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地下施設
セインの作った<照明>の明かりが照らす地下通路は、どうにも無機質だった。
なだらかな下り坂を下りていくのだが、道は一本道で丸いパイプの内側を歩いているようだった。手を触れてみて石造りではなく、鉄板の通路のようで、ファンタジー世界っぽさがまるで感じられない。どちらかというとSF色が強い印象だった。
やがてパイプの通路を下りきると、細い通路と円形状の扉が複数ある空間にたどり着いた。そこでハナは改めて、SF……特撮なんかの秘密基地とかUFO内部という印象を強く持った。
その光景はセインも驚いたようで、当たりを注意深く観察しては驚いている。
「なんだ、これは……アイオリアの研究所なのか?」
「……地下……シェルターみたいだな」
「地下シェルター?」
ハナの印象から出た言葉にセインがなんだそれはと訊ねてきた。
災害時などに避難するための地下施設である事を伝えたが、ハナも地下シェルターなんて行った事はない。想像上の知識でしかないとセインに告げながらも、それにしたって、この空間は今まで以上に異質だと思った。
「くそっ! 結界の影響か、魔法が機能しない。<生命探知>が使い物にならん」
苛立たしげにセインが毒づき目元をゴシゴシとぬぐった。
建物に張られた結界のせいで魔法が使えないようで、この内部のどこに何が潜んでいるのかも把握できないようだ。明かりの魔法は使えたようだが、それもパイプの通路を抜け切ると、明かりが萎んで消えていった。ヨナタンの魔法が弾かれたほどの結界であるから、本当に生半可な魔法では使い物にならないのだろう。
「……結界は、魔法、なのか?」
ハナがセインに思いついたように聞いた。もし、結界も魔法ならば、マナで動いているはずだ。ならば、ハナの血を使えば結界を解除できたかもしれないと思われた。
「……ああ、魔法の類だ。だがあの場面ではお前の血は使えなかった。モンテノーがいたからな」
セインもハナが何を言おうとしたのか察して説明を加えてくれた。あのアカデミー教授に、血の事を知られるのはあまりいい方向に進まないと思えたからだ。
セインはそう言ったが、内心、ハナの血を使うという事は、大なり小なり、ハナを傷つけて出血させるという手段になる。それが気に入らなかった。目的のために、ハナを傷つけるのならば、それはダレンと何の変わりもないように思えた。
(……こいつの身体にキズを付けたくない)
先ほど抱きとめて思いは強くなった。柔らかく、小さく、白く綺麗な肌。女の身体だと、セインは思った。護りたい身体だと思ったのだ。
「何か手がかりがあるかもしれない。探索しよう」
ハナはセインに提案した。冷静であり続けなければという思いが、身体を前進させる。
セインも頷いて、先行した。手近にあった部屋の円形の扉を開き、中へと素早く入り込んだ。ざっと見回すと、上の階以上の設備が整った研究部屋のようだった。棚の薬品、錬金器具、細かい資料集などが散らばっている。
セインは一つひとつ調査をしながら、ハナは入って来た扉付近で安全確保と周囲警戒をしていた。
「……棚の薬品、使えるものもありそうだな。いくつか物色させてもらうか」
「へ、ヘーキなの? ヤバい薬なんじゃ?」
「全てがそうってわけじゃない。……とは言え、いよいよこのアイオリアって会社はヤバい実験をしていた事が分かってきたな」
セインが棚の薬品をいくつか腰のカバンに詰め込んで、いくつかをハナにも手渡した。一般的なライフポーションだそうで、使用すればキズや体力を回復させる効果があるらしい。
それから、資料をいくつか漁っていたセインが、ふと注目した箇所があった。
