それぞれの葛藤の先

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それぞれの葛藤の先

 セインとハナが招かれたのはモンテノーのテントで、そこにはなにやら化学実験に使いそうなフラスコやらランプ。(はかり)などが設置されていて小さな研究施設のようになっていた。  モンテノー教授が奥の小さなテーブルの上に処狭しと置いている器具の中から一つ小ビンを持ってきた。 「先ほどのゲッコウの唾液だ。ヌク反応が出ている。君はそれに気が付いたんだな」 「少し前に前例があったのを知ってたんでね」 「ウィシュプーシュ事件の事か。やはり、君が噂の虹川党のダークエルフだったんだね」  モンテノーが静かに告げながらモノクルを外してセインを珍しそうに見ていた。  それから、隣のハナへと視線が動いて、ふむふむ、そういう事かと頷いた。 「なら、君が黒髪の乙女か。想像していたよりも可愛いじゃないか」 「ど、どういう意味だよ」  可愛いなんて言われなれていないハナはもしかしてバカにされているのかと、モンテノーをジロリと睨んでやった。  色々と噂が先走っているようではあるが、変な印象を持たれているかもしれないのはあまり好ましくない。 「いや、騎士団相手に大立ち回りして、団長を一撃でのしたと聞いたもので。どんな豪腕の持ち主かと思っていたんだ」 「……それはまぁ……ウソじゃないけども……」  話だけ聞けばどんな屈強な女なんだと思われてもおかしくはないので、ハナもあまり露骨に否定はできなかった。  場が少々砕けたところで、オホンと咳払いをしたモンテノーがセインにもう一度向き直った。ダークエルフを見る蔑んだ目ではない事は分かった。 「黄土の沼周辺の生き物が様子がおかしいという話だったが、間違いないかね」 「ああ。断片的な情報しかないが、それが導く答えを考えると間違いないと断言できる」 「ふむ。そうだな。しかし、それでは納得いかんのが錬金術師の(さが)だな」  手に持っていた小ビンを振りながらモンテノーは思わせぶりにそう言った。まるで、君もそうじゃないか? と聞いているようだった。  セインは何も答えなかったが否定もしなかった。内心、モンテノーの言葉に共感している部分があるのだ。  優れた錬金術師ほど、自分の手で満足した研究結果を出すまでは、事案に対して黒をつけない。自分の目で見て、体験して初めて灰色から黒になるのだ。 「アカデミーに回収されたウィシュプーシュの死骸だが、身体の膨張と凶暴性の強化。そして、マナ欠乏症になっていたようだ。血液にほとんどマナが無かったよ。どういうクスリで何の実験をしていたと推測する?」  教授の問いにセインは冷たい金の瞳を不動にして、すらりと回答を述べた。 「あんたも言った通り、ヌク反応があるんだからヌッカを使っているんだろう。だけど、マナ欠乏症ってのはヌッカだけじゃ起こりえない。ヌッカと何かを加えて、混合実験をしていたんだろ」 「ふーむ。そんな回答を聞きたかったわけではないんだがな。君、分かってるんだろう。わざと隠しているような節があるぞ」  モンテノーが飄々とした態度で細めの目じりを釣り上げてセインを突き刺すように覗く。  セインはそんな視線を「ふん」と取り合おうとしていない。 「ならば、私が答えてしまうがね。ヌッカと、()()()()()()()()()がこのゲッコウに投与されているんだ。例えばそう……マナを奪う血液とか」  会話の内容が良く分かっていなかったハナだが、その言葉にだけは誰よりも敏感に反応してしまっていた。  思わず、表情を固まらせて息を詰まらせていた。 「おや、そっちの方に聞いてみた方がいい答えが聞けるかな?」  モンテノーがハナを見下ろし、細い瞳を更に細くした。一歩、モンテノーがこちら側に踏み出したとき、セインが阻むように回答する。 「血魔術(ブラッドマジック)の実験をしていた可能性は考えた」 「君はダークエルフだ。