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到着、マルテカリ
「なんでこんな事をやっているんだろう」
ハナはトイレにてタイルを磨きながらぼやいた。
トイレ掃除なんて、小学校の掃除当番になったとき依頼である。モップでガシガシと磨くとつるりとした光沢を取り戻すマルテカリ教会の女子トイレにて、虹川党のバッジがくすむ様に感じるハナであった。
ただいま、虹川党のハナはマルテカリの教会のトイレ掃除を懸命に行っているところなのだ。隣の男子トイレではセインが黙々と掃除をしていることだろう。
なぜこんなことになったのかと云えば、少し時間は遡る……。
――イヒャリテを出発して三日目にして、マルテカリの街門へ到着できた。
ビーバーズレイクからは朝早くに出立したため、夕刻前には到着する事ができ、一行はアデリンと別れてマルテカリの教会に向かうことになった。馬車の旅はここまででここからは虹川党としてマルテカリ教区長と合議しなくてはならない。
ヨナタン以外はマルテカリにやってくるのが始めてで、その町並みに目を奪われていた。農産物を豊かにしているマルテカリはイヒャリテに比べるとどこか田舎な風景であったが、それでもメインストリートは立派な建物は多数並んでいた。
なにより錬金術師のメッカというだけあって、薬剤薬局、診療所、素材市などがあたりに沢山ある。何かツンとする臭いがしていてアッシャは少し頭がくらくらしているようだった。
セインはやはり気になる店や薬剤があるのだろう。そわそわといった表情で店を盗み見るようにしていた。
「少々……警戒されているようですね」
ヨナタンが一行の先頭に立って、街の感想を述べた。
ハナ達からすると分からなかったが、ヨナタンが言うには物々しい雰囲気だという。
「警戒って……私たちを?」
「あ、いえ。そうではなく、何か街の外を警戒しているようです。門番もそうでしたし、監視塔も街の周囲を見回しているようでした。パトロールの数も多くなっているみたいです」
そう言われると、イヒャリテに比べて街の中を歩く教会騎士の数が多い。イヒャリテよりも治安が悪いとは聞いていたので、さほど驚きはしなかったが、何か事件でもあったのだろうか。
「……あの……私……ここに居てもいいのでしょうか?」
アッシャは身を縮こまらせてセインの背中に隠れるようにしながら、不安げな表情だ。
辺りを見回してもイヒャリテ同様ダークエルフの姿は見えないし、周囲の教会騎士はセインとアッシャをジロジロと見てくるのだ。不安にもなるだろう。
「アッシャのお兄さんがここで就職したって話は間違いないんだよね?」
「は、はい……」
しかし、ダークエルフが働いている店は見当たらない。マルテカリのダークエルフはどうしているのだろうか。
「安心してください。少なくとも我々の傍にいる以上、何も咎められる事はありません」
馬車の中でアッシャが告白した兄の話は、ヨナタンとハナにも『ダレン社』を想起させた。
もしかしたら、このマルテカリの裏側にはアウトローたちの世界があって、そこにアッシャの兄もいるのかもしれない。そうなるとアッシャの兄の捜索は、ダレンに接触するための道筋となる可能性にもなりうる。秘密結社撲滅委員会である虹川党としてはアッシャは重要参考人なのだ。
「色々と見て回りたいところもあるでしょうが、まずは教会へ行きましょう。マルテカリ教区長のアルマールに話をしなくては」
「それに、例の『草』の話も聞いておきたいところだな」
セインがハナに視線を送りながら、イヒャリテで調べた女神イホテの異世界伝説の調査を促した。
ハナはその言葉に頷いてはいたが、本当にこのマルテカリで自分の異世界転移の秘密に繋がる何かを得ることができるのか、疑問なところではある。あまり期待はしないでおこうと、ハナは内心考えるのだった。
マルテカリの教会前まで行くと、バッジを見せたヨナタンの応対で教区長の部屋まで案内されることになった。
