短編

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 この人が死んだら、きっと泣くんだろうなぁという人がいる。  僕は文章を書くことを趣味としてはいるものの、自分の作り上げた物語が人々の心を動かすことができるとも思っていないし、秀でた文章能力も、持ちうるボキャブラリーも貧弱だ。それでもこうしてしぶとくキーボードを叩くことがやめられないということは、僕のこれは趣味であり自己満足に他ならないということである。  ――この人が死んだら、きっと泣くんだろうなぁという人がいる。  生産性のない趣味だという自覚はある。もう創作の真似事なんていつまでもやっている年齢でもない。わかっているのだ。それでも時折、仕事先に向かっている車の中や、コンビニの店先で煙草を吹かして見上げる曇天の空、眠りにつく前の得も言われぬ不安――今この状況を文字に起こしたらどういう風になるのか、なんてことを考えては何もせずに正気に戻る。  ――そうだ。僕はきっと、この人が死んだら泣くんだろうなぁと思う。  考えては、書かずにやめ、また考えては、また書かずにやめる。ひたすらにその繰り返しだった。そんなことを書き貯めてどうするのだ。真っ先について出てくる自制の言葉。
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