てたんだな」
「ああ、そのお陰で俺は父と母の家族にはなれないままだった。だから、俺は家の名前が好きじゃない」
あとで知ったことだが、どうやらこの世界は名前を変えるという事は許可されていないらしい。
姓が変わる唯一の手段が結婚のみだという話だった。セインの名を残して捨てた産みの親のために、セインダール・ガイデンになれなかったのだろう。
「じゃあ、セインはガイデンさんの家族が好きだったんだな」
ガイデンの家に入りたかったからこそ、ラーメンの名前が嫌いなのだろう。ということは、ガイデンの家はセインにとって、本当に家族と思えていたのかもしれない。
「俺の錬金術は、両親譲りだし、尊敬できる医者だった。二人とも死んだけどな」
軽く言ったつもりだったのだろうが、セインはヘタクソな表情で哀しみを滲ませていた。
(……ほんとに、好きな人たちだったんだ――)
踏み込んだセインの内情を受け止めたハナは、その哀しそうな青年を見て、瞳の奥に熱い物が浮かんできそうになってしまう。
だが、ハナはそれをぐっと堪える。くっと閉じた口の中で震えそうになっていた声を飲み込んだ。
「さて、俺の語りはひとまずここまでだ。次はお前の番だ」
「……え?」
空気を変える様に、セインはわざとらしいほどにおちゃらけた声色でニタリと笑ってハナに振り出す。
「お前のあられもない過去を語れ。世の中はギブアンドテイクであり、お前は俺の茶を飲み干したギブもある」
「あられもない過去ってなんだっつーの……」
「そうだな、初体験はいつだ」
「お前、ほんとスケベだな!」
「いつだ?」
「少年みてーな瞳で聞いてくんなぁっ!!」
やっぱりこの助平には『セクハラーメン』の称号を与えてやるべきかと、少しでもラーメンの名前には気を使ってやろうと思った少女に軽い後悔をさせるダークエルフだった。
**********
教会には多くの人びとが集まっていた。
虹川党の発足告知、そしてその顔である三名の旅立ちを大々的に紹介するためだ。
教会の広間にはイヒャリテの人びとがこぞって集合し、奥の祭壇にはリルガミン教区長を中央に、その背後にヨナタン、セイン。そしてハナがバッジを着け、控えていた。
荘厳な雰囲気の中、ハナはどうにも自分の場違い感を拭えなかった。だが、リルガミンより直接、祭壇に共に並び立つようにと指令を受けた。
ヨナタンもセインも硬い表情をして、ハナ同様に緊張をしているようだ。
やがてリルガミン教区長があの個室で話した時とは別人にように、厳かに演説台に立ち、良く通る声でイヒャリテの人びとに宣言を行う。
「イヒャリテの皆様、教区長のリルガミンです。今日この日におきまして、イヒャリテ教会の新党として、虹川党の発足を宣言いたします。虹川党は、先の説明にもありましたとおり、このマーチにおける目下の課題であるエルフとダークエルフの種族間問題解決組織であります。皆様もご存知のとおり、マーチにおけるダークエルフはゴズウェーと罵られ、尊厳を無視され、罪人は道具として奴隷化されております。これに対し、当然であると、我らエルフは考えております。ダークエルフは百年前に我らに敗れ、マーチにおける力を失いました。我らはその時、段差を作ってしまった。我らは上で彼らは下であると。我等は見下ろし、彼らは見上げると。それが百年の年月をかけ、段差をより積み上げて行き、いまや我らエルフは下を見下ろしてもダークエルフを小さな蟻のようにしか見なくなってしまったのです。これが現在のマーチであり、我らエルフが何も疑問に感じていない暮らしです。ですが、その積み上げた段差が今、非常に危険な状態となり、崩れかかっていることを、聡明な皆様はご存知でしょうか。我らはあまりに高く積み上げてしまった段差から落ちてしまい、転落死しかねない状態になっているということをご存知でしょうか。エルフ社会はいま、ゆっくりと壊死しております。思い出していただきたい。十年前を。思い出していただきたい。五十年前を。思い出していただきたい。今、我らの社会に、マナを持たずに生まれてくる子供達が増えていることを。それは百年前には無かった話です。五十年前には少なくとも聞く話です。十年前には良く聞く話になりました。では数十年経てばどうなるでしょうか。ひょっとすると我等は全員マナを失うことになるやも知れません。それは、我々エルフが異文化を否定し受け入れようとしないためです。維持は劣化を伴います。いずれ、劣化したエルフはマナを失い、今見下している者に見下される日が、あなたの子供の世代に起こり得るのです。我らは年を重ねた大人として、若い世代に世の中を渡していかなくてはなりません。虹の架け橋はマーチに生きる全ての人のため、今こそ、必要とされるのです。どうぞ、皆様にももう一度考えていただきたい。あなた方の当然は、当然としていいのかと云うことを」