私よりも血魔術(ブラッドマジック)に詳しいのではないかなと思ってね? かつての黒の魔女は禁術を使いダークエルフに崇められていたそうじゃないか」 「知らん。二百年も前の話だろ。そんな眉唾……」 「いやいや、()()()()殿()。ダークエルフならば詳しいかもしれないと穿った考えをしていただけだ」  モンテノーが自身の髭を弄びながら、仰々しく右手を広げて見せた。わざとらしいジェスチャーが露骨に演技くさく掴みどころの無さを感じさせる。  モンテノーの真意がどうであれ、何かしらこちらを探っているのは明白であり、それは挑発的にも感じられた。藪を突けば飛び出すかもしれないと短絡的かつ実践的な探りの行為である。 「話ってのはこれで終わりか。なら俺達はもう出て行くぞ」  セインが言いながらもハナの背に手を回して出て行こうとモンテノーに背を向けた。 「ああ、ちょっとお待ちを。気分を害したなら謝るよ。薄情しますとね、あなた方に会えて少々気分が高揚してしまって。どうにも研究者のクセといいますか、何でもかんでも探ってやろうと無意識にやってしまうんだな。デリカシーがない事は認めます。反省はしませんが」  モンテノーの言葉はおそらく本音だっただろう。こういう物言いを遠慮なしにしてしまう人物なのだとハナは値踏みした。研究のため、知的好奇心を埋める為なら煩わしい思いやりなどは一切斬り捨てるタイプの人間だ。  良くも悪くも、自分の研究に我がままなのだ。その分、腹芸をしているというよりもストレートにどうすれば相手に深く切り込めるかしか考えていない。 「そう思ってるんなら、反省しろよ」 「すみません、反省したって、この性格はもう手遅れなんだな、これが」 「ともかく、こちらはこれ以上話すことはない。今度は間に交渉人でも立てるんだな」 「いや、本来交渉人である部下を今、アカデミーに走らせたんで……」  言い訳がましいモンテノーの言葉を最後まで聞かず、セインはハナをテントから連れ出して自分のテントへ大股に歩いていった。  後に残されたテント内でモンテノーは、モノクルをかけなおし、小ビンを振りながら無表情に「やれやれ」と溜息を吐き出したのだった。  セインの手に背中を押されるままにモンテノーのテントから出てきたハナは、セインにどう声をかけていいのか悩んでいた。 「せ、セイン。ちょ、ちょっと……聞きたい事あるんだけど」 「なんだ」  言いながら、足はテントへ歩み続けている。ゆっくり腰を落ち着けて話すつもりがないようだ。あるいは、内心、話したくないのかもしれない。  そうは言っても、ひとつの言葉がハナの中で渦巻いていて、聞かずにはいられない。 「もしかして、私の血の……」  そこまでハナが声を出した瞬間、ハナの口をセインの掌がふさいだ。 「ふぐ」 「言うな」 「ふぇも(でも)……」 「……ちょっと来い」  セインの強い手に引っ張られるみたいに、人目の少ない木陰に移動し、ハナは木の幹に押しつけられるみたいに肩を抱かれ、逞しい腕で押さえ込まれた。セインがそのまま顔を寄せ、人に聞かれないためか声を低く、静かに落とした。少しだけ、耳元がくすぐったい。 「……俺がかつて、ダレンにクスリを作ってやっていたときの事を覚えているか」 「うん」  出会った当初、セインはダレンに何かしらのクスリを作って商売をして生計を立てていた。そんなことは知っているが今更なんだというのだろう。  なにやらセインの鬼気迫る態度と、今周囲に誰もいない状況で、セインの強い力に抑え込まれてる状況が鼓動をおかしくさせてしまう。 「あの時、ダレンが俺に作らせていたのは、媚薬だった。そして、その対象は女に使うとだけ言っていたんだ」  そういう話だったのは前にも聞いたが忘れかけていた話だった。ハナの中ではあのイヒャリテ支部のダレン事件は解決したものだったからだ。 「ダレンは、女を狙っていた。ダレンはお前の血を求めていた。つまり、媚薬を使う相手は、最初からお前だったのかもしれん」 「えっ?」 「ウィシュプーシュ事件もそうだ。ウィシュプーシュに投与されたクスリの成分のヌッカは俺が作っていた媚薬の主成分だ」 「ヨナタンが言っていた。