─要くんと夏

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橘とともに陸を連れて家へと戻れば、おじさんもおばさんも一気に安堵したようで、その表情を緩めた。 「さっきはごめんなさい。あの、俺...もう一度話、聞きたいです...」 「うん、勿論だよ。さあ陸くん、こっちにおいで。さっきはおじさんもいきなり過ぎたよね、本当にごめん」 「あ、いえ...俺の方こそ本当にすみませんでした」 互いに初めてのことばかりだ。 手探りながらも冷静にやりとりして、俺たちは再び居間へと腰を落ち着けた。 その後のことは基本的におじさんが中心となり話を進めてくれて、俺を引き取った時から法改正もされているらしい特別養子縁組についても話題に上がる。 陸はその間も取り乱すことなくしっかりと目を見て話を静かに聞いていた。 橘はどんなふうに話をつけてくれたのだろうか。 きっと俺のようにぶっきらぼうな感じではなく、相手に寄り添いながら話をした。 俺も本来そうあるべきだが、やはりそこは橘には敵う気がしない。 昨日も今日も橘には助けてもらいっぱなしで、本当に頭が上がらない。 「...というわけだから、一応そこには僕たちが入ろうと思っているよ。依子さんに関しては以前からそろそろ仕事もセーブしようかって話も出ていたし。君が決断さえしてくれれば、僕たちの方で陸くんのお母さんにも改めて連絡して、実親の承諾も兼ねて話をつけるつもりだ」 陸の年齢は10歳、年齢制限は法改正により条件としては満たせている。 おじさんのそんな問い掛けに、陸はちらりと俺に視線を寄越した。 そして先ほどとは異なる決意の籠った目に、俺は小さく頷く。 「...俺、お母さん...いや、あの人とは、離れます。....今まで何度も自分に言い聞かせて我慢して来たけど、みんなが言うようにあの人は俺のことなんて見てない。いつも自分のことしか、見てない...。だから、待つのはもうやめにして、自分で幸せになる道をちゃんと選びたい」 声は震えているものの、しっかりと陸はそう言い切った。 それに対しておじさんもおばさんも優しく微笑み、その髪をわしゃりと撫でる。 「よし、そうと決まればあとは僕たちに任せてね。少し時間は掛かるかもしれないけど、僕たち大人が陸くんが幸せになることを全力で応援するよ。今までたくさん我慢してきたんだ、これからは年相応に大人に頼って、自分らしく生きられる方法を一緒に探そう」 「...っ..、...ありがとうございます..、」 陸が知っている「大人」は、ただ顔色と機嫌を窺うだけの、頼るなんてことには程遠い存在の者ばかりだったはずだ。 そんな毎日を送っていれば、いつしか自分自身を諦め、人へ期待をする事もなく自分一人で苦しみを抱えていくだけの孤独な道を歩む事になる。 だからこそ今日この時ばかりは陸も年相応に笑って泣いて、それを周囲の大人達も優しく受け止める。 これが本来あるべき姿で、幸せへ近付く第一歩だろう。 「....よかった」 話が落ち着くべきところに落ち着いて漏れ出たのはそんな言葉で、隣にいた橘がそれににこりと笑い返してくれる。 「かなめくん、ほんとに良かったね。かなめくんもよく頑張りました!」 橘はそれだけ言うと俺の髪を優しく撫でるので、今日ばかりはそんなぬくもりを素直に享受した。
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