少女と草

1/1

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ

少女と草

 周囲の風景が冷たいせいもあるだろうか、ハナは妙に寒気を感じていた。  先ほどみた検体番号17号があまりにもショッキングだったのだ。この寒気は所謂悪寒というものだろう。どこからあのミイラが再度襲ってくるか分からないのだ。  明かりはほとんど無い。通路の隙間から漏れる不思議な明かりがぼんやりと光っているのみだ。  通路の内部に張り巡らせるように埋め込まれている青生生魂(アポイタカラ)が輝いているのだとセインは説明した。  セインの推測ではこの青生生魂(アポイタカラ)が魔法障壁の結界を生んでいるのではないかとの事であるが、真相は分からない。暗い通路を冷たく照らす魔法の光が不気味さを彩っている。  鉄筋の通路を歩いていくと、やがて広めの空間にたどり着いた。 「いくつかの寝台……、錬金器具に手術道具……実験室か」  セインがざっと周りを見て部屋の印象から推測する。  ベッドの上を見てハナはぎょっとした。そこに白骨が横たわっていたからだ。 「骨の状況から見て、かなり前の死体だな。少なくとも一年は昔だろう」 「……この実験はずっと前から行われてたんだな……」 「ああ、しかし何か違和感を感じるが……」  セインが少し考え込むように黙り込んだが、答えを見つけ出す事はできなかったようで、広い実験室を抜ける事を優先することにした。 「ファナ、何か武器になりそうなものを見つけておけ。いざと言う時に役立つだろ」  セインには弓矢があるがハナは丸腰だ。鍛えた喧嘩空手があるとはいえ、ハナもあのミイラを素手で殴るのは少々躊躇(ためら)ってしまう。何か長めの棒でもあれば、リーチの上でも優位に立てると思った。  実験室を見て回っていると、杖を見つけることが出来た。なにやら魔法が符呪されているようだが、ハナには分からない。例え分かったところで、この施設内は魔法禁止区域であるから、魔法を発動させる事はできないだろう。 「これ、使うよ」 「……ああ、だが出来るだけ俺からは離れるな」 「そんなに過保護にならなくてもいいよ。さっきはビビっちゃったけど、もう大丈夫だ。覚悟したし」  セインは先ほどから、随分とハナの事を気にしてくれている。日頃そこまでセインがハナに対してべったりと寄り添う事や心配するような素振りは見せないから、随分と心配をさせてしまっているのだとハナは思ったのだ。  そして、セインが自分(ハナ)の事を心配するあまり、(セイン)自身に対しての危険を回避できなかったとしたら、それは耐えられない後悔になってしまうだろう。  セインは、平気だという少女を見下ろし、じっと見つめてから、溜息を吐いて首を振った。 「……お前は、生きて帰りたいんだろうが」 「そ、そりゃそうだ」  いきなり呆れたように言ってくるセインにハナは不意を突かれたみたい目を丸くした。 「お前はもう少し自分の優先順位を上げろよ」  叱るように言ってくるセインに、ハナはなんで怒られているのか分からず、困ったような焦ったような顔で見下ろしてくるダークエルフを見つめ返すしかなかった。  そんな様子のハナに、セインは子供に分からせる親みたいにハナに視線の高さを合わせるように、中腰になって改めて言ってきた。 「お前な、今、俺の心配してただろ」 「え、や、だってこんな状況だし」  図星をつかれて誤魔化すように半笑いの表情で返事してしまうハナだったが、セインがじっとりと睨みを返してきて、言い聞かせてくる。 「こんな状況だから、自分のコトを一番に考えるのが普通だろうが」  物事を為すためには、まずなによりも優先順位を決める事が重要だとセインは考えている。順番を間違えなければ、不測の事態にも対処が行いやすいからだ。何を優先するべきか。この場では言わずもがなである。  しかし、ハナは、自分の事が原因でセインに何かあったとしたらと考えると、脚が震えてしまいそうになるのを感じていた。