ダレンは何かを生み出す実験をしていた可能性があると。さっきお前がゲッコウのツメで裂かれそうになった時、俺は内心ヒヤヒヤしていた。あそこに、お前の血を残すとやばいことになると、直感的に思った」  セインの言葉にまとまりが欠けていたのが、彼を本当に焦らせているのだとハナに伝えていた。  セインは何かを想定した結果、嫌な可能性にたどり着いてしまったのだ。 「ファナ。お前は……お前の身体はダレンに狙われている。あいつらは、お前に……子供を産ませるつもりなのかもしれん」 「はぁっ!?」  あまりにも突拍子が無いように思えたセインの言葉に、流石にハナは素っ頓狂な声を上げてしまう。  子供を産ませるというのは、どういうことだ。ダレンが何かを生み出そうとしている実験をしているのはなんとなく分かる。何を生み出したいのか分からないが、それがハナの子供というのか。そんなバカな。つまり、ハナはダレンに捕まった場合……。 「な、なにそれ!? なんでそうなるの! わ、私まだ十五歳だよ! 色々やばいって!」 「十五なら十分、子作りできるだろうが」 「~~~~っ!!」  セインがバカみたいに真面目な顔で言うので、恥ずかしがっているハナのほうがおかしいみたいになっていた。セインの言葉に真っ赤になって返す言葉が出てこない。 「仮説だが……あいつらはおそらく、黒の魔女の血が……その血筋が欲しいんだと思う。なぜそれを欲しがるのか分からんが……お前を捕らえて媚薬で言う事を聞かせて後はずっこんばっこん……」  ばっこーーん!!  セインのセクハラ推理にハナの鉄拳が突き刺さり、セインはぶっ飛んだ。人力<風乗り>でそのまま宙を舞ったのであった――。    ********** 「あれ、セインダールどうしたんですか?」  鼻血を垂らしているセインを見止めてアッシャが心配げに首を傾げた。 「ハナクソほじり過ぎたんだよ」  ハナがザックリ斬り捨てるみたいに言うので、アッシャは察してもう何も言わなかった。  ヨナタンのほうは、テントを片付けていたところで、すぐにでも出発できる準備を整えていた。二人が戻ってくるのを待っていたのだろう。 「すぐに移動しましょう」  いつになく真剣な表情で言うヨナタンは、マルテカリへの帰還を提案した。  この湿地帯が危険な事もあるが、どうもその危険な臭いがハナを付けねらう男につながりそうだったからだ。一行の中でも最も慎重派であるヨナタンの行動は間違いが少ない。確かに現状はすぐここから撤退するのが最適解とも思えた。 「イホテルート探索は一端中止だな。湿地帯の状況が落ち着かないとゆっくり調査もできない。シグマジャがここで何かを仕掛けたのはほぼ間違いないはずだ」 「……ちょっと待ってよ。ここでマルテカリに戻ったんじゃ本末転倒じゃない?」  異議を唱えたのはハナだった。意外といった表情でヨナタンが見つめ返してきた。  ハナはヨナタンの言う事は正しいとは思うが、自分達の旅の目的、目標を考えると、危険なので帰りますとは言えない。  ヨナタンは彼女の向こう見ずな性格はよく知っていたし、それはハナの魅力であると知っているが、現状はあまりにも不確定要素が入り混じりすぎている。 「ですが、シグマジャの狙いはあなたなんですよ。このままここに居座るのはあまりにも危険です」  しかし、その言葉にハナは首を振る。  そして、凛とした声で、黒の瞳を強く光らせて言うのだ。 「私達、虹川党の目的はダレンに対する問題の対処だったじゃん。なのに私達が引っ込んでどうするんだよ。ヤツはこれまでずっと逃げ隠れてきた。だから、私が動く事でアイツの足取りがつかめるなら調査の進展になるし、あっちから顔を出す可能性もあるだろ」  ハナの言葉は最もだ。しかし、万全を期するため王将であるハナを敵の前に出すのはあまりにもリスクが大きいとヨナタンは考えていた。何より、ダレンの対処と言うのはほとんど建前で、イヒャリテ教区長がハナに真に望んでいるのは『フラッグ』的な役割だ。