ヨナタンというエルフ

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ヨナタンというエルフ

 ヨナタンに連れて来られた店は大衆酒場のような小さい店だった。  席に通されてメニューを見ると、ハナも時間をかければ読めなくは無い。  だが、メニューを見ながら「チ、キ、ン、ソ、テ、エ」といつものように拙く読んでしまえば、ヨナタンはいぶかしむのではないかと思った。  なので、ヨナタンに任せると告げてハナは料理をまったのだった。  ヨナタンは「いつもの二つ」と注文したので、ハナには何が来るか分からなかったので期待と不安を抱いていた。店内を見回せば他の客も数人入っていて、昼間だが酒を飲んでいるものもいたし、パスタのような細めんをガツガツと食べているエルフもいた。  いざ料理がくるとパイ生地の上に色んな具材が乗った、見た目ピザの料理が出てきてハナはテンションが上がった。 「うまそー!」 「美味しいですよ」 「あ、言っとくけど、奢って貰うつもりはないからな。きちんと金は出す」  先ほど、ヨナタンが「お詫びに」と言っていたのを思い出して、ハナは一言断った。  奢って貰うような関係とは言えないし、奢ってやったからと恩を着せられても困ると思ったからだ。 「え、しかし……」  ヨナタンは奢るつもりで誘ったのだから虚をつかれたようで目を丸くした。 「いーから。そんじゃ、いただきます」  言い訳されるのもめんどくさかったし、今目の前のピザにハナの興味は注がれていた。ヨナタンの言葉を遮って皿に手を伸ばした。  ピザもどきのアツアツのパイ生地をつまみ口に運んでパクつく。  やはりピザのようで、酸味のあるソースにチーズが絡んで、まろやかな味付けをしていた。  乗っていた具材は何かの肉だろうが、ハナには分からない。だが、味はピリリとした辛味があってコショウを練りこんだようなハンバーグの薄いタイプが乗っかっている。 「おー、うまいな。これ、いいよ、ヨナタン」 「ふっ、ふふっ。それなら良かったです」  本当に美味しそうに頬張るハナを見て、ヨナタンは噴き出した。  そして、ヨナタンも自分の皿のピザもどきにナイフを入れて一口大に取り分けてから、フォークで口に運んだ。  それを見て、ハナは(げっ、そういうマナー?)と手づかみで食べてしまった事を恥じた。  ピザは手づかみで食べるものだと先入観があったためだが、ここは異世界でこれはあくまで『ピザもどき』である。  ナイフとフォークで食べるものだったのかもしれない。  そっとフォークに手を伸ばそうとしたが、それを見とめたヨナタンがニコリと笑った。 「良いんですよ。食べたいように食べるのが、料理です」 「……良い事言うじゃん」  少し恥じらいを残しながら、結局ハナは手づかみで『ピザもどき』を完食するのだった。    **********  ハナが美味しく平らげてから、ヨナタンは柔らかい表情のまま、質問した。 「結局、食事中でも、そのフードは脱ぎませんでしたね」 (……!)  しまったとハナは表情を固めた。  確かに、食事の場でもフードを取らないのはかなり怪しい。  かと言って、セインの忠告を無視するわけには行かない。  ――黒髪を見せるな――。  エルフには黒に対していい印象をもたない者が多い。  服装程度ならなんとでも言えるだろうが……肌の色を気にする差別社会の住人に黒髪は禁忌である可能性は高い。 「すみません。出来る事なら、あなたの顔を拝見したかったのですが……無礼な事を言いました」 「ゴメン。……顔に大きなキズがあってさ。見せたくないんだ」  もし、顔を見せろと言われたときの言い訳を考えていた。こんな形で使うとは思っていなかったが。 「無礼を重ねて申し上げますが、私で良ければキズを癒すこともできるかもしれませんよ。私の専攻は回復魔法なんです」 (うげ、魔法! まいったな、クソ。なんて言い訳すれば……)  ハナがどう応えようか悩んでいると、ヨナタンが申し訳なさげに(まぶた)を閉じて謝罪した。 「すみません。デリカシーの無い事を言いました。