静かに黙り込んだセインに、ハナはそっと傍によって、資料を自分でも見てみた。
割とこの世界の文字にも慣れてきたが、複雑な表現や諺、それに計算だとか研究資料なんかは読んでも理解はできない。
だから、字面だけを追って、その資料の題目を読み上げて、ハナも息を飲んだ。
――膨張実験における特異体の効果結果、イホテルートに関して――。
「イホテルート!」
「こいつら、実験の素材にイホテルートも選んでやがった……!」
「もしかして、この建物の中のどこかに保管されてるんじゃない?」
「ありえる。だが……この実験……」
実験内容にセインは胸糞が悪くなってきた。
ここで行われた実験は、狂気の沙汰とも思える倫理観を無視したものだったのだ。
「膨張実験は、元々食料などの増産目的から始まったのは間違いない。だが、そこでとんでもない副作用が見つかったんだ」
「副作用?」
「ゲノムの変貌によって、身体の巨大化だけじゃなく、異常なまでの治癒能力、頑丈さ、人格の変容……」
セインが飛んでもない事を言ったので、ハナもさすがに聞き込んだ。
「人格――? 人格って言ったのか?」
「そうだ、実験対象はいつからか、食物なんかじゃない人間を対象にされている」
非人道的な実験をこの地下施設で行っていたようだ。その頃には当初のプロジェクトではなく、別の目的があるように見えた。
「じゃあ、外にいた巨大昆虫は……」
「実験の副産物だな」
「……巨人がいるってこと?」
嫌な想像が走る。某、進撃のアレのように人を喰らう巨人を想像しぞっとした。
「いや、人体の巨大化は一部行われたが、ほとんどが死亡している。その死体解剖でまた別資料があるな……」
セインが乱雑な資料をじっくりと調べていく。いつまでもここで資料を調べているわけにも行かないが、ここにある資料はとても無視できるものじゃなかった。
「検体番号12号。名、ソニア・コトリ・ヨナハ――。ダークエルフの女性だ……。魔女化失敗、削除――」
「削除って……」
おそらく実験の結果、死亡したのだろう。ここでもダークエルフの奴隷の残酷な世界を見せ付けられてしまう。ハナは怒りと、そしてこんな事をした人間に対して、恐れを持った。ここまで非人道的なことを行えるものがいるのかと。
「魔女化? ――なんだ、まさか――」
セインがどんどん青ざめていく。資料に書いてあるあまりにも非常識な内容に頭がどうにかなりそうだった。
ここで最終的に行われていた実験は、魔女を作り出すことだったのだ。即ち、伝説の黒の魔女を作ろうとしていたのだ。血魔術の開発を行っていたのだ。
巨大化薬はその効能とは別に、ある副作用を生んだらしい。それがマナを破壊する血流細胞の誕生である。だがこれは宿主すら破滅させる殺人ウィルスとも言うべきものだった。
「検体番号17号。名、マーニー・ディベラ・ウェイスト。魔女化失敗――。再生能力過剰のため、未処理。3番チャンバーに保管――」
「保管って……、まだ生きてるかもってこと?」
「…………」
削除と書かれていない事からハナはまだここに実験のために捕らわれている人がいるのかもしれないと思えた。そしてこんな非人道的な施設から一刻も早く逃がしてやりたいとも。
しかし、セインはハナの言葉には何も答えず、苦い表情をしていた。
このマーニーという女性――すでに人間ではなく、書かれているとおり、検体番号17号という異形の実験体になっている可能性が高いからだ。
それからも暫く資料を漁ったが、見れば見るほど吐き気を催す闇を見せられる事になり、セインは資料を閉じた。
そして、この実験の行き着き先を考えて、横に寄り添う黒髪の少女を見つめた。
(――ダレンは、やはり、黒の魔女を求めている。ファナをどうするつもりなのか、考えたくもない!)
