友情愛情、恋愛感情

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友情愛情、恋愛感情

 ――アイオリアでの人造人間との激戦から数日が経っていた。  あの後駆けつけたヨナタンとアッシャ、そしてアカデミーの教授であるモンテノーにより、二人は救助されセインはヨナタンの回復魔法で無事に回復するに至った。  とはいえ、シグマジャから受けたダメージはそれでなんとかなったが、ドーピングの副作用は暫くセインを苦しめた。  今はセインはマルテカリの教会の一室で身体を休めている状態だった。  休んでいるのは性に合わないといい行動しようとするセインであったが、ハナが看病に就くことで大人しくなった。  それでも病室で錬金術の本を読み漁っていて本当の意味で安静にはしていなかったが。 「イホテルートが手に入った以上、一刻も早くその成分を調べて、異世界転移の秘密を探る必要がある」  セインはそう言って、分厚い参考書や果ては神話学まで手を出して、異世界転移のヒントを探していた。  もっとも、その顔色が晴れない事から苦戦は続いているようだった。  地下施設で回収したイホテルートは、あの金魚蜂のツボに入れられたまま、虹川党が保持している。希少な植物であるイホテルートをアカデミーで調べてやろうというモンテノーの提案をセインが断ったからだ。  何とかセインは己の力だけでこの問題を解こうと奮戦していたが、それは病室のベッドの上では叶わない様だった。  ハナも日中はセインの病室で調べ物の手伝いをしていたが、まるで雲をつかむような話で本当にこの草で作ったポーションだけで異世界に移動などできるとは思えないでいた。  結局、碌な成果を上げられないまま、六日目の夜、宿屋の自室でハナはベッドに身体を投げ出して疲労の溜息を吐き出した。 「ふーっ……」 「御疲れ様です」  アッシャが飴玉を手渡して気遣ってくれた。  ハナは感謝を述べて、飴玉を口の中に放り込んで舌で転がしてやる。甘みと酸っぱさが入り混じった味で、レモン風味だった。そのままうつぶせ状態に転がって、枕を抱きしめる。 「セインダール、どうですか?」  アッシャが隣のベッドに腰掛けて、ハナを覗き込むみたいに訊ねた。施設から救い出した直後のセインの状態がかなり酷いものだったから、アッシャもかなり心配をしていた。特に、兄であるロカクを発見した時も、シグマジャに骨を砕かれて危険な状態だったから、その光景が重なったのかも知れない。 「身体のほうはもうほとんど大丈夫だと思う。今は念のためにって状態だから。アッシャも御見舞いにくればいいのに?」  アッシャはハナがセインの看病についてからまったくセインの病室にはやってこなかった。  アッシャとしては気を使っているのだが、二人はどうやら特に進展はない様子だ。 「せっかく二人きりなので、お邪魔するのも悪いかなと」  嫌味なく素直に配慮から出たアッシャの言葉にハナが思わず(むせ)る。危うく飴玉を飲み込みそうになってしまった。 「お邪魔って……! べ、べつにそういうのはなくて、看病とイホテルートの研究でさっ」 「本当に、何もないんですか?」 「本当に、何にもない! そもそも、セインってばここの所イホテルートのことばかりでさ。凄い剣幕で資料を読み漁ったりしてるんだよ。声もかけにくい感じでさ」  病室は教会やアカデミーから借りた資料でいっぱいになっていて、セインはそれを異様なまでに貪欲に読みふけり、そして取り憑かれたみたいに錬金術の研究に神経を使っているのだ。  あの地下室での二人の語らいなどまるでなかったみたいに、二人きりになったところで、セインがハナに何かアプローチしてくるとかはなかった。  もちろん、ハナもセインに対して研究の手伝いと看病はしても、それ以上のことは何もできなかった。……恥ずかしくなるし。 「だから、アッシャが見舞いに来たら、気分転換になるかなあって思ったんだけど」 「うーん、それはどうでしょうか……。ヨナタン様も人造人間(ホムンクルス)の件で教会関係者として忙しくされてますし、私がお茶を持っていってもひとくちもつけていなかったりしますから……」 「ヨナタンもそんな状態なんだね。どうりで誰も見舞いに来ないわけだ……」  みんな慌しく今後に対して動いているのに、自分は何をしているわけでもなく、セインの手伝いと看病だった。