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恋愛免許は必要ない
「――犯してやる」
ぞっとする声に、ハナは血を凍らせてしまったように、ぞくりと青い顔をした。
「やめろッ……! シグマジャぁッ!!」
セインが反射的に叫んだが、全身に激しい痛みが走り、起き上がれないまま苦悶の汗を垂らす。その様を十分に愉しんで、人造人間はニタニタと笑いながらハナの黒髪を粘着質に撫で下ろした。
「ククク、黒の魔女の黒髪は触り心地がいいな? 吸い込まれるような闇の色だ。艶やかであり、妖しげな魅力がある……」
「……っ」
悔しさでハナは顔を必死に背ける。それくらいしか抵抗できない事が更に悔しさに拍車をかける。身体さえ自由ならこうも好き勝手にはさせないのに――。
ハナが覚悟を決めて観念しようとした時、もう全身がガタガタのはずのセインが立ち上がった。
「シグマジャ……いますぐッ……ファナから離れろ。……後悔、するぞ……」
セインの脅しの言葉に、人造人間は鼻で笑い飛ばす。セインは立ち上がったはいいが、ふらふらと立っていることさえ限界らしく両手をだらりと下げていた。
「その様で、どうするつもりかな、ゴズウェー。愛しい彼女が弄ばれるのを良く見るためか?」
セインのそのボロボロの様子に、ハナももう見ていられない。これ以上無理をすれば本当にセインが死んでしまうと思ったのだ。
たとえ自分がシグマジャに汚されようと、セインさえ無事ならばハナはその汚れすら誇りに変えてみせると決意したのに、セインは立ち上がった。折れた手足に耐え、金の瞳を燃え上がらせて。
「もう一度、言う……。シグマジャ、ファナから離れろ」
その言葉に、シグマジャはニタリと口の端を更に釣り上げた。黒眼鏡の奥が笑っている。弱い人間の無様な虚勢が滑稽で仕方ないのだ。
だから、その様をもっと深くまで愉しみたいと考えた邪悪な人造人間は、セインに見せびらかすようにハナの背後に周り、後ろからハナを抱き、その首筋に口を寄せて、舌でべろりと舐めあげた。
「っ……」
あまりの気持ち悪さに鳥肌を立たせてハナは身震いしたが、せめて悲鳴は上げないように歯を食いしばった。こんな下種な男に、東雲ハナが泣かされてたまるものかと彼女も誇りを持って立ち向かうのである。
そのまま、シグマジャの舌先が首筋から登り、ハナの耳に到達して、エルフよりも小さな耳を舐めまわす。異世界の少女の、『違うところ』を責め立ててやろうと言うのだろうか。
「そら、後悔させてみろ!」
何もできずに立ちすくんでいるダークエルフに挑発の声を投げかけて、その表情を更にゆがませるために、いよいよハナの身体へとその手が伸びだしたその瞬間だった――。
ズキンッ――。
「……?」
ハナの胸を揉みしだこうと寄って来たシグマジャの手が痙攣したようだった。
本人も何があったのか理解できないような表情で身を固まらせ、瞳を丸くしたのである。
ズキ、ズキンっ……。ズキズキ、ズキズキ――!