その途中でマルテカリ教会の崇める女神イホテの神像を見ることが出来たが、その右手には『草』が握られていた。特に特徴らしい特徴のない草で、そのあたりに生える雑草にしかみえないというのが、ハナの第一印象だ。
「虹川党のヨナタン以下三名、イヒャリテより参りました」
ヨナタンが代表として挨拶する相手は、身長の低い丸々と太ったエルフだった。身長が低いとは言っても、ハナと同じ程度にはあるのだが。
年のころは五十代くらいに見える皺の目立つ額は広く、前髪の生え際が後退しているようだ。丸い鼻とぺたりと張り付いた長耳に、妙に太い眉毛、そしてつぶらな瞳と、なにかのゆるキャラみたいな顔立ちのアルマールがこのマルテカリの教区長だ。
「あぁ。話は聞いてるぞ。本当にダークエルフを加えているんだな」
クリクリした瞳と太い眉をうごめかせて、セインとアッシャをじろじろ観察する。
「マルテカリに暫く滞在することになりますので、宜しく御願いします」
「まぁそれはいいが。悪いがお前らにはかまってやれん。余計なことはせずに、観光だけで帰りたまえ」
(ひょうきんな見た目の割りに、カンジわるいなこのオッサン)
苦手なタイプっぽいと、ハナは眉を八の字に曲げて眉間に皺を作ってしまう。
アルマールはめんどくさそうに掌をふりふり、もういいから出ていきなというようだった。
「何かあったんですか?」
「何かない日はない」
めんどくさそうな声で嫌味な返事をするアルマールだったが、ヨナタンは特別反応を変えずにもう一度訊ねた。
「なるほど、いつも多忙だというのに、それに加えて面倒があったということですね」
「……まぁ」
「ならば、我ら虹川党にその面倒分だけ押し付けていただけませんか」
「ほぉー? なら教会の窓拭きでもやってもらおうか? それともトイレ掃除か」
「構いませんよ」
笑顔で朗らかに言ってのけたヨナタンは、くるりとアルマールに背を向けて後方のハナたちに指示するのである。
「さあ、虹川党の初仕事です」
アルマールは呆気にとられた表情で、虹川党をみつめるしかなかった。
**********
そんなわけでハナとセインは教会のトイレ掃除。ヨナタンとアッシャは窓拭きになったわけである。
(それにしても、ヨナタンとアッシャ……うまくやってるのかな……)
アッシャはどうしてもヨナタンとはなかなか打ち解けにくい様子なのだ。
幼いころから刷り込まれてきたエルフに対する煩慮はどうしても強い警戒心を生むようで、ヨナタンとしてもアッシャに対してどう応対するべきなのかを悩んでいるのだった。
「でも、この組み合わせを提案したのはヨナタン本人だし……信じるしかないよなぁ」
トイレで物思いにふけりながら、床掃除を終えて便座掃除に取り掛かるハナであった。
そんな中、ふと思ったが、この世界のトイレは、水洗トイレできちんと水が流れるつくりをしているし、素材もセラミックのようなツルツルした陶器に似た便座なのだ。
割と現代風で安心だなーとハナはなんとなしに思う。傍にはトイレットペーパーもある。
おそらく魔法がかけられている製品で、これも符呪の力で動いているのだろう。
流した水はそのまま下水にいくらしい。
「……まぁつまりは魔法=科学って考えでいいんだよね、この世界……」
色々な疑問がわくハナであったが、それはあんまり深く考えないようにした。いいじゃないか、ファンタジーなんだから、曖昧で。
――はてさて、そんなハナを置いておき、彼女も心配するヨナタンとアッシャのコンビであるが、案の定アッシャはカチコチになって窓を拭いていた。
「アッシャ、こちらは大体終わりましたよ」
ヨナタンが声をかけると石になったみたいにガチガチになって口を不必要にパクパクさせながら、しどろもどろにアッシャは吐き出す。
「す、すみま、スミマセン! まだ、私は終わっておりませんッ。す、すぐに行いますので……」
生まれたての小鹿のように足をガクガクさせながらヨナタンの顔も見れずに下に視線を貼り付けて頭を下げる。
そんなアッシャの様子を見て、ヨナタンもどうしたものかと天を仰ぎ見る。
