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カメラ
「おい、花。このカメラ使えるんじゃない?」
「んー。どうだろう。今も使えるのかな。でもこれいつ作られたんだろ。古そうにも見えるけど、新品って言われたら納得しちゃう」
「確かにな。父さんのことだし花のためにカメラを買ったはいいものの恥ずかしくてあげられたかった、なんてのもありそうだな」
「たしかに」
机の上にカメラを置いて腕を組みながら恥ずかしがっている父が想像できて私は思わず笑ってしまった。
「あっ、そうだ。じゃあ今日これで写真撮ってよ」
今日は父の一周忌だ。父は生前
「もし俺が死んだら桜の木の前で私の写真を母さんに持たせ写真を撮れ」と何度も言っていた。
私たちを写さずお母さんだけを写す指示は意図がよくわからずなんで?と何回も聞いたのを覚えている。
そのたびに父は撮ってほしいからと答え、結局死ぬまで本当の理由は教えてくれなかった。
もしかしたら本当に撮って欲しかっただけなのかもしれない。時に自分が不機嫌なだけで私に怒ってくるような人だ。本当の理由が撮って欲しかった、だけでも納得できるような気もした。
「お母さんもっとよってよ。春也そこいると影写っちゃう」
「やっぱり本職カメラマンは見てるとこが違うね」そういい春也は横にずれた。
「私はなんかした方がいい?」
「いや母さんはそのままでいいよ。
じゃあ撮るよ」
モニターを覗いた。お母さんが真ん中に、左には桜の木がお母さんを包み込むように立っている。
「はい、チーズ」シャッターを押そうとした瞬間強い風が吹いた。桜の木が揺れ、花が散った。桜の花びらがフィルターのようにお母さんに重なった。
あっ、と驚いたが指は惰性でシャッターを押していた。
パシャッ、カメラが力強く言った。
「恐らく母にあたる彼女が夫であろう人の写真を持っている。桜な花びらが風になびき彼女に被さる姿は夫との別れ、これながらの生活を思わせます。構図やストーリーせいも読み取れる素晴らしい作品。大賞にふさわしいでしょう」
しゃがれた声も胸の高鳴りからか今は透き通って聞こえた。
拍手が起こり、ありがとうございますと一言。少し尖っているように見えてしまっただろうか。はじめての授賞式は緊張で頭が回らない。
「やるじゃん。花、全然ダメだと思ってた。写真撮るの」と友人の加奈子が言った。
「酷っ。でもほんと嬉しい。まさかお父さんの指示で撮った写真が大賞取るなんて思ってもなかったもん」
あの日撮った写真は自分で言うのもなんだけど、すごく心を動かすものだった。
あの時吹いた桜なのか、母の表情なのか何が作用したのかはわからない。それでも心を動かした。ただ心を揺らすことだけは事実だった。時に感傷的に、時にー的に。
春也にも勧められて、開かれていた某有名コンクールに出しすと見事大賞を受賞を受賞した。
「でもこれきっとたまたまなんだよね」
謙遜も思慮も込めず本心で私は言った。
実際私は写真家になったはいいものの、小さなコンクールでも賞をもらえず、写真家を辞めようと考えたこともあった。
「悪いけどね、それ私も思った。でもいいんじゃない?これで流れきたらなんか変わるかもしれないじゃん」
加奈子の強気な言葉は傷つけられることも多々あるが、応援や心配される時すごく元気付けられる。
「たしかにね。まぁ頑張る」
「うん。頑張れ」
大賞の受賞なんか関係なく加奈子の言葉で流れが来るような気がした。私はすごく励まされる思いだった。
「これなんだろ」
家で1人なのにもかかわらず、誰かに聞くように呟いていた。
思わず独り言を言ったのはお父さんのカメラから不思議な機能を見つけたからだった。カメラ目線、横顔、淡い景色、日差し等々、良い写真等々。
良い写真だけがオンになっている。まずは行動、とりあえずカメラ目線をオンにし、良い写真をオフにする。写真を撮りに公園に向かった。
5人の男の子達が芝生でサッカーをしていた。彼らだけが画角に入るようカメラに収める。
はいチーズ、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
シャッターを押す瞬間男の子達全員が私の方を見た。
え?
パシャリと音が鳴る。
急いで撮った写真を確認した。男の子達が全員カメラ目線で撮れていた。
もしかしてこのカメラは設定どおりに撮れるカメラなのだろうか。
凄い、凄い。
1人で興奮している私を男の子達が軽蔑の目で見ている。自分の顔がどんどん赤くなっていくのがわかって私は急いで家に帰った。
それにしてもお父さんはこのカメラをお父さんはどこで買ったのだろう。
今度は私がカメラの前で腕を組んでしまっている。
良い写真というのが前撮った時に使われていた。桜が吹いたのも良い写真の効果なのだろうか。
男の子達の写真をもう一度見る。
男の子達はみんな、自分がなぜカメラの方を向いたのかわかっていないような顔をしていた。むしろ無理やり顔がカメラを見たことに驚いているような感じ。
人の意識に関係なく設定したことを起こすカメラなのだろうか。
気づきが増えるたびどうやってお父さんがカメラを入手したのかわからなくなっていく。絡まった糸がほどく前よりも絡まってしまうみたいに。
お父さんのカメラがどこで買ったのかはわからなかったが、この不思議なカメラは私の生活を変えたことはわかる。若手の女性カメラマンとして注目され始めたのだ。カメラに頼っていてもよかった。私にとって大切なことは実力ではなくていい写真を撮る人間だと思われること。別に実力がなくたって、いい写真が撮れる人間だと思われるなら満足だ。
無い。無い。カメラがなくなっている。確か昨日飲みに行くことになって、カメラを事務所の机に置いたはずだ。しかし思い当たるところを探したが、どこにもカメラは見つからない。
携帯から着信音がなった。加奈子からだ。
「ごめん。いきなりだけどさ事務所に花のカメラあったから借りてる」
まずい。とっさに思った。あのカメラのことは誰にも話していなかった。たとえ友達の加奈子だとしても秘密を言うかもしれない。そう思っていたからだ。
「どこ?どこにいるの?そのカメラ返して」焦り、大声を出して加奈子に問い詰めた。
「いいじゃんちょっとぐらい使わせてよ。えっとね今、ヘリコプター乗ってっる」怒っている私を挑発するように呑気な声で答える。
「は?ヘリコプターって、なんでそんなとこにいんの?」
「一度高速走路をとってみたかったんです。上のアングルから」
高速道路。頭の中で何度も反芻される。
昨日はある仕事でカメラ目線の機能をオンにした。確か切ってはいないはず。
「やめて。加奈子っ。事故が起きる。せめて自分のを使って」
「事故?いやここまできたら流石に花の使う。はい、チーズ」
電話の奥から爆発音、タイヤが必死で地面を掴む音と重いもの同志がぶつかったような鈍い音がした。
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