1、帰ってきたゴリラ

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1、帰ってきたゴリラ

 ブーッブーッ  作業台に無造作に置いてあったスマートフォンが震えた。  (すい)はペンを止め、それにちらりと目をやった。  5限の終礼が先程鳴っていたから、今は15時半すぎ。こんな就業真っただ中に連絡をよこす友人に、心当たりはない。室内に生徒が来ているが、緊急連絡の可能性もある。電話に出るくらいは問題ないだろう。  のろのろと画面を覗き込み、表示された名前を確認した途端、翠は思わず息を飲んだ。急いで通話ボタンをタップする。 『あ、翠? おはよ~! 私そろそろ日本に帰るから近いうちに会いにいくわ! それより、深雪の電話番号知らない? かけても繋がらなくて!』  プッ  電話をかけてきた人物は一方的に自分の要件をまくしたて、翠が言葉を発する前に通話を終了した。  翠は急いで電話の相手にメッセージを送信した。興奮で指先が震える。 「翠先生、誰から電話?」  保健室の客用ソファに腰かけていた生徒に尋ねられ、はっと振り返った。呼吸を忘れていたことに気がつく。 「さ、仮病は治った? もう掃除の時間。教室に戻りなさい」 「え~」  翠が動揺を隠しながら退室を促すと、生徒は頬を膨らませた。 「……先生、なんか嬉しそうだね」  幼い顔立ちの生徒は長いおさげを揺らしながら、翠の顔を覗き込んだ。 「……そうかな」    そう言いながら自分でも、頬が緩んでいるのがわかった。  翠は作業台の上に立てかけてあった写真を手に取った。そこには土や汗にまみれた女の子たちが、楽しそうな笑みを顔いっぱいに浮かべて写っている。ブラインドの隙間から差し込む西日がキラキラと反射する。  その中でより際立って肌が浅黒く、豪快に口を開けて笑う人物を見て、翠は口角を上げた。 ――あいつが帰ってくる……!
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