隣の少女は、自分の身に降りかかる災厄をしっかりと理解できてすらいないのか、まじまじとセインを見つめ返していた。
セインにはその瞳が、強く凛々しくあろうとするのが見える。だが、それが精一杯努めようとしている少女の強がりである事も分かってしまった。
「ファナ。こんな所、さっさと出るぞ。必ず出口がある」
「う、うん……でも他に捕まってる人、いないのかな」
「知らん。他人の心配を出来る状況じゃない」
そう言って、セインはハナの手を引き、部屋を出た。またあのパイプの通路が迷路のように延びている。右と左、どちらに進むべきなのだろう。
考えても分からない。結局ここは直感しかないと思い、左の道を進む事にした。
静か過ぎて自らの息遣いや足音がやけに大きく響いているように感じる。
先ほどの部屋同様にまるい扉がいくつかあったが、出口に続いていなそうなものは無視してさっさと進む事にした。
暫く行くと、壁にプレートがかけられ、『← チャンバー』と書いてあった。
それはハナにも読めて、先ほどの資料に書いてあった事を思い返す。このチャンバー施設にもしかしたら生き残りがいるかもしれない。
「セイン、行こう」
「……ああ、そうだな。知るためにも、いくべき、か……」
チャンバーのプレートの前で足を止めていたセインを促して、ハナの言葉にセインも頷いた。
いっそ、誰もいない方が楽だ。そう願っていた。セインは何もない事を願い、チャンバーの扉の前まで来て、ハナに覚悟を促すと、扉を開いた。
チャンバー内は、それなりに広い空間となっていた。
そして、目を疑うような光景に二人は唖然とした。チャンバー内は、完全に無人だった。いくつかあるシリンダーのような人一人が納まるくらいのガラスの筒の中は全てカラッポだったのだ。
「なんだよ、これ……ほんとにSFかなんかの実験室みたいじゃん」
シリンダーは理科室でホルマリン漬けになっている生き物を保存するような印象だった。大人の人間が入るほどの大きさの筒が八つ並んでいたがどれも、内側から割れていた。
「これってさ……」
「シッ」
ハナが嫌な予感を告げようとしたとき、セインが遮った。
「……奥に何かいる……」
シリンダーが並ぶ奥、部屋の隅で何かがもそもそと蠢いていた。
しゃり、しゃり、しゃり、と言う音が聞こえる。
なんの音だとハナはその奥の存在が何をしているのか気になった。
セインが音を殺し、じりっと身体を動かし奥を確認していく。ハナもその傍で、奥の動く影を凝視していた。
しゃり、しゃり、しゃり……。
最初は猿がいるのだと思った。茶色の身体が毛並みに見えたから。
だが、それは干からびた素肌でところどころからジュクジュクと赤い泡を吹いているように見える。
しゃり、しゃり、しゃり……。
茶色の肌は血が固まって汚れているのだと次に分かり、そして赤い泡は血液であると理解して、音の正体がはっきりした。
茶色の、干からびたミイラが、自分の腕の肉を噛み千切り、喰っていたのだ。そして、噛み千切った腕から赤い血があわ立つように吹き上がっていた。
「ひっ……」
流石のハナも悲鳴を上げた。目の前にいるのは今まで見たようこともない不気味な化け物だったからだ。
ハナの悲鳴を聞き取って、ミイラの首がぐるんとこちらに向き直った。
己の肉をちぎってしゃりしゃりと咀嚼した歯は真っ黒だった。
眼球は薄い黄色に濁っていて、頭部からは白髪のような毛が少しだけ残っていた。首になにやらネクレスを下げている。ネクレスは小さなプレートが付いていて、胸の辺りに『検体番号17号』と書いていた。
「逃げろッ!」
セインが前に出てハナを庇うように盾になる。ハナは咄嗟に動けず、ミイラ――『検体番号17号』が飛び掛ってくるを見ているしかなかった。
想像以上に動きは早い。ダイビングタックルのように、一気にセインに飛び掛り、黒く血に染まった歯を突きたてようと襲い掛かる!