(参りましたね……どう声をかけてもアッシャは私に対して怯えてしまう……これではエルフがダークエルフを奴隷にしている光景と大して変わらない)
虹川党の一員として、エルフのヨナタンがダークエルフのアッシャを召使いのように使っている様相になるのは避けたいところだった。
願わくば手を取り合うようなそういう関係性を周囲にも見せてやりたいと思っているのだが、中々強固な壁が二人の間にあるらしい。
「アッシャ。あなた、お兄さんがいたんですよね」
「え……はい……」
「お兄さんの事はなんと呼んでいたんですか? おにいちゃん? それともお兄様?」
「……お、おにいちゃんって……呼んでました……」
突然の質問にアッシャは少し戸惑いながら、そして恥じらいながら解答する。
その答えを聞いたヨナタンは、ふむ、と顎に手をあてて少し考えているようだった。
「実は、私には妹がいまして。名をメリーと云うのですが、メリーは私の事をお兄様、と呼んでいたんです」
「は、はあ……」
「私は、もうイヒャリテには戻れない追放の身なので妹には会えないんですよ」
「それは……寂しいですね……」
アッシャは目の前のエルフの青年が何を云わんとしているのか分からないが、家族が別れ、二度と会えないという状況の寂しさは理解できているつもりだった。
社交辞令でもなんでもなく、その言葉だけは本音だったとはっきり言えるだろう。
そんなアッシャの言葉を耳に受けたヨナタンは、眉をひとつ跳ね上げて、蒼い瞳を強く閃かせる。
「なので、私の事を今後、お兄様と呼びなさい」
「……はい……。……はい?」
何と言ったのだ、このエルフは。
アッシャはいきなりの命令に頷きかけて、目を丸く見開いた。恐れ多い話に汗を飛ばしながら首と掌をぶんぶん振る。
「で、できませんっ……。ヨナタン様を……そんな……妹さまと同じようになんて……」
「ダメです。これは命令です、従えますね?」
ぴしゃりとアッシャの言葉を断ち切るようにヨナタンは命令する。有無を言わせぬ力があり、返事は「はい」か「イエス」しか認めないと蒼い目が光っていた。
アッシャからすれば、エルフからの命令は絶対だった。
だから、そういう命令をされてしまえば従うよりない。エルフには従うべきがダークエルフの人生であると彼女の短い人生で得た処世術が言うのだから。
「か、かしこまりました……」
「では、練習です。名前を呼んだら、お兄様と返してください」
「は、はい……」
なぜそんな命令をするのか、アッシャには理解できなかった。だが、ヨナタンには彼女のエルフに対する警戒心を逆手に取ってでも、根本的解決とは言えなくても、傍から見て主従関係であるとは見せたくなかったのだ。
そうして考えた策がこの『呼び名で誤魔化す』作戦である。単純だが、悪くないとも思える。
「アッシャ」
「……お、にい、さま……」
呼びかけに、拙く返事するアッシャだが、どうにも言いにくく声がかすれて、顔が下を向いてしまう。
「聞こえませんね。アッシャ」
「お、にいさま……」
「私の顔をみなさい、アッシャ」
「お兄様……」
勇気を出して見上げたヨナタンの顔を見て、アッシャは驚いた。
「う゛う゛うぅぅ~……メリー……会いたいよぉ、メ゛リ゛ィ゛~……」
ボロ泣きである。
真正のシスコンであるヨナタンは、アッシャの呼びかけにメリーを想起して端整な顔をグッチョグッチョに泣き濡らして鼻水を垂れ流していた。
「よ……ヨナタンさまっ……」
「お兄様ッ」
慌てるアッシャであったが、ヨナタンがグチャグチャの泣き顔でズバっと突っ込む。
「おにい、さま……な、泣かないでくださいませ……」
「う、うん。うんうん。アッシャは良い子だなあ……」
そう言って、さっきまで窓を拭いていた雑巾で己の顔をゴシゴシ拭くのでアッシャはもうどうしていいのか分からず、誰かに助けを求めたくてしょうがなかった。
「絶対、お兄さんを探してあげますからね、アッシャ……」
「……は、はい……お兄様……」