長い演説を終え、リルガミンが一歩引き、頭を垂れた。
教会内はシンと静まり返った。
マナを失くしたマヌケと呼ばれるエルフが居ると、前に聞いていたハナは、リルガミンの言葉に関心が深まった。
長い間、多種族を認めない性格で、交配を繰り返してきたエルフは、その遺伝子に何かしら警告サインが出てしまっているのかもしれない。それがマナ抜けの原因であるというリルガミンの言葉はなるほどと思わせた。
広間のエルフらも、まさかと言った表情でありながらも、教区長の言葉はかなり影響力が強いのか、その発言内容に意を唱える気配はまるでない。
だが、これまで蟻のように扱ってきたダークエルフ達に対して掌を返すようにスッパリと意識を変えることは難しいだろう。
どのエルフも戸惑いを隠せず、静まっていた広間はザワザワと次第に困惑の声が広がりだした。
「ファナ。一つ我らに言葉をくれぬか」
演説台から降りてきたリルガミンが、そっとハナに語りかけた。
「え?」
「君の、あの日の言葉を、みんなにも聞かせてやって欲しい。うまい事を言おうとしなくていい。『当たり前』を宣言してくれればいいのだ」
つまり、ハナに演説台でイヒャリテの民に演説しろ、と教区長は言っていた。
その言葉にハナは流石に恐縮した。一介の女子高生が立って語る場面ではないと思う。
「いや、それはちょっとハードル高いっていうか……私の言葉なんかみんな聞かないだろ」
「そんな事はないと思います」
そう言ったのはヨナタンだった。
「あなたの真っ直ぐさは、我らエルフが失くしかけているものです。標は、欲しいと思います」
「……じゃあ、なに? 私にホントにアイドルをやれってことか?」
「リルガミンみたいなジジイより、お前みたいな女の子のほうが、そそるだろ」
ニタリといたずらな笑みを見せてセインが戯れる。
教会内はざわつきが段々と大きくなる。確かに、何かしら態度や人心を惹く気概を見せないと、綺麗に纏まらない虹川党の出発になりそうだ。このまま出発してもイヒャリテの人間すら不信を抱かせたままになる。それは今後のモチベーションのためにも避けておきたい。
「わ、わかった。やってみるけど、どうなってもしらないぞ」
そう言って、ハナは演説台に上る。ハナがその黒髪を揺らしながら、台に立つと、ざわついていたイヒャリテの民が息を呑むように静かになる。
全部の目が、ハナに注がれているのだ。
驚いた表情や、いぶかしむ顔、面白がっているような表情のエルフもいる。
(おわ、なんだこれ。なんだこれ)
こんな状況未体験すぎた。
小学校でなんとか委員とかになったこともないハナには人前に立つという事がまったく初体験だ。
こういうときは、まずどうするんだ。さっぱり何からしゃべればいいか分からない。少女は頭が真っ白になって、表情を固まらせてしまうのだった。
(あ、あれ……なんだっけ。この感じ……ちょっとデジャヴってんだけど……)
ハナは今の状況に、何か不思議な既視感を感じていた。
いつかどこかで、似たような事を体験したような? でも初体験のはずだよな? と焦る頭で整理していくが、まったく纏まらない。喉がカラカラになってしまいそうだ。
「自己紹介」
後ろから声が聞こえた。ヨナタンの声だった。
その言葉で既視感の正体がつかめた。
(あ――。この感じ……始業式のあの日の感じに似てるんだ。うまく高校デビューできるようにと、緊張しながら挑んだ教室での自己紹介――)
「えと。虹川党の東雲ハナです。呼びにくいと思うんで、ファナでいい」
あの日は失敗した。すっかり悪名が轟いていたから。
でも、ここは違う。東雲ハナではなく、ファナなのだ。前科はないのだから、胸を張るんだ。
そう、自分がイヒャリテに何を望んでいたのか、それは本当に単純なことだったじゃないか。それを伝えるだけでいいのだ。
「まず、イヒャリテのみんなに聞きたいんだ。私を見て、どう思う?」
その言葉に、また広間はざわついた。困惑しているのだ。目の前の壇上にたった少女の黒い髪、白い肌。彼女の『色』の判断に、エルフは困っていたのだ。
「私の肌は黒くない。みんなと同じだよな」
その言葉に、エルフたちは黙り込む。肌の色が違おうが、あのような黒い髪は始めてみたのだから。黒は邪悪を意味する嫌悪の色。あの少女は自分たちと同じで良いのかと、逡巡する広間は揺れる。
「でも、ほら」
ハナは自分の黒髪を持ち上げて見せる。
「髪の毛は真っ黒だ。そして、たぶん、ここがみんなと全然違う」
そう言って、少女はエルフたちに対して髪を持ち上げた横顔を見せた。
いや、横顔ではなく、耳をみせつけたのだ。
エルフたちのようにとんがりの耳をしておらず、丸みを帯びた小さな耳だ。
それを見て、エルフたちは更にザワザワと騒ぎ出す。
――なんだあの子。
――エルフじゃないの?