お気を害したのならば改めまして、謝罪いたします」 「……いや、謝んないでいいよ。その事はもういいからさ、ちょっと魔法の話聞かせてよ」  悪い人ではないが、やはりフードを取るわけにはいかない。彼には悪いと思いながらも、ハナは話題を変えるべく魔法の事を聞きだそうとした。 「さっき、回復魔法が専攻って言ってたけど、召喚魔法はどう? 私、召喚魔法に興味があるんだ」  暗くなりかけた空気を改善すべく、若干無理やり明るめに声を出して、ハナはヨナタンに聞いてみた。 「召喚魔法も扱えますよ。これでも大学は出ていますから、一通りの魔法は抑えているんです。専科が回復魔法なだけですから」  ヨナタンは、やはり柔和な表情で応えてくれたので、ハナはほっとした。 「大学って、えーと、クエストランの?」  セインが前に教えてくれた魔法大学があると言った都の名前を出して聞いてみた。 「ええ、そうです。召喚魔法を習得したいのですか?」 「や、習得っていうか……色々話を聞きたいんだけど……召喚魔法って他の異次元から生き物を呼び出したりするんだよね?」  聞きたい事は唯一つ。自分の世界への帰り方……。  だが、自分が異世界人だとは今のハナは打ち明ける気になれなかった。  この世界には人種差別がある。それもかなり深い溝を作り出すほどの。  同じ世界の住人同士ですら差別があるのだから、異世界人などどれほど嫌悪されてしまうのか想像もできない。  だから、自分が異世界から来たことは伏せて、質問をしていかなくてはならないのがもどかしい。 「召喚魔法で呼び出された生き物は、どうやって元の世界に帰っていくの?」 「……なるほど。ファナさんはまだ召喚魔法を見たことが無いのですね」 「えっ? あ、うん……」 「では、ご覧いただいた方がよろしいかも知れません。御時間をいただけるならば、私のラボまでいらっしゃいませんか。召喚魔法を見せて差し上げますよ」  一考した。果たしてついていくべきかと。  しかし、またとない機会かもしれない。  知らないでいることより、なんでも知っておくべきだと考えたハナはヨナタンについて行く事にしたのだった。    **********  ヨナタンのラボは魔法屋の更に先の狭い通路を過ぎた先だった。  そこは店が立ち並ぶメインストリートからはずれ、閑静な住宅街といった趣の中にあった。  研究所(ラボ)とは言っているが、ヨナタンの自宅らしい。素直な作りの木造の家でセインの小屋より多少広い程度であった。  ラボ内は本や不思議な鉱石、作りかけの杖や魔法の巻物が散らばっていた。  部屋の隅にはベッドが置いてあったが、その上に脱ぎっぱなしの服が散らかっていたし、キッチンと思しきところはゴチャゴチャとした生ゴミがぶちまけられていた。 「……きちゃない」 「いやあ、すみません。どうも整理整頓が苦手というか……魔法の事に没頭すると他の事をいい加減にしてしまうんです……お恥ずかしい」  ハナは顔をしかめながら、家にあがりヨナタンの誘導のままに部屋の一角にある小部屋に案内される。  そこはおそらく魔法の実験場なのか他と比べればスッキリしていて、部屋の中央には何やら物々しい作りの台座が設置されてあった。  台座の上には巻物が広げられていて、作業途中のように見えた。 「ここで、巻物に符呪しているんです。あなたが買った<冷気>の巻物もここで作ったんですよ」 「へえ……やっぱすごいな」 「さて。それでは丁度ここに一枚の巻物(スクロール)がありますので、これに最も簡単な召喚魔法の<霊魂召喚>を符呪します」  台座の前でヨナタンが巻物に両手をかざす。すると、ヨナタンの両の手が淡く紫に光る。  ハナはじぃっとその光景を見て、気がついた。  光っているのは、厳密には手のひらの血管のようだった。つまり、血液が光を放っているのだろう。  この世界の人間にはマナとよばれるマジックパワーがあり、それは血液に含まれているというセインの解説に、なるほどとハナは改めて頷くこととなった。  ヨナタンのマナに反応して、台座に飾ってあると思われた、薄紫色のガラスだか水晶だかのような透き通ったの鉱石が光り始める。  