イヒャリテという街の魔法屋

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イヒャリテという街の魔法屋

 翌日、ハナは下山して川沿いに下って行った。  セインが貸してくれた外套とブーツは大きくて、ぶかぶかのブーツをきつく縛ってなんとか履きこなした。  歩くとガポガポといってしまうのが格好悪いがスリッパよりはマシだった。  外套もかなりサイズが大きく自分の全身を頭からすっぽりと覆える。だが、これは助かる部分もあった。  それはハナの黒髪を隠せる事だ。 「その髪は絶対に人に見せるな」  セインはそれだけを注意しろと厳しく言い聞かせてくれたのだ。  どうやら、『黒』と云うのはエルフ達にとってあまり良い色ではないらしく。ハナの黒髪にいい印象を持たないだろうという事だった。  ハナは外套のフードを目深に被り、髪を見せないようにする。  それに外套の下は高校の制服だった。異世界の服装ではそれこそ注目の的になってしまう。それも隠しておけるセインの大きな外套は一石二鳥と考えられた。  川を下っていくと、やがて畑や農場が見えてきた。  その更に先には人家が見えてきて、次第に人の行き来が盛んになる通りへと辿り着く事ができ、そして辿り着いたのはイヒャリテの門だった。 「ここがイヒャリテ……エルフの町か」  大きく開かれた扉は旅人を歓迎し、この地がそれだけ治安がいいのだと示すようだった。  しかし、ハナは知っている。  その治安の裏側にある闇を――。  石畳の上を歩み、少女はその門をくぐり抜けたのだった。    **********  ――数時間前。  セインはハナに金を手渡しながら、こういった。 「おつかいをしてきなさい」 「……え、一人で?」  突然の話にハナはきょとんとしてセインを見上げた。 「俺はイヒャリテには行けない。理由は分かるな?」 「あ、うん」  ゴズウェーと呼ばれるダークエルフのセインが、エルフの町に入る事は悪意をぶつけられる事になるのだろうと考えたハナは、コクリと頷く。 「お前には、いくつか調達して来て欲しい物がある。リストはこの紙に書いている、十分な金も入っている。あまりはお前の好きにしろ。服を買っても良いし、クツを買っても良い。装備も整えられる程度にはあるはずだ」  セインの渡してくれたリストは、こちらの世界の文字だが、ハナはもうその文字を解読できる。  ざっと見たところ、錬金術の素材に、魔法の巻物などだった。  受け取った金貨袋はずっしりと重く、十分な量が入っているように思った。 「いいのか? 結構な金額なんじゃないの……?」 「お使いの給料だと思えばいい。俺は街に入れないからな。お前のような人間がいると助かる事もあるんだ」 「つか、セインって結構金持ってるんだ?」 「商売相手が商売相手だからな……」  ……あまり綺麗な金とは言えないものではある。違法な手段で蓄えた金なのだから。  だが、それを咎める事など、ハナにはできない。言う権利もない。  金貨袋の重みが、また別の重さを持ったようにも感じた。 「なぁ、セイン。あんな奴らを相手にするのはやめにできないのか」 「……生きる為には、がむしゃらになるしかない。俺はこれ以外の生き方を知らない」  生き方を知らないんじゃない。選べないのだ。セインはそう言っているのだろう。  でも、ハナは思うのだ。  今はそうでも、きっと後で疲れてしまう。変わりたい、戻りたいと思うとき、積み重ねた業だけ、それは困難になるのだと。  セインには、あんな奴らと関わるのはやめてもらいたい。  だが、異世界から来た自分が、この世界の社会で苦しむ種族差別からのしがらみをどうこう言えるだろうか。  セインに、闇稼業を辞めろと言ったところで、なんの説得力も無い。 「……ところで、リストの魔法の巻物ってなんだ?」 「ああ、魔法が封入されている巻物だ。マナが無くてもその巻物を使えば、封入された魔法を誰でも使える代物だ。欲しいのは<冷気>の魔法が封入された巻物だ。冷凍保存している素材の管理に使っているが、予備がなくなってきている」 「冷蔵庫か」  地下室にある金庫の中に冷蔵された様々な素材が詰め込まれている事を知っていたが、あの冷気は魔法の巻物で作っていたのかとハナは合点がいった。 「魔法屋にいけば扱っているはずだ。それから、お前が知りたがっている召喚魔法の話もある程度聞けるとは思う」 「そうなんだ! 魔法大学まで行かないとダメなのかと思ってた」 「いや、まぁ……あまり期待するな。所詮町の魔法屋店員程度で分かるような問題ではないとは思うんだ。