短編

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 ――泣くんだろうなぁ、きっと。  書きたいと思った。無性に書きたくなった。衝動なのだ。  定期的に襲う呪いにも似た呟きは、やがて自らのキャパシティを超え、静かに溢れ出る。絶対に無意味だ。こんなこと書いてどうなる。  だが衝動とはそういうものだ。  ――ああ、この人が死んだら、きっと泣くんだろうなぁ。  喫茶店を出る度に、僕はそう思うのだ。    人との出会いには特別な思いがある。  例えば、自分がもし違う大学を卒業していたら、今でも親交のある友人たちとは未来永劫知り合うことはなかった。これは奇跡だと思う。  例えば、偶然にも同じ日取りで旅行の計画を立て、偶然にも同じ宿を取り、偶然にも同じ温泉に浸かっている赤の他人たちを見た時。話こそせずとも、これは奇跡だと思う。  例えば、昔勤めていた、もう会うこともないだろうと思っていた仕事先の顧客が喫茶店を始めていて、そこに入り浸るようになったこと。これもまた、奇跡だと思う。  あり得ない確率の連鎖の中で、僕たちは生きている。
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