すると、その光が巻物に集まっていく……。  まさに幻想的、ファンタジックだった。  そうして、光が消滅し、ヨナタンは台座から巻物を取り上げる。 「はい、完成です。これが<霊魂召喚>の巻物になります。お使いください」 「え、いいの?」 「ええ、大したものではありませんし、実際に経験してみるがよろしいでしょう」 「うん……それじゃあ」  ハナはヨナタンから巻物を受け取り、そのまま硬直する。  使い方が良く分からなかったのだ。 「えと、どうしたらいい?」  ハナがおずおずと訊ねるとヨナタンがハナの傍にそっとよりそって、巻物を握る手をとった。  細く白い……けれども大きな指がハナを包むようにすると、ヨナタンの体温がそっと感じられた。 (暖かい……魔法を使ったばかりだから?) 「そこのベッドの上で構いません。ベッドのほうへ巻物を向けて、広げてください」  耳元でそっとつぶやくように優しい声がするのが、なんだか恥ずかしい。  ハナは少し赤らんで、言われるままに巻物をベッドに向けてそっと開く。  シャァァアン!  鈴の()のような空気を振動させる高い音が、閃光と共に巻物から放たれた。  その閃光が小さな光の塊になっていく。光の塊がぼんやりとしたものから、明確な輪郭を形成していく。  やがて、小さな光の蝶がベッドの上に現れてヒラヒラと舞いだした。 「これが召喚魔法です。今回は蝶の魂魄を封入いたしました」 「すご……光ってる蝶だ」  淡く白いきらめきを儚く撒き散らし、召喚された蝶がヨナタンの部屋を舞い……そして不意に光を失って床に音も無く落ちた。 「えっ……」 「時間です。虫などは生命力が少ないので、一分も召喚していられませんね」  床に落ちた蝶は動かないまま、白い光も失って、弱々しく羽を動かしていた。  そしてそれも数秒の後、完全に動きを止め、その体がサラサラと砂のように崩れ、空気に溶ける様にサァ――と散った。 「え……?」 「お分かりですか。召喚魔法が」 「……あの呼び出された蝶は、もとの世界に帰ったの?」  もとの世界に帰ったようには見えない――。  どうみても力尽きて死んだとしか見えなかった。 「召喚魔法は、生物をこの世界に呼ぶのではありません。死んだ生物の霊魂を呼び、使役するものです。魔法が解ければ、魂は消えるのです」 「……え、じゃあもとの世界に帰るんじゃなくて……」 「使い捨ての命。――召喚された者は()()()()()()()()」  ハナは愕然とした――。  今の説明ならば、もし自分が召喚されているのだと考えると……、自分は死んでいるということになる。  そして、この世界に召喚された魂は、使い捨てであり、そのまま魔法が消えてしまえば、死ぬのだ。  バサ、と効果の切れた巻物を取り落とした。  ハナは蝶が落ちた辺りから目が離せなかった――。 (……マジで私は死んでるのか? ここは所謂(いわゆる)死後の世界で……ううん、私は殺されて、この世界に無理やり魂だけ拉致された……? この世界に召喚された場合、魔法が解ければ……死ぬ……?)  信じられないし、信じたくはない。なんとしても、もとの世界に帰らなくてはならない。  自分が召喚魔法でこの世界にやってきたのではないと、そう考えなくては恐ろしくて立っていられなくなりそうだった。 (私……この世界で、生き続けられるのか……?)  もし、タイムリミットがあるのならば、急がなくてはならない。  一体自分の魔法がいつ解けるのか……明日かも知れないし、ひょっとしたら数時間後かもしれない。 (うわ……やばいよ、これ……ちょっとシャレになんねーくらい、怖い……)  気持ちが焦る。怯えが胸中を支配し、パニックになりそうになる。不良共に追い詰められた時だって、こんな恐怖は感じなかった。  この世界には自分を知る者がいないのだ。生きている証がない。居場所もない。死ねば、あの蝶のように誰の心にも残らず、砂のように掻き消えていくのだろう。どうすればいいのか、どこに行けば答えが得られるのか、何もヒントはない……。 (いや、ヒントは……ある)  おちつけ――、と自分に言い聞かせた。  そうだ。あれはポーションだった可能性があるのだ。