「う、うあ、うあぁっ……?」
突如、ハナを抱いていたシグマジャの身体がガクガクと震えだす。戸惑いの表情で額に汗を浮かばせて、ハナから身を引き悶えだした。
何が起こったのか分からないのはハナも同じだったが、うろたえるシグマジャをぽかんと見つめたまま、麻痺の身体のせいで自力で立てずにその場にぺたんとお尻をついてしまった。
「な、なんだ! なんだ、これはっ!? 何をしたッ!?」
全身を自らで抱くように丸くなってガクガクと震える人造人間は、ぜえぜえと呼吸が乱れだし、足腰もガクガクと震えだした。もう、立っているのも辛そうに汗を吹き零し、苦しげに歯を食いしばる。
対して、セインはシグマジャ同様にフラフラの身体だったが、その表情は冷淡だった。黄金の瞳を鋭く光らせて、蹲りだしたシグマジャを逆に見下ろしていた。
「やっと薬が効いてきたな」
「く、薬だとぉッ……」
「そうだ。最初に打ち込んだ矢に特性のポーションを塗りこんでいた」
シグマジャが腕で受け止めた矢だろう。その矢はシグマジャの血にまみれて床に転がっていた。シグマジャはそれをちらりと横目に睨み、全身に走り出した謎の感覚にいよいよ、呼吸を乱してうめきだす。
「フゥーッ! いぎいいっ――! ど、毒を盛ったというのかッ――……この私に通用する毒など――っ……」
「毒じゃない」
シグマジャが毒などで人造人間の身体を冒すことなど不可能だと苦しげに言って見せようとしたが、セインはそれを鋭く否定した。
「お前に打ち込んだ薬は、神経を過敏にさせる俺が使ったドーピング薬の応用品だ。毒で攻撃したんじゃない。お前の身体を癒したんだ」
セインの説明にもうシグマジャは耳を傾ける余裕もなくなって、あからさまに苦しみ始めた。絶叫に汗を撒き散らし、涎を泡のように吹き出して、バタバタと床の上で転げまわる。黒眼鏡が落ちてしまったその瞳には涙すら浮かんでいた。
「んぎゃあああっ! なんだこれはっ! んぐううううっ、ぎいいいいっ!?」
「それが痛みだ」
形勢逆転となった苦しむ人造人間を見下し、セインは冷酷な瞳で告げる。
「お前は俺達の情報を集めて機会を窺っていたんだろうが、それはこちらも同じことだ。お前の事を調査し、推理し、対策を練っていた」
前回、シグマジャを取り逃がしてから、虹川党はダレンの幹部の情報をどうにか調べようと懸命に走り回った。
その中で有益な情報のひとつとして、アッシャの兄であるロカクの証言にこうあった。
――アイツにナイフを差し込んだのに、痛みを感じてなかったみたいで――。
――凄まじい蹴りだった。ブーツに符呪されてた。重みを操ってるみたいだった――。
「お前が無痛症の可能性を真っ先に考えた。痛みを感じない疾患だ。お前の場合は意図的にそう造られたのかも知れないが。そうでなければその<重力>ブーツは履きこなせない」
シグマジャの履く<重力>の符呪を加えた魔法具は、使用者の重みを何十倍にも上げて蹴りの一撃を高めるものだった。
己の体重が七十キロとしても、十倍になれば七百キロになる。そんな重さで蹴りを繰り出せば、全身に凄まじい負担がかかるはずなのだ。通常の人間ならば痛みがブレーキをかけて<重力>の魔法の威力を下げて使う。だが、シグマジャにはそのブレーキがないと思えたのである。
ハナも、はっとして思い出した。そういえば、アッシャに<風乗り>のブーツを貸したとき、このブーツは使用する人間の事を考慮していないピーキーな作りをしているとヨナタンが言っていた。
だから、風に乗る事だけを目的に符呪したせいでハナにしか使いこなせないし、危険を伴うのだと。
シグマジャのブーツも同じなのかもしれない。<重力>ブーツはそれを履く人間の事を考慮していない魔具なのだ。使えば身体を破壊する諸刃の剣。だからこそ、シグマジャはそれを使用することにしたのかもしれないが――。
「俺は、暗殺者じゃない。医者だ。治すのがモットーだ」
「ぐううっ! ぎいいいいいっ! 痛みッ!? これがぁッ! 痛みィッ!!」
これまでムチャをしてきたシグマジャの全身に痛みが走る。いや、元々走っていたはずの痛みをやっと認識し始めたのだ。
驚異的な治癒能力があったとしても、痛みは消えない。矢に貫かれ肉を組成させた腕も、貫かれた痛みと組成の為に傷口を蠢かせた激痛が、シグマジャを苛みだした。
それはおそらく今までに痛みを経験していた者ならばこらえる事も出来る程度だっただろう。現に、ダークエルフのセインはこれまでの人生が数々の痛みを経験してきた。だから、今、折れた足でも激痛を堪え、立ち上がることが出来た。
しかし、シグマジャは違う。
生まれて始めての『痛み』は耐え方を知らないのだ。転んで膝をすりむいた子供が大泣きするみたいに、シグマジャは喚きながら己の激痛にカルチャーショックすら受けて精神を狂わせていくのである。
「いたいっ! いたいいたい! いたいぃぃっ! 痛いよぉぉおおぉおぉッ!!」
