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フィールドワーク
虹川党一行は、夕刻からマルテカリを出立し、今月明かりの中、南へ向かっていた。
夜間移動にヨナタンは異議を唱えたのだが、セインが薬草探しは夜やるほうが効率的だと云い、フィールドワークを行いながらの移動になっていた。
とは言っても馬車なども通るそれなりに足場のいい道をなぞって進んできたため、そこまで大変な移動ではなかった。
「この道は、どこに続いているの?」
先頭を歩くセインにハナが質問する。セインが答えようと口を開きかけた時、代わりにアッシャが回答した。
「このまま道なりに南下すると、錬金術アカデミーに到着しますよ」
アッシャが笑顔をハナに向けて、自信ありげに人差し指をたてた。
そんなアッシャの表情に、ハナは内心少し驚いていた。
近頃のアッシャは出会った頃とは別人のように笑う。自信があり、煌びやかに輝いてすら見える。意気揚々といった足取りも以前にはなかったものだ。
アッシャが着込んでいる動きやすそうなミニスカートと、レギンス。上着はポケットのたくさんあるジャケットを羽織り、頭に巻いた黒い鉢巻は兄のロカクから譲り受けたものだという。
その見た目からも、アッシャが活発になっている……いや、これが本来の彼女なのかもしれない。
「向かっているのはアカデミーではないが、この道を歩いた方が安全だからな」
「なるほど」
道の脇に生えている薬草らしきものを選んで摘み取っては、セインとアッシャはその薬草に関する知識を語らいだす。そんなこんなで道を南下する一行ではあるが、ハナとしてはセインとアッシャの間に入り込む余地を見つけられずに小さな疎外感を感じ始めていた。
「あっ。明かりだ?」
道の先のほうに暖かな明かりを確認したハナは指を指して声を上げた。
月明かりの青の元、オレンジの明かりがぽつんと主張していた。よくみると、それはキャンプファイアーの灯りであった。
火の周囲にはテントやマットが敷いてあったり、ベンチや小さな小屋も少しある。そこに冒険者らしきエルフらが数名暖を取っている姿も確認できた。
「あれは……野営地ですか」
「ああ、あのエルフたちはアカデミーの錬金術師や薬草ハンターたちだ。俺達同様に、夜間のフィールドワークをしてるんだろう。俺達も今日はあそこで野営するぞ」
セインはそのまま灯りのほうへ歩みを進めていく。アッシャもそれに続いていく。二人が連れ立って歩くような様を後ろで見ながら、ハナとヨナタンもそれに続く。
「アッシャ、変わりましたね」
「えっ、うん。ほんと、充実してるって顔してる」
「ああして、ダークエルフの二人がこうも堂々と、我らの前を歩いていくというのは、少し前の私であれば、偏見を持ってみていた事でしょうね」
ヨナタンが二人の姿を見つめながらも、その視線は遠くに向いているように、ぽつりと零した言葉に、ハナも改めて頷いた。
考えてみれば、ダークエルフの二人が、こうもたくましく快活にしているのはこの世界では特別な事なのだ。
世界は、ゆっくりとであるが、変化しているのだ。あの二人を見ているとそんな風に信じられる。
「イヒャリテでも、マルテカリ同様にダークエルフの雇用や虹川党の動きがマスコミを通じて告知されているようです。我らの活動としては上々の出だしです。自信を持ってくださいね」
ヨナタンの言葉にどこか気遣いを感じたハナは、彼の青い瞳をはっと見つめた。
「私、気落ちしてるみたいに見えた?」
「……気落ちといいますか……お預け喰らった犬みたいな顔をしていましたよ」
「ま、まじでっ? そ、そんなことないよ、ないない」
確かに、あの二人の仲を羨んだのは事実だ。同じ種族、同じ趣味、同じ仕事、同じ世界の男女というセインとアッシャ。自分は何もかもがずれているような気がして、二人の間に入り込むことを良しとしない。
そんなハナの内心の葛藤を知ってか知らずか。ヨナタンは、少女の表情を眺めて小さく、ふっと笑んだ。
「もう少し信じてみても良いと思いますけどねぇ」
「何を??」
「はて、何をでしょうか」
ヨナタンは矢張りにんまりと笑うだけで、ハナにそれ以上は何も言わなかった。