セインが飛び掛ってきたミイラを長い脚でもって思い切り蹴り飛ばして、17号を壁際に吹き飛ばした。
かなり体重が軽いのか、セインの蹴りをまともに喰らってミイラは「げぁ」と醜い声を上げて思い切りぶっ飛ぶ。その衝撃で今まで噛み千切っていた、自分の手がボロリと千切れてしまったが、17号は痛みを感じないのか、腕をなくしたこと事態にはリアクションすらとらない様だった。
「ファナ! チャンバーから出ろ!」
「あ、あぅ」
セインの声でやっと正気に返ったハナは、震える脚に力を込めて、チャンバーの出口までかけた。
むくっと17号が起き上がって、もう一度バカみたいに真っ直ぐセインに飛びかかってくる。
しかし、セインも素早く弓を構えて狙いをつけていた、突っ込んでくるミイラの頭部に矢を叩き込む。
ヒュガッ――。
鋭い矢の一撃をもろに頭に受け、がくんと、足を滑らせたみたいに勢いのまま縺れてセインの足元へ倒れこむ。
しっかりと命中した矢がミイラの頭部に突き刺さり、貫通までしていた。
それでミイラは動かなくなったようだ。セインは警戒しながら、じりじりとそのまま一定距離を取ってから素早くハナの傍までかけて来た。
「大丈夫か、ファナ」
「……へ、へいき……」
平気な表情ではない。青ざめ、カチカチと奥歯を震わせていた。こんなB級ホラーのようなゾンビ物に怖がるとは思ってなかったが、これが実際にリアルだとすれば、恐怖は本能からやってきた。
あまりにも醜悪で、残酷な光景に、ハナは恐れおののいたのだ。
平気だと、まるで口癖みたいに吐き出されたが、自分が何を見たのかも把握できてないみたいに、頭の中はグラグラだった。
固まっている少女を見て、セインは憐れなミイラを見せないように、彼女を大きな身体で抱き、包んでやる。
暫くそうして、ハナはやっと意識を落ち着ける事ができた。
「セイン……ご、ごめん……な、なにもできなくて……」
「いい」
謝るハナをセインはまだしっかりと抱きしめていた。短く、「いい」とだけ返した言葉が低く、囁くような声だったが、物凄く安心できた。全身の血が凍りついていたような感覚だったのが次第に熱を取り戻していく。
「あ、あの人、あれ……マーニーさん、だよね」
「……おそらく」
「なんで、あんな……」
「そういう実験結果だったんだ。ある意味、アイオリアの当初の目標である食糧難の問題解決策の到達点だったんだ。自給自足――。自分の身体を食い、そして喰った肉で修復する――」
そんな話があるだろうか。こんな自給自足などあってたまるものか――。
憐れな実験体となってしまったマーニーという女性に冥福を祈るしかなかった。彼女がいつからここで『自給自足』をしてきたのか不明だが、悪夢をやっと終わらせる事ができたのだと、そう考えるようにしたかった。
「……アイオリアは、黒の魔女を作ろうとしていた。そうして、人体実験を繰り返した結果――。彼らはダレン社に組み込まれ、更なる実験を進めたんだろう」
「更なる実験?」
「ああ、元々生きた人間を実験体にするのではなく、次の段階――。ゼロから人間を作る――錬金術の禁忌、人体練成。人造人間実験だ」
ヨナタンも以前、ダレンの目的を推測した際に、人造人間の話を持ち出していたことを思い出していた。
ハナの血液を利用し、人造人間を造ることが可能かどうかは分からないが、実際いま体験したリアルを考えれば、ダレンがそんな思惑を持っていたとしてもおかしくは無いだろう。
ここに並ぶシリンダーは人造人間を保管するためのものだったのかもしれないが、現在このシリンダーには何も入っていない。
もし、自分がこんなシリンダーの中に詰め込まれたらと思うと、ハナはぞっとしてしまうのだった。
秘密結社ダレンの暗黒に触れ、その全貌に少しだけ近づけたのかも知れない。しかし、いずれダレンの全容を知るとき、あまりに暗い闇の世界を受け止めきれる自信があるか、分からない。こんな奴らを相手にしなくてはならないのだと思うと、すくんでしまいそうになるが、抱いてくれるセインがきっと支えてくれる。
凶悪な犯罪組織に対抗するため、虹川党のクエスターとして、怯むわけにはいかないのだ。
「セイン。もう、大丈夫。探索を進めよう。シグマジャをみつけなきゃ」
「分かった。行こう、ファナ」
二人はチャンバーを後にする。割れたチャンバーは八つ。ひとつには17号が入っていたのだから、あと七体、実験体がいるのかもしれない。
この不気味な施設内で、ハナとセインは恐怖の探索を続行する。
静かすぎる通路の先に待つ脅威に向かって、二人は歩き出していった。
――そんな二人をサングラスをかけたエルフの男、シグマジャが<千里眼>の魔法で覗き見ていた。
ハナをじっくりと舐めるように眺めて舌なめずりをする。
もう、逃がさんぞ。サングラスの奥の闇を抱きこむ視線は、そう、告げているのだ。
そんなダレン社マルテカリ支部長の首に、ネクレスが下げられている。鈍い<千里眼>の明かりに照らされるネクレスのプレートには――――。
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