「お前の敗因は――、俺の矢を受けたこと――。そしてロカクを殺さなかった事だ」
「ろ、ろかくぅ? だれだ、それはぁぁああっ……!!」
自分が蹴り飛ばしたかつての部下すらもう分からない。分かるのは痛みだけ。ここまで痛みというものが苦しいものだとは思わなかった。
「痛みを知れ、人造人間……!」
「んぎぃいいいいっ! ちくしょおおおっ! いだいっ! い゛だい゛、たすけてくれえっ!!」
「ファナから、離れろと言った。そうしないと後悔するとも言った。あの警告を聞いていれば、まだ救ってやっても良かったが、お前は俺を怒らせた」
セインの声は暗く、低く、そして鋭く冷たかった。心の底の怒りを刃に変えてシグマジャを貫いているようだった。
苦しむシグマジャを見ても、まったく面白くもなんとも無い。だが、痛みが苦しいものだと理解させるために、セインは容赦なく悶え苦しむ人造人間をただ見下ろしていた。
「貴様らぁッ……! ゆ、ゆるさん、ゆるさんんんっ……! 死ね、全部死ねっ!」
凄まじい形相のシグマジャが狂ったように喚き散らすと、そのブーツが凄まじい輝きを放ちだした。<重力>が最大級で発動し始めたのである。
凄まじい重力がシグマジャの脚から発生し、そしてそれが周囲を押しつぶしていく。完全に自らの身体を無視した魔具の使用方法だった。
グラリと司令室が揺れる。あたりの小物がガタガタと震えて、床に叩きつけられる。
人造人間は重力範囲を広げて、全てを押しつぶす気なのだ。
「やめろっ! そんなことしたら、お前までっ」
ハナが見かねて狂乱のシグマジャに制止を呼びかけるが、もうシグマジャは聞く耳を持たない。まさに壊れた機械人形のようだった。
ぐしゃり、とシグマジャの脚が潰れる。血が吹き上がり、骨が砕ける。
「いだいっ! いだいよおっ! これが痛みなんだあ! ひゃあはあははははッ!」
「く、くそ……巻き込むつもりか!」
セインが苦しげに脚を引きずって、ハナの傍までくると、折れていない右手で抱え込もうとして身体を寄せてくる。
「に、逃げるぞ」
苦しげに汗を浮かべてセインがハナを抱きかかえようとするが、重力と自らの折れている足ではハナを満足に支えきれない。
グラリとそのまま二人で倒れこんでしまった。
「うぐっ……」
「セイン! ムチャすんなよっ!」
「ここでムチャをしないで、いつするんだ」
ガタガタと部屋がゆれ、鉄板が歪み嫌な音を立て始める。地下にある施設のせいか、<重力>の影響で上の地面から陥没しそうになっているのかもしれない。そうなれば地下の施設共々みんな生き埋めだ。
なんとかしなくてはならない。
ハナはまず最初に、ライフポーションの存在を思い出した。これをセインに使えばセインが回復するから、折れた足も修復されて秘密の通路から逃げる事ができるかもしれない。
しかし、その考えは博打要素が強いとも思えた。この施設から脱出するのにどのくらい逃げればいいかも分からないし、それまで施設が持つか分からない。
ハナはこれじゃないと、首を振った。
――優先順位を間違えるな。
そんな言葉を、今自分を抱きとめている男性が言っていた。
(優先順位――)
今、何が最も危険なのか。
ハナは崩れかける司令室の中を見回した。
――シグマジャはもうダメだと思った。<重力>に身体が耐え切れて居ない。下半身がグチャグチャになっていたがそれでも符呪のブーツは光り輝いている。本当に、使う人間の事を一欠けらも考慮していない殺人魔具だと思った。最大出力で履いているものすら潰し、周囲を圧殺していくのだろう。
シグマジャが息絶えても、この<重力>は止まらない。
(あれを止めるんだ――)
ハナはそれが最も優先する事だと分かった。
だが、どう止める?
改めて回りを見回す――。
ぎらりと光ったそれに目が留まった。そこからはほとんど頭が動いているのか止まっているのかも分からずに、身体が自動で動くみたいに感じていた。
ハナの目に留まったのは、シグマジャが持っていた短刀だったのだ。
凶悪な刃渡りのショートソードで、それを突けば、痛烈な痛みが走り、確実に出血する――。
「これしかない!」
麻痺するからだに力を込めて、<重力>に全身を押し潰されていく中、ハナはセインの腕から抜け出した。
「何する気だ、ファナ!」
「あたしにしか、出来ない事が、あるんだ!」
「俺は、それをさせたくないッ!」
なんであれ、ハナが傷つく事が何よりも嫌だった。ハナは黒の魔女ではない。ただの、――女の子なんだとセインは想うから、それをさせたくなかった。
ハナが剣に手を伸ばす。
全身がガタガタのセインには、もうハナを捕まえていられる力がなかった。ハナは己の腕の中から離れていく。それが怖く感じたセインはハナの名を強く呼んだ。
「ファナぁ――ッ!!」
その声を受けて、ハナは改めて想うのだ。
(セインがあたしを護るから、あたしもセインを助けるんだ!)