お前の問題の場合」  ハナがパっと表情を輝かせた事に、セインはばつが悪そうに表情を曇らせた。変に期待させても悪いと思ったのだろう。 「セインは、ポーションのことは凄く詳しい錬金術師だよな? 私の飲んだ物がポーションだった可能性は高いって言ってたから、もしかしたら、セインが私の問題を解決できないかなって思ったんだけど、ダメか?」  ハナの希望的観測であるが、態々遠くの魔法大学まで行って解決できるかどうか不明な召喚の話を聞きに行くのよりはと考えていた。 「俺の知識なんてたいしたものじゃない。俺程度の錬金術師なんてゴロゴロいるしな」 「でも、この世界で信頼できるのは、セインしかいないんだ」 「……まぁ、努力は……するけども……」  期待するな――とは言いたくないセインであった。    **********  ハナは一人で始めてこの異世界を歩き回る事になったわけだが、イヒャリテの町は想像したよりも活気があった。  エルフの町と聞いて、どこか牧歌的な印象の町を想像していたのだが、大きな建物に整地された道路、軒には店が色々とあって、子供から老人まで賑っているようだった。 「……でも、迫害はあるんだよな……」  見えていない暗部では、ダークエルフの迫害があり、奴隷とされている人々も居るのだろう……。  美しい町並みを、ハナは素直に見る事は出来なかった。  まずはセインのおつかいから済ませようと、リストの中の素材を買いまわる事になったハナは、雑貨店に入る。  雑貨屋は雑貨屋だけあって、雑多に物が陳列してある。  陶器の食器、ランプ。中古品らしき服やクツ。鎧や兜があるかと思えば、薪とか藁なんてものまである。いくつかポーションも置いてあった。 「え、と。レ、ム、リ……ア、リー……フ」  店の中はごっちゃりと色んなものが置いてある。買わなくてはならない素材の名前しか分からないので、ハナは想像以上に目的のものを見つけるのに苦労する。  ハナがあまりに、挙動不審だったのか、品物とにらめっこをしているので、カウンターの店主が怪しそうにハナをジロリと見ていた。 (万引きでもするかと思われてンのかな……)  ハナは、現代社会の頃の事を思い出す……。  すでに不良として悪名が轟いていた中、入る店ではすでにマーキングされていた。  店員の目が突き刺さる。お前を見ているぞ、と。  だが、ハナは不良としてケンカに明け暮れはしたが、万引きは一度だってしたことはない。  しかし、地域に東雲家の娘は不良なのだと広まっていた。盗みをしてもおかしくないと、周囲の目が告げるのだ。  今のハナの格好も目深にフードを被り、大きな外套で全身を隠している。  相手からすれば怪しさ抜群だろう。  あまり怪しまれるのは、プラスにならないとハナは考えて、結局自分から店主の下へ歩み寄った。 「ごめん。レムリアリーフって薬草、かな。探してるんだけど、ある?」  店主がフードの中の顔を覗き込もうとギョロリとした目でハナを値踏みした。 「……あるけど、金はあるのかい?」 「うん。三束くれ」  そう言って、ハナは金貨を差し出す。その瞬間、店主ががっしりとその手を捕んだ。  ハナは心臓が跳ね上がるかと思った。完全にこちらを疑っている動きだと思ったからだ。  店主はハナの掴んだ手をマジマジと観察して、手を離した。 「ああ、すまん。ゴズウェーかと思ってね。白い、綺麗な手だね。レムリアリーフだろ、ちょっとまってな」 「…………」  店主はそう言ってカウンターの奥の戸棚を引いて紅い草の束を三つ、カウンターに並べた。 「悪かったよ。でも、そんなマントで姿を隠してるから、疑っちまったんだぜ」  無言で紅い薬草を受け取って、お金をカウンターに置く。  ハナは代金を支払って、店を出るまで言葉が吐き出せなかった。  吐き出せば、怒鳴りつけてしまいそうだったからだ。  だが、ここで喚いたところで何にもならない。セインのおつかいが出来なくなってしまう可能性すら生まれてしまう。それは避けたいところだった。  店から出たハナは、大きく息を吐いて、空を見上げた。 (こんなの、息もできない――)  セインがイヒャリテと接点を断っている気持ちが理解できた。  いや、理解できたなどおこがましいかもしれない。自分が感じたあの疑いの視線など、セインに向けられたものより何百倍も軽いものだろうから。  美しい町の(いびつ)さに、ハナは叫びたくなって空を仰ぐ。  だけど、心にうずまく不快感と共に、その絶叫を閉まっておかなくてはならない。 「ふう……」  気持ちを切り替えよう。今はセインの役に立ちたい。それだけを考えるのだ。  