もちろんそれだって重要なことだとわかってはいるが、実はハナもそれなりに今回の事件で知りたいと思えるものが出てきたのだ。  それはずばり、『黒の魔女』そして『血魔術』に関してだった。  自分が血魔術を扱える『黒の魔女』という自覚が芽生え、なぜダレンがそれを狙うのか、黒の魔女とはどういったものなのか、血魔術はどのような存在なのか、知っておきたいと思うようになったのである。  合間などに教会の図書から『黒の魔女』の文献を必死に読んだりしたが、なかなかこれが大変だった。  そもそも読書が苦手なハナが、異世界の文字で書かれた文献などを解読することの精神的疲労はハンパないのである。  アッシャはアッシャで兄と面会したり、ヨナタンのサポートをしたりしていた。  また、ダークエルフの斡旋所で薬草ハンターの簡単な依頼(クエスト)をこなしたりとそれぞれに、想いが行動に移っていた。ハナもここ数日色んなことを考えるようになったのである。  口の中の飴玉が小さくなってきた頃、ハナは隣で香草辞典を読みふけっているアッシャを見つめていた。  ハナはアッシャにきちんと言わないといけないと思っていることがあったのだ。  これまで言おうとは何度も思ったが、どう切り出せばいいか、どう言葉を使えばいいかと悩んでしまって、踏み出せないままだった。 (アッシャは……セインの事をどう思ってるんだろ……)  アッシャのセインに対する思いは態度を見ていて伝わってくる。彼女は確実にセインの事を好いているはずだとハナは考えていた。  アッシャが自分の事を友達と認めてくれたことがハナにとっては物凄く嬉しい事だった。  友達は、分かち合うから友情が育まれていくのだ。だから、ハナの想いをアッシャにも知っておいて貰う必要がある――。  ――お前の耳――可愛いよな。  あの言葉が毎晩耳元で何度も繰り返される。すると、ハナは体温が高くなって胸の奥がきゅうきゅうと閉め詰められるのだ。そして脳裏に浮かぶあのセインの悪戯な笑顔――。  布団の中でスマホを取り出し、セインの寝顔を見つめると、もう心がドキドキとうるさくなってしまうのだった。 (あたしは――セインが好き――。誰にも、この気持ちは負けない)  もし――、アッシャもセインが好きなのだとしたら、この恋愛はアッシャと争わなくてはならないだろう。だけど、アッシャは友達だ。それを失いたくもない。でも、この気持ちを隠していくことなど不可能だ。友達だからこそ、きちんと言っておかなくては、確認しておかなくてはならないのだ。  ハナは、いつの間にか溶けてしまった飴玉の味を舌に残しながら、気持ちを整理し、そして、ベッドの上に起き上がり、アッシャを見た。 「アッシャ、ちょっといいかな……?」 「はい?」  ハナが妙に改まった調子で聞いてきたので、アッシャも辞典閉じて、ハナへ向き直った。御互いのベッドの上で正座の形で向き合う状況になった。 「あ、ああ、アッシャは、好きな人、いる?」 「ハイ、セインダールがスキです」 「ゴフゥ!」  間髪いれずに返答したアッシャにハナは吐血するように仰け反ってしまう。 「そ、その、もし……セインがアッシャのこと、好きって言ったら、どうする?」 「付き合います。結婚します。子供、産みます」 「ぐふうっ!」  そこまで言うかとハナは見事なまでの痛恨の一撃を喰らってしまった。  自分はどうだろう、セインが自分のコトを好きだと言ったら、そこまで言えるだろうか。それはいつかはそうなりたい、みたいな気持ちはあるけれど、アッシャみたいに真っ直ぐにハッキリとは言えない。 「もしかして、セインダールが私の事好きと言ったんですか?」 「言ってない! 言ってない!」  思わず声が大きくなってしまったハナは、慌てて口を押さえてトーンを落とした。 「そ、そうじゃなくってさ……ええと……その……」  ハナのしどろもどろな様子に、アッシャが丸い瞳をくりくりさせて覗き込んでくる。  そんな表情のアッシャを見て、思う。  ――アッシャは正直、めちゃくちゃ可愛い――。  ハナはそんな風に思う。確実に自分よりも可愛いことは間違いない。もしアッシャが自分の世界に来て街中をあるけば、百パーセントナンパされるだろう。ハナが歩くと、人が避けるわけであるが。 (アッシャが相手だったら、あたし絶対勝てない……。