ハナの手が短刀を掴んだ。
「あたしの血よ! 血魔術よ! マナを奪って見せろぉっ!!」
決意の咆哮と共に、黒髪が舞う――。握られた剣が煌めき、ハナの腕を切り裂いた。
鋭い痛みに歯を食いしばって、ハナは切った左の腕から鮮血を滲ませる。白の肌から零れた血液が、<重力>に引かれた時、マナの奔流が渦巻いた。
強烈なマナの嵐がハナにかけられていた<麻痺>を解き、<重力>を相殺していく。
太ももに入れていたスマホが熱をもっているように感じられた。
エメラルドの嵐が黒髪を躍らせて、ハナの血魔術が発動する。血が異世界のエネルギーを吸い込んで、奪う。根こそぎに吸い上げるその勢いにセインは悔しげにはいつくばって、その様を見ていた。
ゴウゴウと強烈な竜巻の中にいるような感覚だった。だが不思議なことに、まるで俯瞰で自分を客観的に見ているように冷静になっている自分が居ることも感じていた。
施設内に張り巡らされていた青生生魂の輝きもマナの吸引と共に光を失う。地下施設の明かりも、何もかもを奪い、そして――。
しぃん、と空間が治まった。<重力>ももうなく。殺人ブーツはボロボロになって何の光も発さなくなってしまった。周囲も一切合財のマナが失われ、明かりも消えた闇が、あたりを包み込んだ。
からん、と握っていた剣を落し、ハナは脱力してぼさぼさに乱れてしまった黒髪のまま、しばしぽかんとしていた。
これまでも、意図せずして血魔術を使った事はある。だがこうして始めて自分の意思で血魔術を使ったという事実が、少女を呆けさせたのだ。本当に、自分は『黒の魔女』なのだと改めて実感を持った瞬間だった。
「ファ、ナ……。ファナ……! 無事か……!」
後ろからセインの気遣う声が聞こえてハナははっとしてボロボロのダークエルフに駆け寄った。
「セイン、今すぐに回復させるから! ライフポーションがあったはず……」
自分の腰のカバンをまさぐると、先ほど入手したライフポーションが無事に収まっていることにほっとしてセインに使おうとした。
「お前の腕のキズを癒すのに使え……」
「何言ってんだ、セインのほうが重症だろ! いいから飲めって!」
だが、セインは頑として受け付けず、ポーションをハナに使わせようとしていた。
「このくらいのキズ、なんでもないよ。ポーションなんかなくても、すぐ直るから!」
「お前の身体に跡が残るのが嫌なんだよ。お前が使え……お前が、使って欲しいんだ。俺のキズはいずれヨナタンが治してくれるさ……。だがお前は魔法じゃ治せない……。俺も致命傷ってわけじゃないんだ。頼む、ファナ……」
苦しげにセインは告げた。切実な願いは、本当に本音だったのだろう。
セインの言葉に、ハナはそっと、セインのぼろぼろの身体を膝枕で抱いた。セインが笑む。そして、言う――。
「俺は、結局お前を護れなかった。……お前にキズなんかつけたくなかった。正直、情けなく思う……」
そんなことはない。ハナはそう思うが、今のセインに何を言っても、聞き入れなそうだと思った。ハナもなんとなくだがセインの気持ちは分かる。
男のプライドというものだ。ハナを結局傷つけた事を、そうしてしまった自分を赦せないのだ。
「すまん――。ファナ……」
ハナは言葉に何も出さず、セインを膝枕で支えながら、顔をおとして、青年の顔を覗きこんだ。黒髪がさらりと流れる。
「俺は――人を愛しちゃいけないんだ。好きな人を護れない俺は――愛するべきじゃない……」
セインは――かつて、両親と死別したと言っていた。
その死別がどういったものかは知らされてない。だが、セインにとって、それは己の無力を思い知らされた出来事だったのだろう。
好きな人をみすみす死なせてしまったという罪悪感が、彼にのしかかったまま、ここまでやってきたのだろう。
そして、ハナを護ると宣言した男は、愛する女性に傷をつけてしまったことで、いよいよ自分の価値の見積もりが低くなっていったのかもしれない。
「あたしは――セインのこと、護れたかな?」