ハナはリストをもう一度見て、次の素材を求め歩き出す。  賑う町並みの中の視線を振り切るように。  無駄に怪しまれないため、わざと足を露出させて歩いた。  マントから白い脚が覗けば、怪しんだ視線が引いていくのが分かる。 (……エルフの歴史か……少し、気になってくるな。どうして、ここまで色を気にするのか――)  考えてみれば、セイン以外とはこの世界の住人とまともに会話をしていない。  せっかく、こうしてエルフの街にやってきたのだから、様々な話を聞くチャンスでもある。  魔法屋……そうだ。魔法の巻物を買って、そこで魔法の話も聞きたいし、そこで色々とこの世界の事を訊ねて見よう。  そう考えたハナは、多様な店が構えるメインストリートを進んでいく。  食肉店や、野菜、魚を扱う屋台。  立派な店構えをしている宝石屋、その隣には高級そうな衣服やドレスを扱っている洋服店。  ハンドメイドの装飾品を売っている行商人……。 「賑ってるんだなー」  どの店も、店員と客が笑顔でやりとりをしているのが見えた。  活気のいい商店街を抜けるように、街の奥へ進んでいくと店が並ぶ中に大きく『魔法店・ドナテリ』と書いてあるのを見つけられた。  看板はネオンの様にきらびやかに光っていた。その光は、セインが見せた<照明>の魔法に似ていた。 「これ、魔法の光か」  ハナが看板に感心して、店の方へと目を向けると店構えも立派で、他の店より大きい。  他の店は木造建築であるが、魔法店は石材で作られていて、少し鉄筋コンクリートの建物を想像させる。とはいえ、現代社会のビルのように味気ないわけではなく、石壁とそれをつなぐ粘土が不思議なコントラストを見せていた。  また店の周りには噴水があり、絶え間なく水の音を響かせる。 「すげー、なんかテーマパークのアトラクションみたいだ」 「ステキな店構えでしょう」  店の前でぼんやりと口をあけたまま眺めていたハナに、ふいに声がかけられた。  ハナが声のした方へ振り向くと、長身のエルフがこちらに笑顔を向けていた。  身長百八十センチ程度の、エルフとしては並の身長に青の瞳、黄金の髪は長く伸びていて、外国人モデルのように見えた。  長い髪は後ろで束ねられ、ポニーテールにされていて、顔立ちは端整。長い睫毛に光るアクアマリンのような瞳は女性の様にも見えたが、その声から察するに男性で間違いないだろう。 「あ、うん。すごいね。夢の国の建物みたいだ」  ハナは千葉にある『東京』と名づけられた某テーマパークを指して言ったが、相手は言葉そのままに受け取ったらしい。 「フフ、ロマンティックな事をおっしゃるのですね。ありがとうございます」  ニコリと笑ってハナに丁寧にお辞儀までした。明るいグリーンのローブがふわりと舞うようで華麗であった。  言い方からしてこの店の人間だろう。ハナも軽く会釈して、おつかいの魔法の巻物の事を聞いてみようと思ったのだった。 「あの、私……魔法の巻物を買いに来たんだけど。冷蔵庫につかうやつで……<冷気>が封入してるやつ……あるかな?」 「もちろん、ございますよ。ご案内しましょうか、お嬢さん」  セインよりも高い声だが、その物腰の紳士さと落ち着きが、ハナにはちょっぴりむず痒かった。こんなタイプの男性とはあまり会話したことがなかったからだ。  見た目二十歳ほどのエルフは、先導するように店の扉を開いた。 「じゃあ……お願いします」 「かしこまりました、こちらでございます」  男性に導かれて店の中に踏み入ると、広い店内はきらびやかに飾られていて、ハナが生まれて初めて目にするものばかりだった。  薄紫に淡く光る鉱石、長い木の枝のような杖から、黄金の装飾が施された鉄杖。少々不気味な印象を抱かせる骨で作られた装飾品……。 「うわー、ハリポタみてー」 「はりぽた?」 「や、コッチの話」  苦笑いで返すしかないハナは、店の色んなアイテムにキョロキョロと目を奪われながら、店員についていく。  店の中は他にも店員が数名に、客もいた。  客の中にはハナのように大きな外套で身を覆う人もいたし、厚い布で作られたローブに身を包む老人もいた。魔法使い、という印象そのままだった。  その人たちを見たハナは、ああ、今の自分も魔法使いっぽくみえてるのかもしれないと考えて、少しだけ落ち着いた。馴染んでいるように見えていれば、怪しまれはしないだろう。 「こちらです」  エルフの店員がハナを案内したコーナーに、書物や巻物が並んでいた。  店員の白い手が示す巻物は<冷気>が封入している巻物で間違いなさそうだ。 「ありがとう。これは買っていくよ」 「かしこまりました。