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僕はもう一度お冷を口にしながら、
「娘さんは来ます?」
「週に一度はK市から。そろそろ私がボケてきたんじゃないかって心配してるみたい」
「まだまだ全然じゃないですか」
「だと良いんだけどねぇ。自分じゃ分からないから」
お婆ちゃんはそうおどけて、大きな丸缶から一杯分のコーヒー豆を掬い、電動のコーヒーミルで挽く。もう力が無くて手で回すタイプのものは使えないそうだ。
この時だけ、店内は豆を挽く音で騒々しくなる。
電動ミルを扱うその後ろ姿は、風が吹いたらそのまま飛んで行ってしまいそうなほど弱弱しい。「骨と皮」と自分で言ってしまうくらいに、お婆ちゃんは痩せ細っていた。
この喫茶店に通い始めて二年くらいが経つ。最初に勤めた会社で付き合いがあり、あれから数年、久しぶりに寄ってみるかと思ったのが事の始まり。挨拶程度に何か飲んで、すぐに帰ろう――そんな考えでいたのに気が付けばこうして通い詰めてしまっている。
……ふと、辺りが良い香りで満たされた。挽いた豆にお湯が注がれたのだ。湯気とは別に、香りが視覚的に店内を揺らめいているような、いつもそんな錯覚を覚える。
「はい、お待ちどおさま」
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