ハナの方はそんな言葉にますます意味不明になってしまって、もやもやとした心を抱えながら野営地までついていくのであった。
野営地に着いてから、テントを設営し簡単な食事をとった一行は、今後の動きに関して会議することになった。
テントの前の小さな焚き火を囲み、セインが説明を始める。
「まず、今夜はここで野宿だ。明日、ここから東に向かう。東には黄土の沼という湿地帯があるんだが、そこに『イホテルート』は生えているようだ」
「ぬ、ぬま? 想像とちがう……シダ系なの?」
「……見てのお楽しみだな。じゃ、俺行くから」
シュタ、と右手を上げて颯爽と立ち去ろうとするセインに、ハナは思わず突っ込む。
「え、今から? 行くってどこに!?」
「素材採取」
「私も行きます!」
アッシャがぴょこんと跳ねるようにセインに並ぶ。薬草ハンターを志す以上、フィールドワークの機会は多いに越したことは無い。もとより、セインが行かずともアッシャは一人でも今晩はフィールドワークを行うつもりでいたのだ。
「こんな夜中に行くの? 明日も移動するのに、休まないの!?」
「夜中だから行くんだよ。錬金術素材は夜採取するのに向いてるんだ。別に夜通しやるわけじゃない。三時間で戻る」
ハナはスマホの画面を見て、現在の時刻を確認すると、22時であった。ちなみに、この時間設定はこの世界の時間に合わせている。三時間となると、25時……つまり翌日1時には戻るということになる。現代の感覚ならばちょっとした夜遊びの時間帯というところだろうか。体力的にそこまで無理なプランではない。
「なら私も行く」
「あー? お前はテントで寝てろ」
「なんでだよ!」
「……いや、なんでって……寧ろ何でお前がついてくるんだ。お前、錬金術に興味なんぞないだろ」
錬金術には興味はないけど、セインに興味があるんだと言いたい所ではあるが、そんなことを言えるわけもなく、むぐぐと口をつぐんでしまう。
まったく乙女心のわからんやつめ、と内心つぶやきながら、自分の中の変化に改めて驚いた。
(この私が……乙女心とか……うう……なんか、ほんと私っていま、『女の子』になっちまってる……)
自分の中の心のブレーキが壊れたみたいに、ただセインを追いかけている事に気が付いて、はっとする。そしてその気持ちにどうやっても歯止めが利かなくて、それがどんどん勢いを増していく感覚――。
心音が駆け足をして、とっと、とっと、と小気味良いリズムを刻んでいるみたいだ。慌てているようだけど、どこか気持ちがいいような不安定感。
(――マズいよ、この感じ。ごまかしきれない)
セインに対する想いがあまりにも前に出て行こうとしすぎる。当のセインにこそバレていないけれど、ヨナタンはもう気が付いているようだし、アッシャもきっとそれとなく分かっていると思われる。
それでも、やっぱりこの夜のフィールドワークに行きたい気持ちは止まりそうに無い。
結局ハナがセインに対して、言葉を返せず固まってしまったから、セインはアッシャと共にフィールドワークに向かおうと荷物を持ち上げた。
そんな時、虹川党のキャンプに声をかけて近づいてきたエルフがいた。
「す、すいません。もしかして、黒の乙女のファナさんですか?」
声をかけられ、『黒の乙女』という恥ずかしい異名に少しばかり照れながらハナはそのエルフをはたと見つめた。
動きやすそうな麻の服になにやら刺繍の入った紺色のローブを身にまとった若いエルフだった。
「えっと? そうだけど」
「やっぱり! あなたの事、ミニコミ誌で知って以来、ずっとファンなんです! あ、ごめんなさい。僕は錬金術アカデミーのトッドと言います」
突然声をかけてしまってすみませんとトッドは言いながら、その表情は終始明るいものでまさにアイドルの握手会に来たファンのようであった。その手に握られていた薄い雑誌は『号外パブリック・マルテカリ』と書いてあり、見出しに大きく『黒髪の乙女、ファナ特集』とあった。
近頃のハナの評判は色んな形で広まっているようで、まさにリルガミンの思惑通り、『黒髪の乙女のファナ』のアイドル化は着々と進んでいるらしい。
「そ、そんな雑誌出てるの……」
