EP6 アンダーアルカディア③

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場所は変わり、ここはアンダーアルカディア研究所エリア。 パソコンや様々な資料からデータを見比べつつ、作業を進めているこの白衣の研究者達はシエルの研究開発を進めるチームの者達だ。 「No.486。シエルの報告については以上です」 部下の男からの報告を聞き終えた主任研究員の男は静かに顔を上げ、大きく溜息をつく。 「シエルの研究開発に着手してから既に一年弱。未だ奴はレベル1のままであり、ダークマターという能力の詳細についても不明のまま。さて、どうしたものか」 「先日の遠征以来、シエルが周囲からの注目を集めています。インスペクターの中にも彼女に興味を持つ者が現れ始めていると言いますし、このまま結果が出ないとなると我々の立場にも影響が出て来る可能性があります」 「ん〜・・・」 その言葉を聞いた主任研究員の男は難しい顔をしていた。 アンダーアルカディアは本部上層部の肝入りで運営されている機関だ。 予算は無尽蔵であり、素材となる実験体も使い放題だが、それでも成績の良し悪しによって各研究チームの待遇が変わってくる事がある。 レベル5を生み出す技術を持った研究チームとレベル1しか生み出せない研究チームとでは当然生産性に大きな差がある。 その為、資金も設備も素材となる実験体もレベル5を生み出す技術を持っているような成績優秀な研究チームに対して優先的に供給されるようになっているのだ。 このままシエルがレベル1として、戦力的価値の無い個体と認識されたままでは今後の自分達の活動に支障が出て来る可能性があると部下の男は指摘しているのだ。 この場合、研究者側が取れる選択肢は二つ。 今のまま実験を続けていくか。 または現在の素材である実験体を廃棄し、次の実験体に新たな望みを託すかだ。 前者の場合、その後しっかりとした結果が出ればそれで良いが、万が一研究が失敗に終わった時は査定がマイナスに傾く可能性が非常に高い。 後者の場合、余計な資金が飛ばないように早めの対策を打ったという意味では評価されるかもしれないが、また一から実験体を熟成させていかなければならず、全てを一度白紙に戻す必要がある。 次の実験体が前と同じように育たない可能性もある為、これまで積み上げてきた研究の全てが無駄になってしまうかもしれないというリスクがある。 いずれにしてもシエルを担当する研究チームの彼等は瀬戸際に立たされているわけだ。 確かに現時点でのシエルに戦力的価値はほとんど無い。 レベル5の者達と比較すればその存在は霞んでしまう程だ。 だが、シエルにはダークマターという他の者達には無い特殊な能力が備わっている。 更に言えば名のあるレベル5達との接点を持ち、あのレインに狙われて尚生き残った個体でもある。 明らかに普通のレベル1ではない。 様々な点においてシエルは特殊な位置に立っている人物である為、このままただ廃棄してしまうのは少々惜しい気がする。 これが主任研究員の男の考えであったが、悩んだ末に彼は決断した。 「よし。次回の実験でシエルの真価を問う事にする」 主任研究員の男のその発言に一同が手を止め、彼の方へと視線を向ける。 「と、言いますと・・・?」 「条件を更に限定したシチュエーションで戦闘実験を行う。最後の一人まで殺し合うデスマッチだ」 「という事は、これまでのように制限時間を生き残る、集団で一つのターゲットを倒しに行くといった類のものとは異なり、シエル自らが敵を積極的に殺しに行かなければ生き残れないという事になりますね」 「そういう事だ。奴が生き残るにはもう自らの価値を示す以外には無い。もし、今回の実験で殺されてしまうようなら所詮それまでの存在だったという事だ。少々手荒い方法だが、このまま先の見えないものにダラダラと時間を掛け続けるわけにもいかないからな。次をラストチャンスとする」 段取りを頼むと指示された男が周囲の者達にも同様に指示を出し、次の実験に向けての準備の為、動き出していく。 そしてこれが後のシエルの運命を大きく変えて行く事になるのだ。
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