二人の間にはまだまだ距離がある。抱きしめあえるような距離もなく、小さな声は耳に届かないかも知れない。そんな距離だが、無意識に、アッシャは一歩――いや、半歩だけ、ヨナタンに寄っていた。
小さな、小さな歩み寄りが、いつかは二人の手をつなぐ距離に届くことを夢見て、虹川党はマルテカリ教会の掃除を頑張るのだった。
たとえ雑用でも、虹川党の最初の仕事であり、これは小さな歩み寄りになるのだと信じて。
**********
虹川党が掃除を終える頃にはもうすっかり夕暮れ時になっていて、おなかも減ってしまっていた。
一行はマルテカリの宿屋に二部屋とって男組と女組で別れて使うことになった。それから食事処へ集まって、四人で夕食を囲む。
「では、無事にマルテカリに到着したことを祝しまして乾杯しましょう」
「……教会の掃除しただけじゃん……」
「言ったでしょう。まず我々のすべきことは名前を売ること。マルテカリ教会の信頼を得ることが出来れば、今後この街での活動もやりやすくなるというものです」
「……それはそうだけど、手間隙かけすぎな気も……」
ヨナタンの少しゆっくり過ぎないかと思われる計画にハナはちょっとばかり焦りを感じる。
こんなコツコツとしたところから積み上げなくてならないのかと道のりの長さに疲れそうだ。できるだけ早く問題を解決してやりたいと想いばかりが先走りしてしまう。実際こうしている間にもダークエルフは疎外されているのだから。
「気持ちは分かります。でも、大切なことだからこそ、急激な行動は危険なのです。お分かりでしょう」
急な変化はストレスを生む。それは上手くいかない可能性を高めるというヨナタンの意見は最もだ。デリケートな問題だからこそ慎重に動いていくべきなのだろう。
「とりあえず、アルマールの関心を集めてからです。アッシャも、早くお兄さんに会いたいでしょうが、今は辛抱してください」
「は、はい……お兄様……」
「おにいさま????」
いつの間にやらアッシャのヨナタンに対する呼び方が変わっていることに、ハナとセインは汗を垂らしてしまう。
でも、ヨナタンが突っ込むなと表情で語るので二人は黙り込むよりなかった。
「しかし、当然ながら……周りの反応は寒気がするな」
セインがそう言うのも仕方ないかも知れない。
食事処にやってきた一行だったが、見事に周りの客から白い目で見られているのだ。その目は『なんでゴズウェーがここに』と訴えている。
「なんか言ってきたら、私がぶん殴ってでも認めさせる」
「……ぶん殴るのは置いといて……、堂々としていればいいんですよ。ただの食事なのですから」
「わ、わたし……水だけでいいので……」
「ダメだってば、ちゃんとお腹いっぱいになるまで食べて」
四人はそれぞれにマルテカリの夕食を味わっていく。魚介と野菜がふんだんに使われたパスタはピリリとした辛さで疲れた身体に活気を与えてくれる。ペペロンチーノに似ているなとハナは美味しく食事を愉しむことができた。
……確かに周囲の目は気になるが、それでもイヒャリテほどではない。
マーチは南下するほどダークエルフが増えるらしいので、マルテカリにはそれなりにダークエルフもいるのだろう。そこまで露骨な批難の声は聞こえなかった。
客もそれなりに入っているせいか、そのうち、虹川党への関心も散り散りに雑談もところどころで広がっていく。
その雑談の声を耳にしていたセインが、エルフの男たちの会話に集中しはじめた。
「……なに、セイン? 耳、ぴくぴくしてる」
「……いや、ちょっと噂話が聞こえてな……」
「よ、よく聞こえるね」
これはセインのクセでもあった。ダークエルフであるが故、周囲の声には敏感に反応せざるを得ない状況で生きてきたのだ。
情報収集も、自分から聞きだすようなことが難しかったセインはよく人の会話から情報を集めていたりしていた。
カウンターで飲みながら駄弁っている二人のエルフはどうやら果樹園を経営しているようで、街門の外に農場なども持っている農家らしい。
「お前のところもやられたのか」