――変なの。
「みんな、私のことを『自分とは違う』って思ったはずだ。私の事、どう感じる? 気持ち悪い? 怖い? 醜い?」
ハナの背後で表情を堅くしたヨナタンとセインが、少女の背中を見つめていた。
なぜ、この少女はこうも開けっぴろげなのか。自分が他人から嫌われることを、怖れていないのだろうか。ましてや我々はこれから、人心を集めていかなくてはならない立場にあるというのに、態々自らの違いを見せつける事にどんな利益があるというのだろう。
(でも、あいつは――きっと、利益とかそういうのは考えてない)
「どんな風に思ってくれてもいいんだ。だって、ほんとに違うんだもん。違う事に注目するのは、当たり前だって思う」
(あの娘は――、いつだって直球なのだ。だから、彼女の当たり前は、心地いい)
「だから、違うヤツをみると、同じところが見えなくなってくる。今、みんな私の肌の色なんて気にしてなかっただろ。耳と黒髪しか、見てなかった」
広間のエルフたちは、その言葉に息をのんだ。少女の言う通りだ。
「セイン、ヨナタン。ちょっときて」
急に後ろに声をかけ、ハナは呆気に取られた二人の青年を呼びつけた。
一瞬、二人は顔を見合わせてしまう。
一体、何をするつもりだというのか。
二人は興味津々だった。目の前の異邦の少女が語る言葉に。
それは広間のエルフたちもみな、そうであったのだろう。
この違和感の塊のような少女が語る言葉には、何も壁を感じないのだ。
なぜなら、それは『当たり前』を語っているからだ。
セインとヨナタンがハナの両脇に立つ。
「私と、エルフと、ダークエルフ。全然違うのは、一目見て良く分かるだろ」
エルフたちは、頷く。だってこの三人は全然違う。バラバラでデコボコで、白黒で、不一致だ。
「違いすぎて、同じところに気がつかなくなる」
エルフたちはまた黙る。
同じなものか、違うのだ。差があるのだ。別なのだ、と。その心は否定しているというのに、言葉はでない。
「昨日の夜、寒かった」
ハナの突然の言葉に、一同、「え?」と目を丸くした。
「そんな時、あったかいお茶を飲んだら、温もった」
セインは、ハナの横顔をはっと見つめた。
ハナの瞳は強く閃く。何も飾ってない、ただ、昨日あった出来事を語っているだけなのだ。
だというのに、どうしてこうも魅力的なのか。吸い込まれるような黒の瞳にはよどみなどなく、キラキラと星の光のように美しい気持ちが宿っている。
「違う?」
広間に響いた当たり前は、当たり前すぎた。当たり前すぎて、エルフたちの目から鱗が落ちるようだった。そんな周囲の沈黙は、少女を堅くさせた。きちんと、伝えられているのだろうか、と。不安がのしかかってきたのだ。
「命のかたちは、おんなじだから……。寒い日に、ちょっとだけ思い出してくれるだけでもいいから……。お茶がないなら、その凍えた手を取ってあげてほしい」
きちんと伝えるというのはなんて難しいんだろう。
自分の感受性と視野でしか物を言えない自分に、少女は赤くなる。こんな大切な場で、何を言っているんだろう。これじゃ、うまく伝えられたのか分からない。
認め合えるような世界を目差して欲しいと思っているのに、この場に立って、ダークエルフを認めて欲しいと、言えないのがもどかしい。
どうして自分はこうなんだろう。いつも、己の世界の中でしか、受け止め切れないのだ。やっぱり、自分はただの女子高生だなと、情けなくなってくる。
――だから、感じたことを、少女は吐き出すことだけに必死になる。
「みんなの掌は、とても温かいと思ってます」
それだけ述べて、結局何を言おうとしたのかも不明瞭なまま、着地したのか分からないままに、少女はぺこりと頭を垂らした。
そんな少女を見つめたエルフ達は、誰一人として、少女を見ていないものがいない。
ここイヒャリテ教会に集ったエルフは全員、黒髪の少女にクギ付けになっていた。
少女の頭が持ち上がり、黒い髪がさぁ――と、流れるのをみて、エルフ達は我をとりもどしたように、はっとなる。
(……いたたまれない……)
ハナが真っ赤な表情をエルフたちに見せたとき、ひとつの拍手が聞こえた。
ぱちぱちぱちぱち……。
広間からの拍手だった。
「え……」
驚く少女は広間のエルフを呆けた顔で見てしまう。
ぱちぱち、ぱちぱち。ぱちぱちぱちぱち……!
拍手は広がり、大きくなる。
エルフの男性も女性も、子供も、年寄りも、誰もがハナを見つめて手を叩いていた。
信じられない光景に、ハナは間抜けな表情でぽかんと口を開いてしまう。
「我々は重い荷物を背負い込んで、両手が塞がってしまっていたんです。あなたは荷物の降ろし方を教えてくれたんですよ」
「だから、空いた手で誰かを包んでやれる」
ヨナタンとセインが両隣から見下ろして、呆ける少女に笑顔を見せてくれた。
その言葉で、赤らんだ少女の顔に笑顔がはじける。
壇上の三人の笑顔は、夜空の三つの月のように、闇の中を照らす。強い可視光を持つように。見えない、ヒトの心の姿を映すように――。
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