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「そうだよ。母親」
彼の霞むような笑顔がまぶしい。この姿の水樹さんがまた私の故郷へ来てくれて、あの頃と同じ愛しさが募っていく。今なら誰にも邪魔されず、一緒に生きていける気さえした。あの汚い街から離れれば、私たちは綺麗になっていく。
お墓について、花を供えた。一緒に目を閉じて手を合わせる。水樹さんは墓前になにか伝えるわけではなく、澄んだ顔をしているだけだった。
水樹さん、どうしたの。
彼を抱きしめたい気持ちになったとき、私のスマホが鳴った。このふわふわとした空気を現実に戻すような音。
「……兄です」
画面に書かれた『雪永冬道』という名前に、目が潤んだ。
「出ないでくれないか」
驚いて水樹さんを見た。彼は笑顔だった。わかった、出ない。出たところで、なにもいいことは起こらない。うなずいて、着信を切った。
兄は、私が生きていることの確認はとれている。一緒に暮らしていたときから私は自分のキャッシュカードだけを持ち、彼に通帳を預けていて、それを置いてきたままなのだ。あの三百万のうち二百万を口座に入れており、携帯料金が引き落とされている。私と兄は、もうそれだけで十分。着信拒否に設定した。
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