アッシャはこの世界の人間だし、なによりセインと同じダークエルフ……)  この世界の異種族間の恋愛は、以前にも聞いたがご法度なのだそうだ。エルフとダークエルフの間に生まれた子供は望まれない存在として処分されることすらあるという。  そうなれば、ハナとセインの恋愛もやはりこの異世界の観念的にNGなのではなかろうか。  思えば、セインはハナの事をどこか最後のラインを超えないようにと避けている節が見え隠れするところもあった。  セインはハナの事を性の対象として意識しないようにしているのかもしれない。セインからすればそんな事はないのだが、自分の内側でグルグル思考を繰り返すハナは前向きな考えがどんどん遠ざかっていくのである。  セインは、自分との恋愛を意識的にしないように考えているのでは、そんな想像がハナの脳裏に渦巻くが、明確な答えなど出てきはしない。 (でも――言わなきゃ)  順番を、間違えない。最も大切な事は――素直な気持ちをぶつけあえる関係なのだ。遠慮したり、世間体に負けて隠すような事を東雲ハナはしない人間のはずだと、己に言い聞かせた。 「アッシャ……あのね、あの……私もね……セインのこと、好きなんだ」  喉がからからで、かすれるような声だった。  でも、言えた。言ってしまった。これでアッシャとの関係が壊れてしまうかもしれない。セインの事で仲違いが始まってしまうかもしれない。  しかし、言いたい。言わなくてはならない。セインも、アッシャも好きだから。そして、不良で全てを嫌っていたはずの自分自身すら……今は好きになってきている。 「ご、ごめん。アッシャがセインのこと、好きなの知ってるんだ。でも、あたしももう、ダメみたいで……ホントに好きなの。セインが誰よりも好きで、こんなの初めてでさ、わけわかんなくなるくらいなんだよ……」  一オクターブは普段の声よりもあがってしまっているようだった。気持ちのスピードと頭のスピード、そして口が動くスピードが全部バラバラで、自分で何を考えて何を口走っているのか、思考が拾いきれない。 「アッシャのことは、本当に好きだ。友達だと思ってるし、これからだって友達だ。いつかこの世界から帰る日が来ても、アッシャのこと絶対忘れない。そのくらい、……ううん、それ以上、言葉で表せないほど、アッシャのこと好きだよ。アッシャが最近、変わったなって思っててさ。それで益々アッシャのこと、いいやつだって思ってる」  ペラペラと口が回る。なのに、頭の中は真っ白だった。何を伝えているのだろうか。アッシャの事を懸命に説明して伝えているが……。  ――そうじゃないよハナ、セインが好きな事を伝えなくちゃ――。  気持ちと口はシンクロしない。言わなきゃという思いが空回りして、ハナはアッシャにきちんと伝えきれないもどかしさに自分に嫌気すら差してきそうだった。 「アッシャの香水、ほんと、嬉しかった! 夢を見つけて一人前になろうって努力してるアッシャがかっこいいって思う! あっ、それに、可愛いと思う! 絶対あたしより可愛い! アッシャとオシャレな服着たりしたいって思う!」  ハナはもう視線に何も映していない。ぐるぐると視界が回って、何を言おうとしていたのかも分からなくなってくる。  どこに着地すればいいのか分からない言葉の結末がどんどん迷走していく――。 「だから……、いや……、でも……? ええと、つまり……」 「セインダールがすき」  ハナの困惑交じりの言葉に、アッシャがそうっと言葉を差し込んだ。とても清んだ声で、そして静かで、どこか寂しげだけれど、存在感はしっかりあるような、そんな声だった。 「でも、ファナのことも、私も、好き」  にこり、と笑んだダークエルフの少女は、今までのどの瞬間よりも可憐で、華麗だった。 「ファナがいつも、自分の身を挺して他の人のためにがんばっていること、凄く誇らしく思います」  不良少女だったハナの事を、誇らしく思うとまで言ってくれる人がいるなんて考えた事も無かった。  彷徨っていたハナの視線が上がり、アッシャの緑の大きな瞳と向き合った。その時見たアッシャの表情をハナは忘れないだろう――。  人の心は雑多なのだ。『好き』にしたっていい意味もあれば悪い意味もある。その言葉が優しくとも内側は寂しい想いを隠しているのかもしれない。  アッシャの表情は『優しげ』とか、『哀しげ』とか、そういうひとつじゃなかった。