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「あの頃の俺はレッドアイ討伐部隊の隊長として部下達と共に日々戦場に身を投じていた。人類の未来の為、そしてこれまで犠牲になってきた仲間達の無念を晴らす為。全ての魔物をこの手で駆逐する覚悟で戦いに明け暮れていた」
実際にこうして話してみて分かったのは、彼は規律を重んじ、上昇志向があり、根はとても真面目な人物であるという事だ。
隊長を任されるだけの実力と人望があり、そして当人も周囲のその期待に応えようという意欲を強く持って行動していたようだ。
芯の強い男なのだろう。
少し前のシエルには分からなかった事かもしれないが、アンダーアルカディアに来て横暴なインスペクターや様々な事情を抱える多くの実験体達を見て来た今ならばそれが分かる。
彼は他の者達が言うようなバケモノではない。
そんな彼の身に何が起きたというのか。
レインは続ける。
「順調に任務をこなしていたある時、俺達の元にレッドアイの率いる一団が複数でまとまって行動しているという情報が入って来てな」
「レッドアイの一団が複数で・・・?」
「あぁ。今回の先発隊の者達が全滅させられた事からも分かる通り、レッドアイの一団が持つ戦闘力は凄まじい。それが複数でまとまって一気にアルカディアに攻めて来るとなれば、その被害規模は計り知れない。それだけは何としても阻止しなければならない」
無言のままシエルは頷く。
「三部隊に出撃命令が下され、俺もその内の一部隊の隊長として戦闘に参加した。だが、敵はこちらの予想を遥かに上回る戦闘力を持っていた。集団の中心に居たレッドアイの桁外れなパワーに圧された俺達は猛烈な反撃に遭い、部隊全体が大きく消耗させられた」
実際、こういった話は珍しい事ではない。
敵の数やその力は勿論、地形や天候によっても戦況は大きく左右される。
レッドアイもその個体によって力には差がある為、それまでレイン達が出会った事が無い程の強さを持ったものが存在する可能性は十分にある。
「そういった場合は一時撤退し、体勢を立て直すのが定石」
「あぁ。だが、俺達はそのまま戦闘を継続した」
「そんな。どうして・・・?」
「戦争する為の人員も物資もタダじゃないからな。時間と金を掛けている分、戦況が不利だからといって簡単に引き下がれるものじゃないんだ。それに俺達はレッドアイを討伐する為に組織された特殊部隊。そんな俺達が敵前逃亡なんかしたら他の者達に示しが付かない。俺達には前しか無いんだ」
この時、レインのこの言葉に対してあえて深くは言及しなかったが、シエルには何となく本当の理由が分かっていた。
あの状況において彼等は撤退しなかったのではなく、したくても出来なかったのだ。
失望させるな。
お前達が戦場に立つ魔法使いの規範であれ。
もしも敵を前に無様に逃げ帰って来たりしたら、その時は分かっているな?
上層部の連中が隊長達に対して、そのような圧力を掛けていたのだろう。
そうでなければレインのような人徳者がわざわざ仲間や部下を危険に晒す理由が説明出来ない。
人道的見地から考えればそんなふざけた指示が出される事などあってはならないのだが、彼等はそのくらいの事なら平気で行う。
アンダーアルカディアのような組織が存在し、その全てが黙認されているというのが良い証拠だ。
無謀な戦いと分かっていても、レイン達はそこに挑み続ける事しか出来なかったのだろう。
アンダーアルカディアでの日々を過ごすうち、そういった暗部の事情を見抜ける程にシエルの思考も成長していたようだ。
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