だとしたら、召喚魔法というジャンルの問題から外れて考えることができる。  つまり、ポーションの専門家であればなんとかなるのかもしれない。 「ファナさん。大丈夫ですか、顔色が優れないようですが……」  青ざめていたハナを気遣って、ヨナタンが窺う。 「あ、……うん」  と、ハナが軽く頷いたときだった。  バタン! とヨナタンの家の玄関が勢い良く開かれ、中年のエルフが飛び込んできた。その表情は切羽詰っていて、緊急事態が起きたと告げているようだった。 「ああ、坊ちゃん! 探しました!! 直ぐに来てください!」 「おや、材木工場のコウマックさん? どうされました」 「ゴズウェーが暴れだして! 首輪の言うことを聞かんのです!」 「直ぐ行きましょう」  コウマックと呼ばれた中年のエルフの言葉を受け、ヨナタンがその瞳に強い意思を見せ即座に応答した。 「ファナさん、すみませんが急用です。私は行かねばなりません。また後日……」 「私も行く」  ハナの言葉にヨナタンが意表をつかれて一瞬、硬直する。  フードの中の眼光が鋭く光っているようだった。強烈な眼力がヨナタンを戸惑わせた。 「しかし、今お聞きになったでしょう。ゴズウェーが暴れているのです、キケンですよ」 「承知の上だ。ダメと言っても強引に追いかける」  ハナの意思は固かった。  ゴズウェーとエルフの事を知らなくてはならない。先ほど、ポーションの専門家と考えて、真っ先に浮かんだのはセインの顔だった。本当は、一刻も早くセインの元に戻り、ポーションの事を話したい。だが、そのセインをゴズウェーと呼び、苦しませる社会を知る機会だと思った。 「何やってるんですか! 早く来てくださいッ」  コウマックが急かす。それを受けて、ヨナタンは「くっ」と歯噛みしてハナへ頷いた。  二人は家を駆け出して、木材工場へ向かうのだった。    **********  街を駆け抜け、門を過ぎ、街道をそれて森の方へ向かうと大きな木材工場が広がっていた。  普段はそこで丸太を運んだり、材木を切ったりと木造の建具を提供しているのだろう。  ハナたちが辿り着くと、エルフの女性が一人、血を流して倒れていた。  その周囲にはダークエルフが四名ぼんやりと立ち尽くしていて、虚ろな瞳でぽかんと口を開けていた。  いずれも、その首に青紫の首輪を着けている。  ヨナタンは女性にすぐ駆け寄って、キズを調べた。 「大丈夫だ。息はある! すぐに魔法を使う」  ヨナタンが傷口に手をかざして回復魔法を発動させると、黄金の光がその掌から放たれた。  見る見る出血が治まり、傷口が閉じていくのを見て、ハナは奇跡というものを間近に見たことに息を呑んだ。  コウマックは慌てた様子でエルフの女性の様態をオロオロと気にしているようだったが、そんな状況でも周囲のダークエルフは虚空を見て無反応を貫いていた。 「ダークエルフが暴れたんじゃなかったのか?」  ハナはコウマックに訊ねた。どう見ても暴れている様子がないからだ。 「こいつらは首輪が機能しているんだ。一人だけ突然、首輪が効かなくなったんだよ! 妻をオノで襲って……どこかに逃げたんだ!」 「……首輪?」  青紫の首輪を着けたダークエルフ達はまるで感情がない。人形のようでどこか不気味に見えた。  ハナは周囲を調べた。  そして乾いた地面に、血痕が続いているのを発見し、駆け出した。 「ファナさん!?」 「私が追う! ヨナタンはその人を頼む!」 「だめです! ファナさん! 待ちなさいッ!」  だがヨナタンの制止を無視して、ハナは鉄砲玉の如く駆け出した。血痕の先はうっそうとした森に続いていた……。  オノから滴ったのであろう血痕は途中から見つけにくくなった。転々とした血痕が草木に小さくついているのをなんとか見つけて、奥に進むと地面に生える草花が踏みつけられた跡を見つけることが出来た。  おそらく、逃亡者の足跡だ。 「……どこに行ったんだ……」  背の高い木々に囲まれ、視界は悪い。身を隠すにはいい場所だと思えた。ふと顔を上げた時、ひらりと落ち葉がハナの目の前に舞った。 「……っ」  殺気――。