恐ろしかったのは自分の破滅ではなく、自分のせいで誰かがキズつく事だった。だから、ハナは少しばかり表情を真面目に、セインを見つめ返して伝えるのだ。 「セインだって私の事ばかり心配してるだろ」 「お前が、ダレンの標的だからだ」  セインの当たり前のように発せられた言葉に、黒い髪の毛先が幽かに震えたみたいだった。  僅かの間――。なんだか、急にハナの心が冷たい針で刺されたみたいにちくんとした。 「……それだけ?」 「……あ?」  自分はこれから、何を言おうとしているのだろう。その先を告げない方がいいと、心の奥でサイレンがなっているのに、口が動いてしまう。なぜ、ちくんと、胸が痛んだのだろう。 「セインが、私の事を心配するのは、それが理由なの?」  ――なんで、今、寂しい言葉だと感じたのだろう――。  実験室の暗闇に二人、奇妙な時間が流れていった。  きっとこの間、そこまで実時間は経っていなかっただろう。  だが、ハナとセインの間には、永遠のように長く、一瞬で何かを奪われたみたいに感じていた。  セインは思う。  ハナを護りたい理由は、ダレンが狙っているからじゃない。もちろん、それは理由としてはあるのだが、それは理屈なのだ。  本心の、胸の奥の、血が囁くように告げる感情は、そうじゃない。 (こいつを――護りたい、ワケ――)  その感情に、セインは明確に名前を付けられない。  一般的に言うならば、それは、恋心のためだと言うのだろう。  しかし、これまで蔑まれ、唯一の信じられた愛する家族を失ったセインには、簡単に口に出せる言葉ではなく、心根に抱く感情ではなかった。 (ファナを、好きなんだと言う事を――俺は認めていけない)  壁にそう刻まれているようだった。分厚い壁が目の前にあって、その言葉が封印みたいにかけてあるのだ。  好きだと認めれば、口に出せば、いずれ来る別れにどう対処していいかわからない。  重要なのは、優先順位は、彼女の願いを叶える事。  だから、彼女が元の世界に帰るため、障害になりえるものを彼女の前に吐き出すべきではない。それに――。 (俺がファナを好きだからと、認めれば、こいつを失った後、俺はもう立てそうに無いんだ……)  別れることが分かっている相手を愛する事を、罪深くすら感じてしまう。  自分の心を護るため、一線を越えない様にと壁を作っているのに――。  目の前で見つめ返す少女の黒い瞳が、寂しげに揺れるのが見えると、分からなくなる。  こいつの、笑顔が見たいのに――。 (そんな顔をしないでくれよ、ファナ――歯痒いんだ――) 「ファナ……。俺は、これまで、自分の命に価値は無いと思っていた。だが、今は意味のある命だと思ってるんだ」  セインがハナから身を引くように、後ろのデスクに腰をかけて、言葉をつむいでいく。  低く、ゆっくりとした言葉が、地下施設に溶けていくみたいだった。 「俺の命は、お前の為にある。お前を元の世界に帰す為なら、俺は死んでもいいんだ」  本音だった。セインは、()()()()()()()()()()()だった。  時として、本音は塗り替えられる。本人すら意識できない形で。  防衛本能によって、心は壁の中に固められて、本音を認めることを赦さないのだ。  ハナは、そんなセインの言葉に何を感じたのだろう。  答えはシンプルだ。 「そんなのおかしい」  ハナもその心に負ったキズから、気持ちが生み出されていく。もう、自分のせいで何かを失いたくない。  自分が元の世界に帰るために、セインが犠牲になるとしたら、それは間違っているとハッキリと心が言うのだ。傷をもう広げたくないから――でも――。 「あたしだって、元の世界に帰りたい気持ちはあるけど、そのために何かを犠牲にしろって言われたら、あたしは、帰らない」 「だから言ってるんだ、優先順位をハッキリさせておけば……」 「優先? あたしの中の一番は、セインが笑顔でいられる世界を作ることだ! だから、あたしは自分の命に価値が無いなんて絶対に思わない! セイン、セインが間違ってるのは、優先順位がどうとかじゃないよ! 