ハナの言葉に、セインは「あぁ」と小さく声を出して、少しだけ首を傾けた。
「なら……あたしは……セインのこと――愛してもいい資格があるかな――」
暗闇の崩れた地下室で、その言葉がぽつりと反響した。
ハナの頬は赤くなっていたが、その表情は柔和だった。少しばかり恥ずかしげな表情ではあるが、セインにとって、それは可憐に映った。
「あたしが、セインのこと、もし護れなかったら……愛しちゃいけなかったかな――」
零れ落ちてくる少女の声は、ボロボロの疲れ切ったダークエルフには、暖かく降り注ぐ雨みたいに思えた。
心地よい声と、少女の甘い香り……これはアッシャの香水だろうか。とても心が安らぐのだ。
「……違うよな。……すまん、ファナ……」
追い詰められてた心が、ほぐされていくみたいに、セインダールは瞳を閉じた。そして、ハナの膝枕に頭を乗せて脱力して考えを改めた。
(――好きな気持ちには、資格とか……いらねえんだな……)
「いいから、さっさとポーション使え。疵痕が残るだろ」
「うん、あんがと」
照れ隠しみたいに話を切り替えてしまった。弱っているせいかもしれないが、ハナにこんなに容易く弱音を吐き出してしまう自分に戸惑いもあった。
セインの言葉を受けて、ハナはポーションを開け、くい、と飲む。すると、痛みが走りながら、腕の傷は回復していく。見る見るうちに疵痕はなくなった。
それを見て、セインはほっと安心して息を吐き出した。
「なぁ、ファナ。ちょっと耳、貸してくれないか」
「え。なに?」
妙に改まった声でセインが言った。見つめてくる表情も真剣だった。その顔に、ハナは少しどきどきしながら、何を打ち明ける気なんだろうと体勢を変えて、セインの口元へ耳を寄せる。
どうせ今は二人きりだし、態々ナイショ話みたいに話さなくてもいいようにも思うが、いいにくいことを伝えたいのかもしれない。
なんというか、二人の今の空気は、そういう空気に近しいから――。
ハナの女の子の心が妙にドキドキと高鳴りだしてきた。
傷だらけで少しつらそうな表情を真剣な視線で向けてくるセインは、なんだかとても色っぽくもあり、かっこよくも見えた。
「……ファナ……」
耳元でセインの小さな低い声が囁く――。赤い顔で言葉の続きを待っていたハナの耳を、セインがぺろんと舐めた。
「~~~~~~~っ!?」
あまりにも想像外の事をされて、がばっと頭を跳ね上げる。セインに対する抗議の声も出せないまま、舐められた耳を押さえて真っ赤な顔で瞳をくるくるまわして混乱した。
「な、なにっ、なんで、なんで舐めたっ!?」
それだけ言うのがやっとで、正直頭の中はなにがなにやら、整理がつかない。
「ツバ、つけなおし」
いけしゃあしゃあというダークエルフの言葉に、ハナは何が!? と更に混乱する。
そんなハナにセインがニっと笑って見せた。
何を笑っているんだこのエロガッパは、と内心でうろたえながら、ハナは特に何も言い返せない。普段なら手も出るところだが、それもない。
恥ずかしくて、くすぐったくて、ドキドキして、嬉しくて、不思議で、熱かった。
セインはシグマジャにハナを汚された事を言ったのだろうが、そんな事はハナにとってはもう宇宙の彼方にあった。
セインが悪戯っぽく耳を舐めた事が、どうしようもなく火照らせる。
「お前さ」
真っ赤になって、何もいえないハナを横たわったまま笑うセインが言う。
「耳、可愛いよな」
――だめだ。
これもう、あたし――ダメなやつだ――。
ハナは思う。もうダメだと。
(セインのこと、好きすぎるみたい……)
東雲ハナは、自分がどうしようもなく女の子だと、セインへの想いに『降参』する事にした。
私は、もう、セインダールが好きで堪らないのだと、強烈に思い知らされた。
そういうダークエルフの悪戯な笑みに、不良少女は、参ってしまうのであったとさ。
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