たらりと汗を頬に零し、ハナは困ったような表情で引き攣った笑顔でミニコミ誌を見ていた。さながら、『金曜日』と言う名のゴシップ誌に載った芸能人の気持ちを実感してしまう。
「実際にお会いできるなんて思ってなかったです! ほんと、カンゲキです!!」
「や、そ、そんな大層なもんじゃないってゆーか……」
「いえ、雑誌で読むよりも、想像以上に綺麗で……あの、迷惑でなければ、握手していただきたいのですがっ!!」
紅潮した顔で「お願いします!」と両手を差し出してトッドは体を九十度に折り曲げてお願いしてきた。
どうにもむず痒いが断るのも申し訳ないし、握手くらいはなんでもない。
「握手くらいなら、別に……」
「メーワクだ」
ハナがトッドの手を取ろうとした時、横から割って入って来たセインがハナの代わりと言わんばかりにトッドの手を握った。もっとも、握手という握力で握っておらず、ギリギリと音をたてん力量であったが。
トッドも痛みに顔をしかめながら、「すいませぇん!」と慌てて手を離した。
「俺達はこれから採取活動に行くんだ。悪いが握手なんぞしてる暇はない」
セインが当たり前みたいにハナを連れて行こうとするから、ハナはその変わりように目を丸くして、セインに引っ張られるままに連れて行かれてしまう。
その様を見て、ヨナタンが笑いをこらえているのがセインの癪に触ったのか、ビキビキと怒りを滲ませる。
「え、なんで? どういう風の吹き回しだ?」
セインに引っ張られながら、訊ねるもセインは何も言わない。
そんなセインの助け舟を出すかのようにアッシャがハナに答える。
「セインダールは、あの人のこと、怪しいと思ったんですよ」
「え? あのトッドって学生?」
「ほら、もしかしたらダレンの手先かもしれないでしょう?」
ヨナタンがアッシャのフォローを引き継ぎながら、やはり笑いを堪えるように付け添えた。
「ええ? あの人がダレンの手先とは思えなかったけど……」
どうみても、アイドルオタクの学生という印象だったし、物腰をみればハナにも相手の力量がある程度は分かる。トッドはどう見ても錬金術のもやしっ子という風体であった。
「いいから来い。来たかったんだろ!」
セインが半ばヤケクソ染みて言うので、ハナも釈然としないながらもとりあえずセインと一緒に活動できる事には嬉しく思った。
そこで、今更ながらセインが自分の手を握って引っ張っていることに気が付いた。
セインの大きく黒い手がハナの右手を強くつかんで、体温を伝えてくる。
(誰が握手なんぞさせるか)
セインの右手はハナを強く握り、引っ張って、主張している。
――こいつは、俺のだと。
誰にも触らせたくない、そんな独占欲がセインを動かしていたのだ。何かに対してここまで執着し、熱く心が動いたことなんてない。自分が狭量な人間だと思う余地すらなく、我がままな嫉妬が長身のダークエルフを子供みたいにさせていた。
「まったく、なんなんだ! どいつもこいつも黒の乙女だとか言いやがって、こんな女のどこ見て綺麗とかぬかしやがる!」
思わず苛立たしげに出たセインの言葉に、手を引かれていたハナはそれを振り払った。
「あ゛ぁ? こんな女で悪かったな。おっしゃるとおり、綺麗じゃねえよ」
すっかり声のトーンが一オクターブ落ちたドスの利いた声色になってしまっている。もうそこには『乙女心』を感じさせる『女の子』はいない。男相手に互角以上にやりあう女番長の顔であった。
「まぁまぁ落ち着いて。なんだかんだで私も付いて来てしまいましたが、フィールドワークといこうじゃありませんか」
ヨナタンが仲裁に入り、事なきを得たのだが、二人の間は少しばかり険悪な空気が立ち込めた。
そんな中、アッシャはほんの少しだけ、寂しげな表情でセインとハナを見つめていた。夜風がひゅるひゅると音を立て、肌を撫ぜる。それで少し思いついてアッシャはハナに声をかけることにした。
「ファナ? ファナは風に乗って空を走ることができるよね?」
「私ができるっていうか、このブーツのお陰だよ。ヨナタンが作ったんだ。空を走るというか、滑るって感覚だけどさ」
「じゃあ、そのブーツを履けば私も空を飛べますか?」
「できると思うよ。試してみる?」
そう言ってハナがブーツをおもむろに脱いだのでアッシャは少し驚きながらも、ハナのブーツを受け取ることになった。