自分の事を認めてあげることだよ」  その言葉は、セインにとって熱かった。いつだって、心に火をつけてくれる少女の意思が沁み込んでいくと、自分の中の壁が、ブレーキが壊されていくのだ。  ――もし、本当に自分の命に価値があるのだとしたら、それは自分で発見しなくてはならない。  だから、セインはハナを帰す事が使命だったのだと紐付けるようにしたのだ。だが、そうじゃないんだと、壁の内側にあった本音が熱を持って大きく鼓動する。 (そうだ――ここの所ずっと思っていた感情――) (俺は――) (人を好きになっても、いいのかな――)  その問いに、答えを返して欲しかった。  自分では、その問いに答えが出せない。怖いから――。温もりを覚えて、それが消えてしまうのが――怖かった。 「……俺が、心配なのは……、俺の心のせいだ。お前をなくすのが――死ぬより怖い」  以前にハナが誘拐されたときからずっと燻っていた感覚だ。  そして、己の不甲斐なさを赦せずにいたのだ。だから、ますます自分の価値を低くしていく。無価値な男だと、せめてこの命は好きな女の為に注ごうと心の壁に封印の文字を刻んだのだ。 「お前がいなくなったらと思うと、俺は死んでしまう。俺はお前が命より大事なんだ……」  怯えたように零れ出た青年の弱音が、ハナを突き動かすようだった。  セインの寝顔を見た時、可愛いなんて思ったが、今のセインの悲しそうな表情に、ハナの母性が膨らむみたいにも感じられた。  愛おしいという気持ちと共に、ダークエルフの青年を包み込んだ。  抱きしめたセインの身体はいつもみたいに大きくて堅かったが、なんだか容易く包み込めそうな儚さも見える。 「セイン……、私もだよ。セインがいなくなったら、どうしてここにいるのか、虹川党に入ったのか、分かんなくなる。立ってられないんだ」  二人の根っこは同じだった。  だから、互いに自分よりも他人を案じ、その結果、相手を不安にさせてしまう。 「……だから、ね。セイン。もし、セインが自分の事を考えられないのなら、その分私に考えさせて。セインが私のこと、護ってくれるみたいに」 「俺は――お前を護る」 「あたしは、セインを助ける」  こつん、と、互いのおでこを当てて、二人は笑む。  ハナもそうだったが、セインもずっと緊張していた。得体の知れない実験施設でワナにはまり、ハナを危険な状況に陥らせてしまった事。今、護れるのは自分だけだという事。それがセインを鞭打っていたのだ。  だが、そんな硬直していた精神を、二人で分かち合って支えあった。  気持ちに余裕が生まれる。 (――そうだ。俺は独りじゃないんだ。ファナがいる――)  二人はもう一度気を取り直した。  その表情に、恐怖と不安の色はなくなっていた。  迫る悪意に負けないだけの強さを持って、ハナとセインは実験室を後にしたのであった――。  そのまま通路を進み、道が二手に分かれているT字路にたどり着く。  丁寧に文字盤が取り付けてあって、『←管理室』『重要保管施設→』と書いてある。  セインとハナはそれを見て、どちらに行くべきか悩む。 「管理室ってことは、ボスがいるんじゃない? もし、私達の様子をどこかでモニタリングしてるんだとしたら、管理室だと思う……」 「……なるほどな。そうかもしれん……。俺は重要保管施設ってのが気になってる。何を保管しているのか……」  先ほどのチャンバーを思い出し、ハナは嫌な予感が走ってしまう。『保管』されているのが、先ほどの検体の可能性もあるからだ。  その案を述べてみたが、セインは首を振った。 「チャンバーで検体を保存していたんだ。なら、態々別に『重要保管施設』って区画が必要とは思えない。検体とは別の重要な物を保管してるんじゃないか?」 「ほかの重要なもの……?」  ハナが考え付く他の重要なものと云えば……。 「イホテルート?」  その言葉にセインは頷いた。