店員に対応させますので、少々お待ちいただけますか」  エルフの男性はそう言い、近くの店員を探し始めた。 「え、あれ? もしかして、店員さんじゃなかったのか?」  ハナは少し慌ててしまった。態々ここまで対応してくれたのに、店員ではなかったとしたらなんなのだろう。 「あ、坊ちゃん! すみません、後は私が」  今度こそ店員と思しきエルフの女性が、『坊ちゃん』と呼ばれた案内人から仕事を引き継いだ。 「ぼ、ボッチャン?」 「ああ、すみません。私は店員ではないのです。店は父が経営しているんですよ」 「へ、へー? こんだけ凄い魔法の道具の数々だから、大した魔法の知識を持ってるんでしょうね」  ハナは目の前の『坊ちゃん』に魔法の事を聞いてみようかと思っていたが、単なる魔法屋の息子だったかと肩透かしを食らった気分であった。  これだけの大きな魔法屋ならば、召喚魔法の知識にも長けているかも知れないと期待していたからだ。  だが、坊ちゃんは困ったように笑った。 「いえ、父は魔法の才能はほとんどなくて。経営の能力はずば抜けているのですが……恥ずかしながら、この店の商品はほとんど私の作品なのです。私に商売の知識がまったくないので父に頼っているのですよ」 「えっ!?」  流石にハナは驚いた。目の前の青年は二十歳前後といった若さであったし、これだけ多数の魔法道具をこの青年が生み出しているのかと感心したのだ。 「申し送れました。私はここ、魔法屋ドナテリの魔法職人、ヨナタン・ヒュージィ・ドナテリ・ジュニアと申します」  もう一度、緑のローブがふわりと舞った。    **********  魔法の巻物を購入し、店を出たところで改めてその店構えに、ハナは感嘆した。 「はぁ~。すごいな、魔法がある分、科学は不要なのか……。こっちの世界で言うなら電気屋さんみたいなもんかなー?」 「はて、こっちの世界、とはどういう意味でしょうか?」  油断していたところに突如声をかけられて、ハナは呼吸が止まるかと思った。  声の方を見ると、入店時同様に、店の脇でヨナタンがたたずんでいた。 「あっ、いやっ、なんでもないんだ。ゆ、夢の国みたいだなーってことだ!」  苦し紛れな言い訳であったが、ヨナタンはゆったりと微笑んでくれた。 「フフ、やはりあなたは面白い方ですね。一目で、私をクギ付けにしただけはあります」 「な、何言ってんだっ!?」  ヨナタンが思い寄らぬ告白をしてきたので、ハナは思わず紅くなりながら慌てて距離を取ってしまう。もしかしたら、黒髪を見られたのかもしれないと警戒も抱いた。 「いや……だって……、あなたのそのクツ、ブカブカですし外套もサイズがあってないというか……面白いですよ」 「う……。しょうがないだろ、これは借り物なんだから」 「おや、てっきりあなたのセンスでわざとそういうコーディネートをしているのかと……」 「んなわけあるか!!」  このヨナタンが商才がないというのに、少し合点がいった。おそらく、彼は天然だ。一応お客だった相手に対して、面白い格好など言ってしまうその口。本当に嫌味なく、面白い格好をしていると褒めていたつもりなのだろう。ファニーではなく、ユーモラスだと感じ取った彼のセンスも少し疑ってしまう。 「いやあ、すみません。私、そういうファッションは疎いもので。今の流行はそうなのかと思ってしまいました、あはは。……すみません」  恥ずかしそうに笑って黄金のポニーテールを揺らす青年は、ハナに頭を下げて改めて謝った。 「……よろしければ、お詫びに食事でもいかがですか。すぐそこにお勧めの店があるんですよ」  口調に彼の天然さが滲んでいた。マイペースとも思える。悪意も感じないが、どうにもつかみどころがない青年の調子に、ハナは少し戸惑った。  しかし、彼が魔法の才能を持っている事は分かっていたし、話をしてみたい気持ちもあったのだ。  まるでナンパにホイホイと着いて行くようで、もやもやとした思いはあったが、彼の天然な笑顔を見ていると、勘ぐりすぎるのがバカバカしくも思えてくる。 「……シノノメ・ハナ」 「……え?」 「私の名前。自己紹介してなかったろ」 「スィノ……、変な名前ですね?」  ……セイン同様に、発音しにくいらしい。そして、やはり悪気無く言ってしまうヨナタンにハナはデジャヴを感じざるを得なかった。 「ファナでいい。えーと……ヨナタン、でいい?」 「ええ、『坊ちゃん』よりは何倍もいい」  にこりと笑う彼は、優しい表情でハナに手を差し出すのだった――。
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