「い、いいんですか? とても貴重なものなのでは……」
「え、いいよ? いいよね、ヨナタン?」
一応製作者であるヨナタンにも確認を取るハナであったが、ブーツを貸すくらいでそんなに気を回す必要もないと思っていた。何より、アッシャとの距離が縮まりだしたように感じてハナは嬉しかったのだ。
少し前のアッシャであれば、ハナのブーツの事など、遠慮して何も聞いては来なかっただろうし。
「あー、貸すのはまったく問題ないのですが……。……まぁ一つの指針になりますか……。アッシャ、そのブーツで<風乗り>を試してみてください」
ヨナタンが冒頭はお勧めしないような顔をしておきながら、後半は思いついたように言うので、ハナもアッシャも少しきょとんとしてしまった。
ともかく、ヨナタンからも<風乗り>を試してみて欲しいと言われ、アッシャとしてももう断る選択肢は封じられたわけである。
サイズはハナとまったく同じようで、ブーツの履き心地としては何も問題なかった。靴底に符呪の力を感じながら、アッシャは軽くとんとん、跳ねてみた。
「サイズはよさそうね」
「はい。じゃあ、飛んでみます」
アッシャがいよいよという具合に一つ深呼吸をして符呪の力に身をゆだね、ブーツが受ける風の力を感じる。
セインもアッシャをじっと見ているのを感じ、アッシャはよーし、と気合を入れた。
「いきまーす!」
<風乗り>を利用し、アッシャは軽く風に飛び乗った――と共に、脚を一気に風の流れに奪われて重心を崩してしまう。
「わっ? きゃっ!? あいたっ」
ドタン! と、ハデに尻餅をついて、アッシャはコケてしまった。
急な風の流れにバランス感覚を失い転げてしまったわけだ。
「だ、だいじょぶ?」
「へ、へいきです……」
「ああ、やはり……あまりにもファナさんが乗りこなしているのでもしかしてと思ったんですが……そんなことはなかったんですね……」
ヨナタンが困ったように笑ってアッシャに手を差し伸べて起こしてやった。
「え、どういうこと?」
「いやーその<風乗り>のブーツは私の試作品一号であるため、まったく実験などしていなかったでしょう。ただただ、『風にのり滑る』という事を実行するための呪文を組んでいるので、それを使う人間の事を度外視していた部分があるんです」
「つまり……?」
「その<風乗り>のブーツはよっぽどバランス感覚と運動神経が良くないと乗りこなせないピーキーなじゃじゃ馬であるという事です……。ファナさん以外には乗りこなせる人はまず居ないのではないかと……」
たははと乾いた笑いの中ヨナタンがぽりぽり金髪をかく。
確かに乗るのにコツがいるなとは思ったが、そこまで難しいものだろうかとハナは疑問に思った。感覚的には自転車や一輪車、サーフィンなんかをするイメージだったから、ハナはなんとなくで乗れてしまった感があるのだが。
この世界の住人にとっては、自転車もサーフィンもないわけで、バランス感覚というモノに関してはひょっとするとハナに利があるのかもしれない。
運動神経に関しては人並み以上に優れているという自負はあったが、どうやらこのブーツはアッシャには扱えないようである。残念という具合にアッシャはブーツをハナに返すのであった。
「かっこ悪いところをみせてしまったみたいです……」
「そんなことないってば! 私も未だに字をちゃんと読めないし、書くのもまともにできないんだよ。その時決まって、セインのやつ、あんな顔してるんだから」
アッシャがセインを見てみると、呆れ顔で溜息をついているところだった。
セインに呆れられたのかと気に病むところだが、ハナの言葉にアッシャは不思議と気持ちが落ち着いた。なぜなんだろう、と少しだけアッシャは考えて、ハナを見つめた。
「ん? どしたの?」
ハナは自分を見つめるアッシャに笑顔を向けて気遣ってくれる。
(あれ……。なんでほっとしたのかな、私……)
よく分からない。考えても答えは出てこなかったが、ハナの笑顔を見ていると、まぁいいかと思えてきた。アッシャは結局そこをそれ以上に考えることをやめて、足取りも軽く夜のフィールドワークに繰り出すことになるのである。
ハナのほうもアッシャが気を取り直してくれたようで安心していた。