アイオリアがイホテルートの資料を持っていたことから、もしや保管されているかもしれないとは思ったが、なるほど、いかにもな場所と云えばそうである。  右手の通路は闇に飲まれていて先は不明だ。逆に左手の『管理室』への通路は誘蛾灯のように明るかった。誘っている、と感覚的にも感じ取れたのだ。 「俺は右手を推す。ファナはどう思う」  ハナは少しだけ考えて、セイン同様に右手を進む事に賛成した。 「道が暗くなっているが……これ、使え」  セインがそう言って手渡したのは前に使った暗視の効果があるポーションだ。暗闇での視界が随分と良くなるので、利用するべきタイミングであった。  碧にうっすら光る液体を飲み干すと、瞳孔が大きくなって急な視界の変化に少しだけ眩暈を起こすがすぐに治まる。  暗闇の先は続いていてゆったりしたカーブ上のため、ここからでは奥までは見通せない。  足音を殺しながらゆっくりと闇の中へと進みだしていく二人。ハナも右手に握る魔法の杖に力がこもる。  暫く進んだ先でセインが右手でハナに止まれと合図した。言葉をつかわなかった事から何かいると察知した。  耳を澄ますと荒い息遣いが聞こえてきた。そのままセインがそろりと忍び足で歩を進める。ハナも息を殺してそれに続くと、闇に蹲るミイラが発見できた。こちらには気付いていないが、床にだらしなく下半身を投げ出すような形で座り込んでいる。  濁ったような息遣いから生きているのだと分かる。  セインが音もなく弓を構えて矢をつがえた。狙いをつけるのは荒い息で上下に揺れるミイラの頭部だ。  気が付く前に先制攻撃をかけるつもりらしい。可哀相にも思うが、助ける手段など不明だし、もう手遅れだと実感してしまうほどに人間離れしてしまった検体者は、このまま一瞬で永眠に誘った方が救いであるとも思えた。  ビッ!  鋭く放った矢が見事にミイラの頭部を貫いた。 「ゲォ」  と荒い息に乱れが出た次の瞬間に絶命していた。もう、あのミイラが息をする事はない。  セインが、さっと手を挙げ、そのままぱたりと前に倒す。進もう、の合図だ。声を殺している事から、まだミイラがいる可能性を考えているようだ。  ハナも意識を正面に集中させた。  先ほど頭部を撃ち貫いたミイラの死体を過ぎた先に円形の扉がある。上部に保管施設と記載があった。  扉の前で、中に何かいるかと気配を窺うすると、何かの音がしているのを感じ取り、動く何者かが扉の先にいることが分かった。  セインが弓をつがえたまま、ハナが扉を開く役目となり、ハナは素早く扉を開いた。  保管施設の扉の先はまた通路になっていたが、その通路にもたれるようにミイラが二体いた。開いた扉に驚き戸惑ったようで、すぐに動けず硬直しているようだ。  手前側にいたミイラに狙いを絞って、セインが矢を飛ばし、一匹を確実に撃退したが、二発目の矢を(つが)える間に奥のミイラが不気味な叫び声と共に高速で駆け出した。  ハナが杖を使い、ミイラの脚を狙って強く打った。それでミイラは見事に転び、もたもたともがきながら、起き上がろうと蠢く。  ミイラがどうにか立ち上がった頃にはセインがしっかりと、片目を瞑ってて頭部に狙いをつけていた。 「風になれ」  言葉と共に矢が頭部を貫いて、ミイラ二体の魂はマーチの風となっていく。  マーチに過ごす生物は死後、風になってマーチを駆け巡るのだと云う言い伝えからの、安らかに眠れという意味を持つ、言葉であった。 「ファナ、平気か」 「うん、ありがと」  ハナが奥を覗き込むと、通路のサイドに扉がいくつもあって、その先は小部屋になっているようだった。  部屋ごとになんらかの『重要なもの』を管理して保存しているのかも知れない。 「あまり長居をしたくないが……しかたないひとつずつ潰していくぞ」 「うん」  ハナ達は手直な扉から手をつけ、中を調べて回っていく。ハナには物の価値がいまいち分からなかったが、セインが扉を開けるたびに驚いていたので、かなりの重要なアイテムが保管されているようだった。 「見ろよ、これはお前も分かるだろ。