「随分被害が広まってきてるな……教会騎士は全然動いてくれないしよ……」
「精々監視塔から周囲警戒くらいしかしてくれないからなあ……」
「最初は熊かと思ったが、歯型がまるで違う……」
「あれは、ウィシュプーシュだぜ……」
「少なくとも三頭はいる……」
セインはその噂話を耳に受けて、ビーバーズレイクの事を思い出していた。
(……ウィシュプーシュがこんな所まで……? 餌を求めて湖から移動したのか……? いや、それはおかしい……ビーバーズレイク周辺は十分食料になるものがあった……)
大きな街の傍までウィシュプーシュがやってくることは稀だ。それにウィシュプーシュはいくら大きいとは言え、ビーバーである以上水辺付近からは基本的に離れようとしないはずである。
「……アルマールが抱える問題の一つは、分かったかも知れないぜ」
セインは小さく四人に聞こえるように切り出した。
マルテカリ周辺に、ウィシュプーシュが出没しているかもしれないことを。
農場に与える被害を考えると、ウィシュプーシュの群れが周辺にいるとしたら、マルテカリは農産物に痛手を受けてしまうだろう。本来なら直ぐにでも対応したい問題のはず。
そうなると、マルテカリはそれとは別に何か厄介な問題を抱えているのかも知れない。
「門の外の話だったら、街中に騎士を沢山配備する必要がないもんね?」
「ああ。つまり、この街は今、外と内でそれぞれに問題を抱えてしまっているんだと思う」
「なるほど……。ならば明日の我らの行動も、それを参考にさせてもらいますか」
ヨナタンが不適に笑い、計画を練り始める。
アルマールの問題を引き受けてやることでマルテカリの名声を手に入れることもできそうだとヨナタンはあのめんどくさい性格をしているマルテカリ教区長をどうこちら側に引き込もうかと思案する。
そんなヨナタンをアッシャがまじまじと見つめていた。
「大丈夫、アッシャのお兄さんのことも忘れていませんから」
「あ……はい……すみません」
不安げな表情を見透かされてしまったことを怖れてしまったアッシャは視線を落としてしまう。
もしかしたら、自分のコトばかり考えてしまっている私のことを怒っているかも知れない、とダークエルフの少女は見透かされたことで慌ててしまったのだ。
「アッシャ、明日は私とお兄さん探ししよう」
うつむいた少女へ、ハナが暖かく声をかけてやった。
その言葉でアッシャはさらに申し訳ないという気持ちが生まれてきてしまうのだ。
なぜこうも後ろ向きな心を持ってしまっているのか、アッシャ自身も分かっている。自分に自信がなく、己は無価値であると考えているからだ。
だから、ヨナタンやハナ、セインに囲まれていると、施されているのだという気持ちに染まっていくのだ。
彼らは憐れみだけでそう言っているのではないと分かっていながら、自分自身の自信のなさが、彼女を後ろ向きに動かしてしまう。
ハナの言葉に小さく頷くだけが精一杯だったアッシャを見て、ハナは少し寂しそうに睫毛を伏せる。
F
(まだ、友達ってカンジとは遠いところにあるな……)
それからは結局のところ、難癖をつけてくる客はいなかったが、エルフとダークエルフ、そして黒髪の少女という異質な集団こそが虹川党であるという噂はすぐに広まっていくことになった。虹川党という黒白の特異点はその場にいるだけで、エルフとダークエルフを飲み込んでいくように、影響を与えるのだ。
それは良くも悪くも人心を引力で惹きつけることになる。
――食事処で夕食を愉しむ四名に視線を向ける男が邪悪な笑みを浮かべていた事に当人たちは気がつけずいた。
いや、正確には、黒髪の少女にその視線は注がれていたのだ。
少女の顔を二度と忘れぬように、じっくりとその全てを刻み込むように、その視線は注ぎ続けられる……。
「……見つけたぜ、黒の魔女……」
ぺろり、と下唇を舐めて、男はエモノを狩るために動き出すのだった――。
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