命の危険にかかわる事には直接関わらせたくないと思われた。  セインもヨナタンに賛成した。敵の狙いが分かっているからとかはどうでもいい。ハナに少しでも危険が降りかかる可能性があるのなら、それは避けたかったのだ。  随分臆病になったと、セインは思った。  かつては人との関わりを最小限にとどめ、厄介事や心の傷から守るために冷たく心を凍らせていたのに。  それを容易く変えたのが異世界の少女だった。もうこの世界で生きる意味など、胸を焦がすような熱など、得られる事はないのだと諦めていたのに、黒髪の少女はそんな心に火をつける。一度は諦めた人生に明かりを灯した少女のために、それだけに生きてみるのも悪くないと思えたのだ。  この少女がいたから、自分は今立っている。歩いている。生きているのだ。彼女を失う事があれば、今度こそ本当にセインは崩れてしまうと考えていた。セインにとって、ハナは自分の心臓よりも大事なのだ。 「ファナ。俺やヨナタンだけならなんとかなるが、アッシャもいるんだぞ」 「う……」  そう言われるとハナの口からはもう言い返せない。 「それはずるいと思います」  だが、アッシャはそうではない。セインの言葉に、アッシャは強い言葉で返すのだった。 「私、ファナに賛成です。あのシグマジャをほおっておいたらどんどん問題が大きくなってしまうと思います。何よりも、お兄ちゃんをあんな風にしたシグマジャを、私は赦せません! 私だって、関係者なんですよ!」  今度はセインが押し黙る番だった。まさかアッシャがこうも意思をぶつけて対抗してくると思わなかったので予期せぬ不意打ちを受けた気分だった。  アッシャの怒りは実に正当なものだったし、彼女が抱いている直感的問題点も間違っていないと思う。 「だがっ……、ダレンがお前を狙っているのは明白だし、お前がダレンの手に落ちればどうなるか分からんのだぞ!」 「少なくとも、すぐには殺されないでしょ」  先ほどのセインの話を聞いて考えていた事だ。それに一度攫われて分かっている。ハナはダレンにとって、生かして連れて帰らなくてはならない目標なのだ。ならばこそ、そこに付け入る隙があるはずだ。  少女達の瞳に宿った意思のほうが強かった。ヨナタンもセインも、ひとつの怯えから一歩踏み出せずに居たのだ。セインは家族を失った事を、ヨナタンは妹の事をトラウマのように抱えていた。  もう二度と、大事なものを失いたくない思いが、大切に思う人へと降りかかる危険から離してやろうと必死だったのだ。 「お前がっ……殺されないからって……、ファナに何かあれば……」 「セイン。我らの負けです。対抗策を練りましょう」 「ヨナタン、貴様!」  ヨナタンが降参を示しハナとアッシャ側に加勢するように、少女達に身を寄せた。それを見て、裏切り者め、といった表情でセインはヨナタンに噛み付かん勢いだった。しかし、そんなセインに対して冷ややかな視線を送るヨナタンは、仕方ない奴めと溜息一つしてたしなめるように言う。 「往生際の悪い男ですね。あなた、自分の言葉に責任を持った事はありますか?」 「なにがっ?」 「『こいつは俺が護る!』と云ったのはどこの黒猫でしたっけ」 「……っ!」  痛いところを突かれたというのは正にこの事であろう。もう何も言い返すことなどできない。  まったくもって最近チョウシが上がらない。ペースを何かに乱されるみたいだった。すべてハナの事を中心に考えて、行動して、発言して、それで反撃までされて手も足も出ないのだ。  こんな事はこれまでなかったのに、この異世界の少女と関わりだして歯痒い思いばかりしている。  めんどくさいとほおり出せば楽になるんじゃないのか。そんな考えが浮かんだところで、理性の奥に灯る熱い何かが勝手に感情をグラグラ揺らすのだ。  セインは、ハナを見た――。  ――ハナも、セインを見ていた。  黒い髪、黒い瞳、凛とした声、小さな耳と小さな鼻に、薄い色彩の柔らかい唇――。意志の強さと、どこか不安げな脆さ。  すべてが、大事だった。  誰にだって、汚されたくない。