青生生魂(アポイタカラ)の結晶だ」  何度目かのドアの中で鉱物のようなものを見つけてハナに見せてきたセインが言った。青生生魂(アポイタカラ)と呼ばれるハナのブーツの靴底に仕込まれている魔法を循環させる金属の原石らしい。ハナの頭部ほどの大きさ物から小指くらいの大きさしかないものまで複数転がっていた。  魔法社会であるこの異世界において、高純度の符呪が行える青生生魂(アポイタカラ)製品は高価値であり、高性能のマジックアイテムを作成できるのだ。ヨナタンが見たら、喜ぶのかも知れないが今の二人には青生生魂(アポイタカラ)は二の次であった。  青生生魂(アポイタカラ)の保管庫を出て、次の扉を開くと共に、ミイラが中から奇襲をかけて来た。  完全にこちらを不意打ちするつもりの強襲で、セインも弓を番えるのに手間取ってしまった。何より、通路が狭く、矢を射るにはあまり適さないのだ。襲い掛かってきたミイラはハナに抱きつこうと飛びついてきたが、ハナが逆にその勢いを利用し、往なすように身体を捻って相手の腕をとり、全体重を乗せて床に叩きつけてやる。  だが、ダメージを与えた様子がなく、ミイラは暴れながら、ハナの腕を乱暴に振り払おうとする。 「こいつっ! めちゃくちゃだ!」 「どけろ!」  セインの声と共に、強烈な蹴りがミイラの頭部に突き刺さってミイラが動きを止めた。どうやら頭部へのダメージ以外は通用しないようだ。 「このミイラ……痛みも感じないの? あの状態で乱暴に動けば、関節がとれて激痛が走るのに……」 「……そうかもな。……怪我してないか。見せてみろ」  ミイラから身体を引きずり出すみたいになんとかハナが這い上がって立ち、なんでもないというようにセインにアピールするが、セインは念のためとハナの身体をチェックしてくれた。 (こういうときは、エッチなことしないんだモンな……お医者さんの顔してる)  セインは錬金術の腕もそうだが、医学、治療の行為になると本当に真剣に対応してくれる。育ての親が本当に立派な医者だったのだろう。彼もそうであろうという想いに少し触れられて、ハナは嬉しかった。 「よし、大丈夫だ。怪我をしたら、すぐにポーションを使えよ」 「うん」  ミイラが潜んでいた保管部屋はなにやら果物の香りがした。中の箱を見て気が付いたが、それはジョレンの香りだったのだ。  保管質の部屋の中の箱にはジョレンの実が沢山詰まっていた。 「重要保管部屋にジョレン……。このジョレン、ひょっとするかもな」 「もしかして、これで巨大生物を飼育してた?」  見たところ、腐敗の様子がない。最近まで樹に実っていたのを収穫したような状態だ。もしかしたら、建物の傍にあったジョレンの樹から()いだ物かもしれない。  これを利用し、ウィシュプーシュを巨大にしたり、この黄土の沼の生き物を凶暴に作り変えていたとしたら、どんでもない毒リンゴならぬ毒ジョレンである。  忌々しげにジョレンの部屋を睨んでから、ハナは次の部屋の探索に取り掛かった。もう油断はしないと、セインがしっかり弓を構えた状態で扉の前に立ってハナが開けるというサイクルで他の部屋を回っていくのだった。  そして――。  九つ目の扉を開いた時、二人は見つけたのだ。  他の部屋と比べて、カラッポなのかと思えるほど、その部屋はがらんどうに見えた。だが、ぽつんと、ひとつだけ。  金魚蜂のようなガラスのツボにおさまっている『草』を発見した。  その草は、土も水もないツボの中で何故か青々としていて、どこかしっとりと水気すら含んでいるようにも見えた。大きさは掌に治まる程度の小さな草で、見た目など、本当にそのあたりに生えている草と何の変哲も無い。 「まさか……」 「ちっ、除草剤を全部使い切ってなければ、確実な検証もできたが……まず間違いないんじゃないか」  少女と『枯れない草』、イホテルートとの初対面だった――。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加