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2人の喧嘩
王子とドロシーの喧嘩は、打ち上げ花火のような、派手な喧嘩ではなかった。でも、2人の喧嘩は、日に日に、地面にひびが入るように、水面下で静かにでも、進行していた。
最初のひび割れのきっかけは、些細なことだった。ドロシーが王子に「ごはんを作って」と言った時のこと。
「僕、忙しいんだよ。本を読むのに。」
「あら、ここに、綺麗なお姫様がいるでしょう? 絵本なんかもう読まなくてもいいでしょう? 私を見てよ。」
王子は、ちらっと、ドロシーを見た。でも、魔法が解けたように、ドロシーは、ドロシーではなくなっていた。ドロシーは、絵本から出て来たお姫様などではなく、ただのお腹をすかせた、ふしだらな何もできない娘、デイジーだった。
王子にとって、何と言う裏切りだろう。幻滅という裏切りだ。
「容姿が美しいだけでは、だめなんだよ。心が美しくなければね。」
この王子の言葉に、ドロシー、いや、デイジーは、ますます傷ついた。
「私だって。ただの夢見がちな王子なんて、頼りなくて、役立たずで、願い下げ。男の人だったら、夢見てるばかりではなく、現実でも、女の子を守ってくれるものでしょう。」
「僕は、君を守っているじゃないか。竜巻で家が飛ばされた君を。こうして、部屋にいれてあげた。」
「そうね。でも、全然、幸せじゃないのよ。いつ、私と結婚してくれるの?」
「いつって。君が結婚したかったら、いつだって、僕は結婚するつもりだよ。」
「だったら……。あなたには、結婚するっていう覚悟や、気力が、感じられないのよ。」
「覚悟や気力って……。僕は、ただ、今の生活を続けていきたいだけだよ。」
「それでは、だめなの。結婚するっていうのは、今のままではなくて……。もっと、私と2人の生活のことを、考えて欲しいの。」
わがままなで世間知らずのデイジーは、泣きながら、家を飛び出して行った。
「こんなに、心が空虚で満たされなくて、悲しくなるなんて、初めて。こんな気持ちになるのなら、ひとりで、いた時のほうが良かった。」
こうして、まだ若い2人は、あっけなく別れたのだ。失恋。一度は、好きになっただけに、本気で好きだった時があっただけに、心に負った傷を考えると、確かに、お互い、ひとりでいた時の方が、良かっただろう……。幸せだっただろう……。
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