邪悪な意思が背筋を震えさせたのを感じたとき、ハナはほぼ勘で思い切り後ろにとんだ。  すると、今までハナが立っていたところに、ザグッ! と、木こりの手斧が突き刺さったのだ。  手斧が飛来したほうを睨みつけると、木の枝にダークエルフがぶら下がっていた。 「殺す気か!」  もちろん殺す気だったろうが、ハナはできるかぎりの声でツッコミを入れた。  ヨナタンに場所を知らせる目的もあったが、我ながらマシなセリフは出てこなかったのかと軽く自己嫌悪した。  ハナの言葉を受けても返事はなく、ダークエルフは枝にぶら下がったままハナをじいっと見ている。どうにも不気味でハナは相手の出方を窺う他なかった。 「おい、私はお前と話がしたいんだ! 降りてこい!」 「オンナぁ?」  ハナの声に反応したか、ダークエルフが口を開いた。相手が女である事に少し驚いた様子だった。  そして、枝から手を離すと、無造作に地面に脚をつける。 「そうだ、見ろよ。丸腰だ。お前に聞きたい事があるだけだ」  警戒を解くため、油断をさそうための言葉でもあったが、本心でもある。ハナは、ダークエルフから話を聞いてみたかったのだ。  相手は黙ってその場から動かない。着地した低い姿勢のまま、目だけをハナに向けていた。いつでもダッシュできる体勢、クラウチングスタートのように見える。 「何があったんだ」 「…………」 「女性をオノで襲ったのは間違いないのか?」 「…………」 「なぜそんな事をした?」 「目が覚めたんだ」  黙っていたダークエルフが枯れた声を絞るように解答した。  長い間しゃべっていなかったようで、擦れた声は聞き取りづらい。 「目が覚めた?」 「俺は家畜じゃないッ! 感情を殺されて、言いなりになっていたんだ! この忌まわしい首輪で!」  首輪……さっきも聞いた単語だ。  そして、木材工場で呆けていたダークエルフも首輪を着けていた。今、目の前にいる野獣のようなダークエルフの首にも同じものがついている。 「感情を殺された……? その首輪でか?」 「とぼけるなッ、魔法使い! 貴様らがこの<服従>の首輪を作っているんだろうが!」 「その通りですよ」  ハナの背後から声が響く。  木々の奥から現れたのは、グリーンのローブを纏うヨナタンだった。  ヨナタンを確認したダークエルフが一瞬にして駆け出した。  逃げようとしたのだろうが、ヨナタンの動きが勝っていた。 「射程内なんですよ、既に。<鎮静>!」  ヨナタンの猛りと共にその指先から光の玉が発射され、ダークエルフの脳天を打ち抜いた。  すると、脚がもつれて転び、その後うんともすんとも言わなくなったダークエルフが静かに息をしているのみとなった。  眠っているわけではなく、何事も無かったかのような静かな顔をしている。 「暫くは大人しいままでしょう。今のうちに首輪の調整をしておきましょう」  ヨナタンはそう言って、ダークエルフに近づいて首輪に指をなぞらせた。  すると、指先が淡く光って、首輪にその光が移って行く……。  ハナはその様子をつい先ほどみた『符呪』と似ていると感じ取った。 「その首輪、なんなんだ」 「おや、ご存知ありませんか?」  ハナはヨナタンの背後から、ダークエルフの様子をうかがいながら聞いてみた。 「これは、服従の首輪です。ゴズウェーという野獣を飼い慣らすためのペット用品ですよ」 「な……」  ヨナタンの言葉にハナは言葉を詰まらせることになった。  先ほどの一緒に食事したヨナタンとは思えないほど、その声は冷たかったからだ。その声色は、店先でハナが感じたほかのエルフの『ゴズウェー』に対する物と似ているようでまったく違う。差別意識などではない。明確で透き通った純粋な嫌悪、憎しみ、殺意だった。 「もっとも、ペットと呼ぶには醜すぎる生き物ですがね」  そう言って振り向いたヨナタンの顔に、ハナはゾクリと悪寒が走った。  アクアマリンの輝く瞳も、長い睫毛も黄金のポニーテールもそのままに、真っ白な肌は冷え切った氷の大地を思わせるほど、冷酷な笑みを浮かべていた――。
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