単純なひとつの顔をしていない。  切なさと嬉しさが綯い交ぜになり、暖かい胸の奥から少し冷えた隙間風も吹いていたような。泣いていたのか笑っていたのか、目の奥が揺れている。  それ以上は御互いに言葉がなかった。ただ、どちらからともなく、御互いに抱き留めあった。言葉じゃ言えない気持ちがあるんだと分かっていた。せめて心が見せ合えないなら、胸を重ねて鼓動を伝えよう。身体の温かさを伝えよう。失うかも知れなかった不安を分かち合おう。  二人の雑多な気持ちが、絡まりあって、そしていつしか溶け合った時、二人は思った。 (同じものを感じて、泣いて、笑って、怒って――友達になるんだ)  抱きしめあった二人は、御互いに気持ちを受け止めあって、鼓動を送り合った。 「ファナ、私はセインダールのことが好きだけれど、ハナの好きとはちょっぴり違うんだと思う」  そっと打ち明けたアッシャの言葉に、ハナはどういう意味が図りきれずに、ダークエルフの瞳をまじまじと見つめ返した。 「確かに、私はセインダールが好きだけど、……その気持ちよりも大きなものがある事に気がついたの」 「セインへの気持ち以上のもの……?」  アッシャはこくりと頷いた。 「自分の事、将来の事、世界の事……。私が生きてるこの世界がとっても好きになったの」  アッシャは輝く瞳でえくぼを作って笑っていた。  この笑顔をハナは見たことがある。アッシャがセインに褒められた時の顔だった。この世界の一員なのだと認められた喜びが、アッシャを煌めかせていた。  アッシャは、セインダールに恋をしていたが、それは少し違う。  セインダールを媒介に、世界に認められた瞬間、彼女はこの世界に恋したのだ。 「私、セインダールのことは好きです。でも、それよりももっと自分のコトを信じていられるこの世界が大好きになったんです」  暗黒の炭鉱のなかで育ってきた少女は、エルフとの格差にカーストの最底辺で生きること強いられ、自分自身の価値をないがしろに考えていた。  受身であり続ける人生の灰色さといったらなかった。  しかし――、虹川党がアッシャと出会ったとき、自分に何ができるのかを教えられた時、今まで居た世界など、何の意味もなさないのだと知ったのである。下らない学校のカースト制に順番付けられた学生が、社会に出たとき井の中の蛙でしかなかった事を思い知るように。世界は居場所を作ろうとして始めて、己に答えてくれるのだと分かった。 「セインダールが自立して、虹川党で活躍している事や、医学や錬金術知識に長けている事に憧れていました。そんなセインダールが言ったんですよ。ファナがいたから変わったんだって」  ダークエルフがこの世の中で認められることは難しい。それを知っているダークエルフは誰もが死んだ瞳をしているものだ。だがセインの金の瞳はそうじゃなかった。だからアッシャは惹かれたのだ。そして、セインやハナと共に行動して分かった。セインダールというダークエルフがどうしてこうも世界に向き合っていられるのか。 (セインダールは……ファナと一緒にいる時が一番、雑多な色になるんだ)  だから、アッシャはハナとセインが生み出す鮮やかな世界のその先をみたい。世界がこんなにも美しいのだと、色付けしてくれた虹川党の面々が愛おしいのだ。 「じゃ、じゃあ……えっと、つまりアッシャはセインのこと、好きだけど、恋愛感情じゃないの?」 「いえ、セインが好きだといってきたら、付き合いますし、結婚しますし、子供も作ります。三人くらい」 「げぼっ」  なんだかさっきよりも具体性が増したアッシャの言葉にハナはいよいよ吐血しそうになる。結局アッシャがセインのことをどう考えているのか、ハナには計り知れないのであった。 「あ、あたしも、セインのこと、好きなんだよっ」 「はい。でもセインダールが私の事を好きと云った場合なら、ファナがどれだけセインダールを好きでも、セインダールは私が好きで、私もセインダールが好きなんですから、ファナの想い人だからと身を引いてしまったら、誰に対しても不誠実だと思いませんか?」  アッシャの冷静な言葉はまさに正論で、また筋の通った話だった。  流石にハナも混乱気味の頭をはっとさせて、アッシャの言葉に頷き返した。  ――その通りだと思ったのだ。  自分の気持ちと相手の気持ちが重なり合った時、相手を好きな人もいるから身を引く、というのは、誰に対しても不誠実に思えた。  