可憐だと、思えてしまうのが、本当に歯痒い。どうして、こいつを見ているだけで、気持ちが上にも下にも揺れ動くんだろう。まるで壊れた玩具のようではないか。こいつの、あの笑顔が俺の生きがいなんだと、たったひとつのかけがいのない笑顔で動いてしまう――。参ってしまう。降参してしまうのが、幸せに感じてしまう。 「……護るよ。俺の寿命全部使っても」  苦い表情で敗北宣言みたいに吐き出された言葉であったが、ハナには何より力強い言葉だった。そして誰よりも信用できる約束だった。  ……と、共に、「くー」と、腹の虫が鳴ってしまって、ハナはそう言えば食事前だったんだと思い出した。  ほかの面々も空腹を思い出したようで、用意していた食事をとることにした。とは言え、簡単なサンドウィッチなのだが。  食事を取りながらも、一行はこれからの方針を決めるべく、会議を進めることになった。湿地帯の空気はじめじめしていて、風もどこか重たく感じるが、午前中にあるいた森の中ほどではない。いくばくか過ごしやすい環境ではあるが、すぐ傍には薬物に狂わされた生き物たちがひしめいていると考えるとそこまで悠長にはしていられない。 「……まずは詳しい調査からですね。この湿地帯の状況をきちんと確認しておく必要があります」  野菜サンドを飲み込んだヨナタンが場を取り仕切るように、今後の流れを切り出した。 「生物たちの異常の原因がより詳しく分かれば……シグマジャがどこに隠れているか推理もしやすくなるな」  燻製肉を食いちぎってセインもここ一体の調査の案に一声乗せた。 「この湿地帯の生き物すべてがおかしくなっているのであれば……共通して摂取するものが怪しいと思います」  アッシャの推理にハナはなるほどと感心したが、セインは指を振って軽い否定のジェスチャーを示した。 「……惜しい推理だ。共通して摂取するものじゃなくていいんだ。もっと最低限のコストで最大の効果を発揮させる必要がある。あいつのクスリのストックだって限られているんだからな」 「どういうこと?」  おそらくシグマジャは独りだろうし、ダレンから薬物を持ち出したとしてもそこまで多くは持っていけなかったはずだ。無差別になんでもかんでも薬物実験なんかを出来る状況でもない。そんな状況でシグマジャがここで最小の消耗で最大の効果を上げるには――。 「つまり、何か一体でいいから、薬物を投与する。そしてそれが感染拡大していく流れを作ればいいんだ」  まるでゾンビ映画のようだ。ハナが昔みた映画で、お札に病原菌を仕込ませて、それを使って買い物し、次々に無差別感染させていくというバイオテロの作品を思い出していた。 「生き物達の食物連鎖の一番下の生き物……というのはどうですか? 芋づる式に薬物効果を広げられると思います。Aに投与、AをBの仲間が食べる。Bたちに感染が広がる。Bを食べるCの仲間にも、という具合です」  ヨナタンの思いつきに、それしかないなとセインは頷いた。アッシャもなるほどと感心していた。 「……ならもう、答えは出たな」 「え? もう?」  なんだか、ハナはまったく会議に参加できなかったようだ。サンドウィッチを食べていただけでなんだか非常に格好が付かない。 「食物連鎖の一番下、何かすぐに分かるだろ」 「……え、えっと……」  ちょっと考えてみるが、どうにもこうにも苦手な分野だ。食物連鎖の上ならすぐに出そうなものだが下といわれてすぐに思い浮かばない。困ったような表情のハナを見て、セインが燻製肉を食べきる。そして指に付いた脂をぺろりと舐めながら言った。 「草。植物だよ」  ハナが食べていたレタスサンドを指差してセインは悪戯な笑みを贈った。  美味しく食べていたサンドウィッチから一気に食欲が引いていった。  虹川党の、捜索目標が定まった。――食事を終え、一行は再度、黄土の沼へと挑戦することになるのであった。  奇しくも、もう一度『草』を探すという目的と共に――。
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