せっかくのフィールドワークだ。いやな気持ちを抱えてやりたくない。セインとのひと悶着は一端忘れてしまおう。
「んで、セインはどういう材料を探してるの?」
「ああ、……ファナ、お前ムシは好きか」
「ムシ? 虫って言われてもピンキリだから色々だけど、特別苦手ってワケじゃないよ」
そりゃ勿論台所に出てくるGなんかは苦手というか、嫌悪感が湧き上がるところだが、「キャー」とか喚くような性格はしていない。
小さい頃にダンゴムシを夢中で集めまくって、家に持ち帰ったら母親に捨ててきなさいと引き攣った顔で怒られたことはあった。その程度にはムシは平気だったし、それは今も特に変わりないと思う。
「実は今日探すのは、オルゴイコルコイという虫だ」
「おるごる……?」
「オルゴイコルコイ。デス・ワームとも呼ばれている毒を持ったミミズだ」
「んげっ! そういうのはちょっと苦手分野かも……しかも毒って……それも錬金術の材料になるのか?」
ミミズも虫に入るといえば入るが、ムシといわれて連想していた部類とは少し違ってハナは少しだけゾっとした。しかも毒持ちとは錬金術素材のフィールドワークとは想像したよりもキケンなことなのかもしれない。
ちょっと焦っているハナを見て、セインは悪戯な笑みを浮かべて笑う。
「安心しろよ、毒って言っても人間の命を奪うほどの毒じゃない。精々ちょっと痺れたなくらいのもんだ」
くくくと低い声で笑うセインにこいつはやっぱり性格悪いなとハナは再認識した。
なんというか、悪戯好きの少年というところがところどころで見え隠れするのだ。身長が大きく黙っていると、落ち着いた大人の男性に見える分、その内側のギャップがなんというか……ハナにはたまらないところでもあった。俗っぽく言うと萌えるのだ。
(うう……っ。好きになると、相手のダメなところも好きになるってほんとなんだな……。あたし、すげー単純? 恋愛慣れしてないせい? いいのか、あたし、これで~……)
自分のあまりにもチョロイ乙女心に叱咤したくなる。もう、セインが表情を作るたびにいちいちそれを目で拾って胸の奥でドキドキいうのを確認してしまうのだから。
ハナが赤くなりかけている顔を誤魔化すように足元に視線を動かす。
「そのオルゴルなんとかで何ができるんだよー?」
照れ隠しの言葉もどこか不自然に紡がれて、錬金術の話に持って行く。幸いにもセインには特にハナの心情を気付かれなかったようで、セインはそのまま錬金術の知識を語ってくれたのだが、ハナにはほとんど頭に入らないままであった。
そんなハナを見ていたアッシャが遠慮しながらも声をかけて来た。
「ファナ? もし、セインの虫探しが苦手なら、私の薬草探しを手伝いませんか?」
「へっ? アッシャは何を探すの?」
にっこり笑うアッシャは、その言葉を待ってましたというように受け止めて、今夜探す植物を教えてくれた。
「私の探している薬草はルーといいます。黄色の花をつける植物ですけど、甘い香りをさせるので私のハントにピッタリと思ってこれを探すことにしました」
「へえー? ど、毒はないんだよね?」
「ないですないです!」
そう言って、二人で笑う。傍から見ていたヨナタンはもうすっかり打ち解けた友人だと思えた。
妹が増えたみたいで、シスコンのヨナタンとしてもほほえましくほっこりと、荒んだ心を癒してくれる光景となっていた。
一行はマルテカリ領の湿地帯に移動し、夜の素材探しに精を出す。まるでピクニックに来たような気持ちでハナは四人のフィールドワークを愉しんだ。
泥の中をほじくりオルゴイコルコイを捕まえるセインの瓶には赤紫のミミズだらけになって、ハナとアッシャを若干引かせたし、アッシャがくんくんと鼻を動かしルーを発見した時にはハナも思わず感心して拍手した。
可憐な少女が二人、黄色の花を摘むその光景が、ヨナタンの脳内で妹空間を生み出してはシスコン成分が回復していく。そこもやはりハナとアッシャは引いたわけである。
懸念していたダレンの襲撃はその気配もなく、和やかな空気のままに、三時間のフィールドワークは終わりを向かえ、一行はキャンプに帰ってその夜を明かしたのであった――。
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