それが友達相手なら尚の事だ。だから、きちんとアッシャに対してセインが好きだという事を告げようと決意したのだから。大切なのは、自分の気持ちをきちんとそれぞれに伝える事だ。誠実さが、友情と愛情を支える最後の綱であると、ハナはアッシャの言葉で理解させられた。  そんなハナに、アッシャは柔和に笑み、またあの雑多な色の表情でハナを見つめた。 「だから、ファナがセインダールの事を好きなのだと、私に伝えてくれた事が、とても誇らしいんです。私、ファナの友達なんだって、いま本当に……感じてます」 「アッシャ……」  告白すれば友情が壊れると思っていた。なのに、アッシャは気持ちを伝えてくれた事に友情を感じてくれた。それがどれほどハナの心を救った言葉か、アッシャには理解できただろうか。  アッシャの想いもまたひたむきなのだとよく分かった。  恋愛をするのだから、心がぶつかり合うのは当然だ。大切なのはぶつかり合いを怖れずに、真っ直ぐに何に対してぶつかっていくのかを知っておく事だと、ハナは教えられた。 「ファナもセインダールが好きって言ったら付き合うでしょ? というか、もうそういう関係になっているのだと思ってました」 「ま、まだ、そういう関係じゃないけど……でも、セインってほら、すけべだし……悪戯っぽいとこあるしさ。変なこと、してくるとき、どうしていいかわかんなくなる」  セインが好きだと言って来たらと考えると、真っ赤になってしまう。もちろん、男女の関係に結ばれたい想いは着々と膨らんでいるが、ハナはこれまでそういったものに無縁すぎて、あまりにも対応に困ってしまっていた。時折セインのしてくるセクシャルハラスメントにもドキドキしてしまうし、付き合ったとしてもその先のことなんて中々考えられない。ただ、セインが好きという気持ちだけが膨らんでいっているのだから。 「へ、変な事って、何したんですか!? キスはもうしたんですよねっ! じゃあその先……」  赤くなってしどろもどろになっていく黒髪の少女の言葉に、アッシャもそれなりに年頃の女の子であるわけで、思わずとんでもない妄想が広がりだしていく。セインダールとハナの関係は付かず離れずと言った物だと思っていたが、誰もいないところではやる事はやっていたのだろうかと、アッシャも頬を赤く染め出す。 「い、いやっ、耳を舐められただけだよっ! ちょっと事故で胸を触られた事もあったけど……」 「む、胸を触られながら、耳、舐められたんですかっ……! それって凄く……」 「ち、ちがう! 状況が違う、別っ! 胸と耳は別々の話ーっ」  深夜のガールズトークはなにやら方向性がズレだして、どうにもこうにも乙女の純情なハートをドキドキさせてしまうものとなっていった。  赤い顔をしてハナはアッシャの妄想を否定しながら思うのだった。 (アッシャでよかった――)  友達になってくれたのがアッシャでよかった。アッシャは恋への向き合い方を教えてくれる。女の子同士の仲間なのだとハナは尊く思ったのだった。  アッシャも、ハナとセインの関係が続いていくようにと願っていた。  きっとこの二人の作る架け橋こそが、『虹』になるのだろうと信じていたから――。  それでもアッシャは、セインに告白されたら絶対に付き合うというスタンスをハナの前で見せ付けてやるつもりだった。 (だって、こうでもしないと、ファナとセインダールは進展しなさそうなんだもん)  ハナを焚き付けてやるつもりで、アッシャは少しだけ意地悪く舌を出した。不器用な二人がどうにも愛おしい。そう気が付いた。  黄土の沼を歩いていた時に感じた、あの奇妙な感覚の正体は、これだったのだ。  セインを想う気持ちにウソはないが、ハナとセインがうまくいかない事のほうが、嫌なのだと分かった。  この二人の化学反応があったから、自分はこうして世界を認めたのだと知っている。そして、この先、きっとよりよい未来が描かれていくと信じている。  セインダールとハナを見ていると、そんな風に思えてくるのだ。 (セインダールを好きになって、良かった――)  少女たちの夜は、暫しそのままガールズトークに花が咲き、続く事になるのだが……それはここでは控えておこう。彼女達の為に。
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